第5話「旅の支度は万全に(中編)」

 少し間をおいて……。

「おぇ……」

「うぷ……」

 なんとか、二日酔いの気持ち悪さが抜けてきた二人。

 バズゥは久しぶりに飲んだ熊の胆くまのいの効果に目を剥いて驚いている。


 キナはその苦さに驚いている。


「はー……キングベアの肝は初めてだけど、随分と違うな」


 実体験として、地羆グランドベアの熊の胆のそれをバズゥは身をもって体感していた。


「どっちも苦いんでしょ?」

「ん、まぁ──」

 それはしょうがないだろう。

 若干ではあるものの、地羆グランドベアのほうが苦い気がする。


「キングベアの方がマシかもな」

「そ、そうなんだ? ……地羆グランドベアのは絶対飲まないからねッ!」


 それでも、効果は抜群。

 あの苦さなら納得の効果だ。


「おう、大分顔色はよくなったな」


 連なって歩くバズゥとキナに、ザラの奴は昨日同じように椅子を引っ張り出して、家の前で二人を待っていたようだ。


「おう、薬効いたぜ、助かった。で、だ……あとで、わけてくれないか?」

「あん? お前の狩ってきた奴だろうが? ねぇのか?」

「全部売っちまったよ」


 やっぱりバズゥの狩ってきたキングベアのものらしい。


「クマ狩りの猟師が熊の胆を買うたぁねー」

「珍しくもないだろ? ──かなりいい薬だ。キナも気に入ったってよ」

「ち、違ッ、バズゥ!?」


 突然引き合いに出されて驚いたキナがバズゥの背中をポカポカ叩く。はっはっは……うん、結構痛いんですけどキナちゃぁぁん?


 バズゥの防御力を軽く超えるキナの打撃に背中をさすりつつ、


「ちゃんと払うからよ」

「ほっ。気にすんな。さっき渡した奴をそのまま持っていくがいいさ」


 さっき井戸前でザラが無造作に渡してくれた熊の胆のことだろう。

 油紙に包まれたそれは、バズゥとキナで少しだけ千切って口にしただけなのでまだかなりの量がある。


「おい? いいのか!? まだかなりの量があるぞ」

「いい、いい。こんなもんあるとこにはあるもんよ」


 そう言って、ピロピロと手を振るザラ。

 実際彼のいうとおりなのだろうが、

 熊の胆から、乾燥させて生薬化するのもかなりの手間だ。


 地域によっては同量の金と交換されるところもあるらしい。


「すまねぇ、感謝する」

「いいってことよ。良い銃も触らしてもらったし、久しぶりの大口注文だ。……息子の死にざまも教えてもらったしな、こっちもオメェにゃ感謝してる」

「お、おう…………」


 思いがけず、逆に感謝を告げられてバズゥとしてもむず痒い。


「だけど、今度来ると時ゃ、ちゃんと泊まる場所確保してからにしろよ。おめぇらは……二度と泊めねぇからな」

「……すまねぇ」

「ご、ごめんなさい」


 うん、今回のことはバズゥ達が全面的に悪い。キナを含めて非があるのは完全にバズゥ側だ。


 どこの誰でも、

 ……例え──よほどの寛大な人物でも、井戸周りをゲロまみれにされたら怒るだろう。


 バズゥ? 当然切れます。2秒で切れる自信があります。


「「ごめんなさい」」


「あーあーあー……ったく、ほれ」


 よっこいせと立ち上がったザラはツマミの入った皿をバズゥに押し付ける。

 自分は酒瓶片手にグービグビ。時々ツマミをポリポリ。


「ぷふぅ。あとは嬢ちゃんの奴をよぉー、最終調整するだけだ。オメェの装備はもう完成してる。向こうに準備しといたから試しな」


 そういって、フラフラと試射場に向かって歩き出す。


「あ、そうだそうだ。帰る前にウチに寄れ。酒くらい分けてやる……いいな?」

「お、おう。ありがとよ」

「あ、ありがとうございます」


 ザラの気遣いに思わず頭を下げる。

 というか、……よほど井戸周りでゲーゲーやっていたのが気に障ったようだ。


 すみません……。


「わぁ~ったら、行くぞ。裏だ」

 そう言って先に立って歩き出す。

 バズゥもザラのツマミを勝手にポリポリ食べつつ追従する。


 と言ってもすぐそこだ。


 相変わらず広い土地に、視線の先には射的の的がある。

 遠くの方でザラの弟子たちがウロチョロと準備をしていた。


 ドン! バン! ケチョーーン!


 と言った感じで、射座には銃とか弾とかが並べられている。

 バズゥが預けて少し手直しを頼んだものもあれば、近くのテーブルには銃剣やら細々とした品も並べられている。


 そして一番目を引くのは────杖だ。


「まずは、バズゥ。オメェのから見るか?」

 そう言って、預けておいた猟銃を受け取る。


 頬あてやら、肩付け部分に多少の改良を加えてありその具合を確かめろと言うのだろう。


 受け取った「奏多かなた」と「那由なゆ」をそれぞれ確かめる。

 

 ……肩付け、────よし!

「いいね。完璧だ」「たりめーよ」


 ……頬付け、────よし!

「お、しっくりくるな!」「たりめーよ!」


 ……要部点検。

 火縄鋏、よし。

 火皿、よし。

 引き金、よし。

 空撃ち──よし。

「完璧だ! さすがだ──」「あったりめーよ!!」


 鼻をフンガフンガさせながらザラが仰け反っていらっしゃる。

 ま、それだけの仕事ってことだ。


 さすがは猟師の里。銃作りの村──ファーム・エッジ。そこの偏屈職人なだけはあるぜ。


 受け取った猟銃を二丁とも銃袋に仕舞うとバズゥは荷物にまとめておいた。

 さすがに村の中で剥き身の銃を持ち歩くような不作法はしない。


 銃を使う時、そして、武装していると誇示するとき以外はこうやって袋にしまっておくのが普通だ。


「次はこいつだ。持ってみぃ」

 

 無造作に渡されたのはL字型をした銃剣だが──。


「ほう、持ち手がついたな──グリップは悪くない」

 そう悪くないのだが、銃剣の特性上、柄からそのまま刀身が伸びるのではなく、一度カクンと折れ曲がってL字を描いてから前へと伸びていく。おかげで重量バランスがひどく悪い。

「苦労したぜ……もともと、ソケット型の銃剣に持ち手を付けるんだ。バランスはもとより、ツナギ部分の強度が出せなくてな」


 そりゃそうだろう。

 L字に折れ曲がっていることにより、力点に対し、支点が思いっきりずれているのだ。

 素直にまっすぐ伸びる剣なら苦労しなくてもいい強度計算が必要になってくるらしい。


「で、よ。しょうがねぇから持ち手のところから補強リングを延長して、強度を高めた。……結果持ち手のバランスは悪くなったが、もとのソケット型の銃剣よりは取り回しが容易になったはずだ」


 なるほど──。


 ひゅん、ひゅん!

 軽く空を切ってみると、確かにバランスが悪く感じるが、緊急時の武器としては上出来だ。

 見た目の異様さもこうして見て見れば未知の武器に見えて敵に対して警戒心を抱かせることくらいは出来そうだ。


「悪くないな」「……なんだよ、不満か?」


 ザラはブスっとした顔でバズゥを睨む。


「不満って程じゃねぇんだけど、本家本元の剣とやり合うときは、向こうに負けるだろうな、と」

「あほぉ。お前が銃剣で剣持ちの賊とやり合うことになれば、そりゃ既に負け戦だろうが?」


 ……たしかに。


 バズゥの本来のスタイルは、物陰にかくれて銃で狙撃するスナイパーないし、ハンティングタイプだ。


 そう考えても、二刀流銃剣乱舞をするときは負け戦だ。

 なるほど、ザラの言う事もっともといえるだろう。


「ま、バランスと強度を気にするなら、……俺なら新規作成するね」


 たしかに、無理にL字型銃剣に拘る必要もない。スパイク型や、ナイフ型でもいいだろう。


「今度来たときはそれで頼むぜ」

「いつの話やら」


 スランと腰にグリップ付きの銃剣を戻すと、最後の見世物────キナの杖に目を向けた。


「で、次は嬢ちゃんのだな」

 テーブルに置かれたいた杖に目を向ける。

 それは一見シンプルな作りで、L字型の形状をした真っ直ぐな杖だった。


「こいつは苦労したぜ……ほれ。もってみい……結構、重いかもしれんがその分頑丈じゃぞ」

 そういって無造作にキナに杖を渡すザラ。

 受け取ったキナは神妙な顔付きをしている。


 ジッと杖を見つめて、一度不安そうにバズゥを見返すと──。


「バズゥ……その、」

「言っただろう。いざという時は自分の身は自分で守るんだ。……全力でお前を護る──だけど、絶対はないんだ」

「うん……」


 少し表情に影を落としたキナ。彼女の言いたいことはバズゥの決意ではなく、


「杖が嫌いなんだろ……。自分は病人じゃないって──」


「──わかってる」

 そう言って、

 ギュっと杖を握りしめたキナは、それを抱くようにして持ちつつ、ヒョコヒョコと歩き射座に向かう。


「ほ? 杖が嫌いったぁ……悪いことをしたか?」

「いや、キナの覚悟の話さ……この先、長い旅になる」


 スゥと目を細めて遥か彼方──シナイ島のほうをみつめる。


「そうか……また行くんだな」

 ザラも複雑そうな顔だ。

「あぁ、だから──平和な王国の常識ももはや通じない場所なんだ。キナの気持ちはわかる。痛いほどな……だけど、」


 そう──だけど、だ。

 ……杖のあるなしで選択肢が変わることもあるだろう。


 一歩が少しでも早く、負担なく動けることで変わることもあるだろう。


 杖に仕込んだ銃で変わる、何かもあるだろう──。


 

「だから、キナに嫌われてもいい────あの子が不快に思っていたとしても──俺はキナに無事でいて欲しいからな」

「……何カッコつけてんだ。そんなに大事なら一生離れてやんじゃねぇぞ」


 そのつもりだ。

 一生かどうかはさておき、な。


 バズゥとザラの視線を受けつつ、キナが射座につく。

 そして、形のいいお尻を突き出しつつ、テーブルにもたれる様にして杖を掲げもった。


「あ、あの……!」


 キナは戸惑ったようにバズゥ達を振り返る。


「おっと、そうだった」

「あぁ、ちゃんと使い方はレクチャーしてくれよ」


 まいった、参った……と頭をかきつつ、ザラがキナの傍に立つと杖を受け取る。


「ゴホン。……嬢ちゃんの杖は、昔バズゥが使っていた猟銃を仕立て直して杖風にしたれっき・・・とした銃だ」


 そうとも、杖に銃を仕込んだのではなく、銃が杖として使えるというものだ。

 つまりはこれは──杖っぽくみせた銃ということ。


「装弾数はいち。普通実包であれば大抵使える。バズゥの持ってるデカい猟銃との互換性はないから気を付けな」


 ふんふん、と真剣に聞いているキナ。

 鼻がむふー! と大きくなっており可愛い。


「銃口はここ。地面に接する部分がそのまま銃口になっておる。……今はギミックが閉塞しておるがな」


 ???


「なんだよ、ギミックって」

 思わず口を挿むバズゥに、

「だから説明しておる、黙っとれ」


 む。


「銃ってのは、銃口から弾を突っ込んで──奥の方に詰めた火薬を点火し、その爆発力で弾をはじき出す仕組みになっておる。つまり、」

「つ、つまり?」


「銃を逆さまにすると弾が零れ落ちる、ほれ」


 そう言ってバズゥの使っていた「奏多かなた」を手にすると、クルンと反転。

 銃口を下にした。

 すると、事前にザラが仕込んでいたのだろう。「奏多かなた」の弾がゴロゴロと転がり落ちてくる。


 ゴロロロロロロロローーーートスン……。


「ふあぁ……」


 それを口に手を当ててびっくりした顔で見るキナ。

 ……そんなに驚く事か?


「じゃ、じゃぁ……この杖って、……弾は入っていないんですか?」


 杖をジッと見るキナに、


「いや、そいつは既に装填済みじゃ」

「え?」


 キナは想像しているようだ。

 銃口を下にして杖として銃を使えばどうなるかを──。


「そ、その……弾が落ちると思うんですけど」


 キナの素直な疑問にザラがよくぞ来てくれたとばかりにニヤリと笑う。


「ふふふ……嬢ちゃん、いいとこに気付いたな」


 ──いや、誰でも気付くぞ?


 バズゥのそんな素直な心の中の突っ込みにも臆することなく、ザラは続ける。


「銃を杖に改造して欲しいって注文で一番考慮し、苦心したのがその辺よ──いざってときに撃てなきゃ意味がねぇからな」

 そう言って、キナから杖を受け取ると、

「見てな、嬢ちゃん」


 ザラはキナにも分かる様に、杖の持ち手部分を握りしめ、銃身かつ杖の中ほどを支え持つと────コキュ! と90度ほど、杖の持ち手ごと銃身を回した。

 そこでカチリとロックされる音がする。


「ほれ。こうして杖ごと少し回転させると、この付け根のとこに折りたたんで入れておいた引き金とフリントロック機構が外に出てくる。……これじゃ、これ」


 そういって、小型の発火機構をみせる。

 キナには余りなじみのないものだろうが、小型のピストルなんかに多用される機構で比較的小型のものだ。

 ヘレナの持っているピストルの基幹部分と構造も大きさも近い。


 それらを普段は露出しない様に、カバーを兼ねた杖の持ち手付近の膨らんだ部分に格納しているらしい。

 構造は単純だが、その分少し大型になり……重い。


「もっと、凝っても良かったんだが、あんまし複雑な構造にするとメンテナンスできないだろ?」


 なるほど、もっとも意見だ。

 銃の整備ならバズゥにもできるが、複雑な構造の機械部分になると正直お手上げだ。


 長い旅になることを思えば、案外これくらいでいいのかもしれない。


「す、すごーい! ……でも、これじゃやっぱり弾は……?」


 キナは小さく折り畳まれ、隠れていたフリントロック機構に驚くも、至極単純なことを指摘する。


「ほ。嬢ちゃん博識だね。その通り、このままだと別に大した仕掛けでもなんでもない──」


 銃身を傾けて邪魔になりそうな機構にカバーを付けているだけだ。


「──だからほんとうに凝ったのは……これよ」

 コンコン、銃身の中ほどを叩くザラ。


「見とけ? 整備するときはここと、ここも忘れず整備しろよ」

 そういって、今度は杖の取っ手を持ってさっきとは逆に回していく。一度、フリントロック機構が、銃身に取り付けられた固定型のカバーに収まる。そして、さらに反対側に力を入れると、そのままギュリギュリと音を立てて銃身が回っていく。どことなく、バズゥの持つ「奏多かなた」と「那由多なゆた」のそれに近い。

 ……多分コンセプトはそこからヒントを得たのだろう。パクリとは言うまい。


「で、こうやってはずすと──よっ」ギュポン。


 ほれ、とザラが銃身を取り外して見せたのは、銃身の最下部にほど近い箇所でおそらく弾と火薬が詰まっている場所。

 しかし、そこには弾も火薬も見えず、薄い鉄板の様なものが張っていた。


「……なんだこりゃ? 弾がねぇぞ? 装填したのかザラ」

 たまらずバズゥが口を挿むと、

「この裏じゃ、ここ、ここ」

 カツン! と、薄い鉄板を指ではじくと、

「これは弁じゃよ。発射機構ギミックを格納中はこうして、弁によって弾と火薬を保護しているというわけじゃ」

 そう言って、短くなった銃身のまま、杖の取っ手を持つと90度回転────すると、弁が持ち上がりその裏側に隠されていた弾と火薬が転がりでた。

「おぉ! こりゃ凄いな!」

 バズゥの素直な称賛に気を良くしたザラが自慢げに胸をはる。


「そうだろう、そうだろう!」


 ガッハッハ! と実に気分がよさそうだ。

 しかし、実際に大した仕組みだと思う。


 見た目は少しゴツイ杖だが、取っ手を回転するだけで、あら不思議。マスケット銃になっちゃった────。……これ売れるんじゃないか?


 余計なことは言わないけどね。


「で、この弁の接合部に発射時の火薬のカスなんかが溜まりやすい。数発撃てばもう弁は閉じなくなるっていうくらいだ」


 おいおい、そりゃめんどうだな。


「こればっかりはなー。工作精度をあげて隙間をなくせばいいんだろうが──……俺じゃここまでが精一杯さ」

 チラリとバズゥの持つ「奏多かなた」に目をむけるザラ。暗に、カトリ・ゼンゾーならもっとうまくやると言っているようなものだ。だが、バズゥとしてはわざわざゼンゾーに頼もうという気にはならなかった。

 ザラの腕を信頼していることもあるし──なにより、キナがそう何発も撃つような状況はありえない。

 あったなら、それはもう……。


「たまに使うくらいさ──練習でな。だからこれで十分。……なるほど、銃口先端も同じ構造か!」


 今は銃身を外しているのでわからないが、バズゥは杖兼銃を受け取り、銃身をギミックに嵌めこんだ。


「ほうほう……で、こう回す」

 コキュ。


 なるほど、面白い。

 カバーからニョキリと機関部が出てくる。それと同時に────おおお!


 銃口のほうも確かに弁がスライドして銃身の内部を開放している。

 銃身先端にニョキリと弁が内側から生えてきた。


「もしかして──」

「おう、照星も兼ねてる」


 マジか! こりゃスゲー。

 これなら、弁が開放されて発射可能なこともわかるし、弁の先端と杖の取っ手の後端部分が照門になってるから機能的にも十分だ。誤射も防げる。


 ……ザラめ。いい仕事をする。


「キナ、撃ってみな」


 バズゥは素早く弾を装填する。銃身下部にはちゃんと槊杖かるかを納める溝も掘られていて銃の機能は損なわれていない。

 なるほど……持ってみて分かったが、たしかに昔バズゥが使っていた銃だ。

 重さ、香り、触感────。僅かに違いはあれど、わかる。


 そうか……この銃がキナの護りになるんだな。


 コトリと槊杖かるかを射座をかねたテーブルに置くと、弾を装填し終える。

 火皿にはすでに装薬済みだ。


 もともとは火縄銃だったバズゥの銃も機関部をごっそりと交換し、燧石フリントロック式に改良されている。

 そのため、火縄などの点火や長さの調整などの手間は必要ない。


 燧石が磨り減っていた場合のみ、ネジで燧石の位置を調整するくらいなもので、普段は特に手を加える必要はなかった。


「持ってみろ」


 キナを射座に取りつかせると、バズゥはその背後から覆いかぶさるようにしてキナに銃を握らせる。

 構えが甘かったので抱締める様にして、しっかりと肩付けさせる。


「そうだ。しっかりと肩に密着させろ──……そうだ」


 ぐ、と体全体で締めると、姿勢を安定させる────させるが、なぜかキナはもぞもぞ。


「おい、しっかり持て。危ないんだぞ」

「あ、あのバズゥ……その、」

「いいから、ほら、シッカリ!」


 ガバチョと抱き着き手を添えて同じような姿勢をとってキナを完全固定。


「バズゥ……おめぇ──」


 ザラが隣で飽きれたような口で何か言おうとしているが、……途中で首をフリフリ。射座の先にいる弟子を退避させた。


「あぅあぅあぅ……」


 キナはなぜか小刻みにプルプル震えている。ふむ……銃を撃つのは初めてだしな。怖いのだろう。


「あんまり緊張するな──撃鉄を起こせ」


 キナの手にバズゥの手を添えて、撃鉄を起こすとフルコックポジションにする。

 ガチリと音がして引き金に連動したことが分かった。見れば撃鉄は倒れ切り、引き金の開放を今か今かと待っている。


 火縄銃と違って火蓋を開放する必要はないので、あとは引き金を引くだけで発射可能だ。


「見ろ、あとは引き金を引くだけだ。発射する直前まで絶対に引き金には触れるな? いいな!?」


 って、キナちゃん?


「おい、キナ聞いてるのか?」


 なんかプルプルしてると思ったら顔真っ赤っか、ぷしゅーとか変な煙吹いてるし……。

 あ、キナなんか良い匂いするね。髪とか、うん。ちょっとゲロの酸っぱい匂いもした気がするけど。


「あぅぅぅ……バジュー……」


 ありゃ? 力入ってないぞキナ!?


 仕方ないので解放してやると、ぺたーんと射座に突っ伏してしまった。


「おいおい、どうした? 風邪か?」

「──ばぁぁろー……おめぇは本当に昔から変わんねぇ野郎だな」


 はぁ?


「あー……とりあえず、休憩すっか?」

 別に疲れてないけど。


「おう、茶菓子持ってきてやる。オメェは飲むか?」


 ザラは射撃中止の合図を出し、弟子に茶菓子などを準備させる。そして、バズゥには酒を勧めようというのだが……。


「あー……二日酔いになったばかりなんだがな、……いい酒なんだっけ?」

 ちょっと前には二度と飲まんとか、言ってた気がするが、熊の胆のお陰でいつの間にか気分スッキリだ。

 そう言えばキナにも効いたみたいだな。


 うっし、飲むか!

 俺は飲む。


「キナは、どーする? 茶ぁでいいか?」


 未だ真っ赤かのキナ。

 「うーー」とか言いつつ、射座で突っ伏している。

 だが、バズゥの言葉を聞きつけると、


「飲む」


 あ、そう。


「嬢ちゃん……自棄酒になってないだろうな? ……また吐かれちゃかなわん」

 ザラは苦笑しつつも、弟子に言って酒とツマミを準備させた。


 ツマミに酒は、工房の方にあるらしく、しばらく間が開いたのでバズゥはキナに銃のレクチャーをしてやる。

 ザラのアドバイスで、あんまりくっ付くなと言われたので口を出すだけだ。


「そうだ、脇を締めるか──。こういうふうに、腕をあげるか。構え方は二通りだ」


 実際に空動作をしてみせ、キナに見本を示すバズゥ。

 この手のライフルなら、バズゥのそれと撃ち方はそう変わらない。


 バズゥ自身、状況によって使い分けることもあるが、最初のうちは撃ちやすい方を選ぶべきだろう。


 脇を締めて撃つ方法と、脇と腕を上げて構える方法の二通り。


 前者は命中精度が上がるが、反動をもろに体で受ける。

 後者は命中精度が落ちるが、反動を逃がしやすい。


 キナの体格なら後者を進めたいところだが、これは個人の好みによる。

 いずれにしても、一度銃の反動を経験せねばならないだろう。


 最初は……うん、多分ビックリする。

 装薬は少なめにしたけど、キナの体格じゃぁなー……。



「構えろ────……」


 むにゅ、キナの形の良いホッペが銃を構える右手に当たって潰れる。

 いわゆる頬付けだ。


「よし、照門と照星を一致させろ。……そうだ、その溝だ。──そして、先端にあるポッチとだ。…………一致したか?」

「う、うん──うん!」


 プルプルとキナが震えている。

 多分、重いのだろう。


 慣れない人間が構えると、とんでもなく重労働なのが銃と言うものだ。

 一応、銃床のほうになるべく重心が寄るようにしているが、銃伸長自体が長いのでやはりバランスが悪い。


「ば、バズゥ……!」

「我慢しろ。……銃口がぶれてるぞ。踏ん張れ────左手に力を入れるな! 添えるだけだ!」


 言われた通りにキナの身体の力が、抜けたり入ったりする。

 フラフラとしているが、中々構えは様になっている。


「よし、狙いを付けたら射撃だ。反動はデカいぞ。覚悟しとけ──」

「──は、はい!」


 グっとキナの口が引き結ばれる。


「射撃用意。……引き金に指をかけろ」

 カタッ……。


「いいと思ったら自分のタイミングで撃つんだ。引き金はゆっくり引け。思いっきり引くと銃口がぶれる──」

「ふー……ふー……」


 キナの息が荒い。

 顔にはぷつぷつと脂汗が浮き始めていた。


 構え以上に、緊張感もあるのだろう。


「ゆっくりと引け。闇夜に雪が落ちるが如く────……」

「ふー……ふー……ふー……」


 ふー……。

 ふー…………。



 ふ。


 ッ!!


 パァァァン!


「キャ!!」


 想像よりも小さな銃声。

 だが、やはり反動がキナを貫いたようだ。


 銃口が跳ねると同時にキナの華奢な体が背後にすっ飛ぶ。

 そのままお尻からドシーンと倒れると、涙目で「あいたたた」とお尻をさすった。


 どうやら肩は無事らしい。


 キナは脇を締める射撃スタイルを選んだようだ。


「よくやった。初めてにしては上出来だ。……どうだった?」

「いたーい!」


 ウルウルと目を潤ませながらバズゥを非難がましく見上げる。


「はっはっは! それが銃ってもんだ。俺の昔の相棒だぜ、大事にしてくれ……性能は保証する」

「バズゥの……鉄砲なんだね」


 その言葉だけで納得したのか、キナは放り出していた銃を拾い上げるとギュっと抱締めた。


「う、うん! わかった──」

「よし、もうちょい撃つぞ。あとで整備を教えてもらう」


「え゛」


 キナはとてもとても嫌そうな顔をしていたとかいなかったとか。




─── あとがき ───


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拝啓、天国の姉さん…勇者になった姪が強すぎて、叔父さん保護者とかそろそろ無理です LA軍@多数書籍化(呪具師160万部!) @laguun

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