エピローグ 終焉をもたらすもの


「いったい何が起きている!?」

「わかりません! 国境の全拠点から応答なし!」


 将軍の怒声に、魔導通信士が悲鳴を上げるようにして答えた。


 王国軍の司令部は未曾有の混乱に陥りつつある。魔王軍の侵攻に備える国境の砦から一斉に救援要請が入り、またたく間にその全てが沈黙。救援要請の内容も要領を得ず、何が起きたのかがわからないまま時間だけが経っていた。


「魔王城には勇者が向かったのではなかったか?!」

「勇者から討伐成功の報はありません、おそらく魔王軍の全面攻勢が始まり、勇者も返り討ちにされたのではないかと……」


 苛立ちを隠せない将軍に、冷静な参謀が答える。


「全く、役立たずめ! 異世界から喚び出した若造などアテにならんとワシは陛下に進言しておったのだ! それを神殿の金食い虫どもが――」

「斥候の竜騎兵、帰還ッ!」


 将軍の言葉は物見の兵士の叫びにかき消された。居ても立ってもいられず、将軍と参謀は司令部に併設された飛竜発着場へと向かう。


 発着場に出ると、ちょうど竜騎兵が戻ってくるところだった。が、飛竜には普段の力強さは見られず、半ば倒れ込むようにして不時着する。その背にまたがった竜騎兵も、負傷したかのようにフラフラと降りてきた。


「どうした!? 何があった?!」

「将、軍閣下……」


 他の兵士に肩を貸してもらいながら、斥候の竜騎兵が将軍の前に出る。飛行兜の下、竜騎兵は血の涙を流していた。


「ほ、報告いたします……国境から……得体の知れないものが……繧ィ繝ゥ繝シが、こちらに向かっております……」

「何だ? 何が向かっていると言った?」

「わかりません、繧ィ繝ゥ繝シ、としか言いようが……うぇっぷ」


 嘔吐する竜騎兵。吐瀉物の中には、何か蠢く奇妙なものが混入していた。その体がブルブルと震えている。


「うわっ、なんだアレ」

「気持ち悪ぃ……寄生虫か?」

「衛生兵! 衛生兵を呼べ!」


 周囲の兵士たちが気味悪がって思わず後ずさったが、血走った目の将軍は気にせずに竜騎兵の肩を掴んで揺する。


「それでは意味がわからん! もっと詳しく説明しろ! 魔王軍の新型魔導兵器か!? それとも新種の魔物か!?」

「違います、魔王軍などではありません……あれは……あれは、災害です……! ぐっ、ごおおオッ」


 ボグッ、ゴグッと不気味な音を立てて、竜騎兵の体が歪んでいく。さすがの将軍も、飛び退るようにして竜騎兵から距離を取った。


「閣下……! お願いです、国王陛下とともにお逃げくださイ……! このままでは……あれは、人が我々の力が及ブものでは……! 縺後≠繧「繝あッ!」


 ボグンッッ


 竜騎兵が、無残にも弾け飛んだ。周囲にその肉片あるいは蟄伜惠縺ョ谿区サとでも呼ぶべきものが撒き散らされる。


「うっ、うわああああああ縺ああッッ!」

「ひいぃっ、何だこれ!?」

「何だ……いったい何が起きてる繧だ!?」


 恐慌状態に陥る兵士たち、至近距離で蟄伜惠縺ョ谿区サを浴びた将軍は空を見上げて茫然としていた。


「――なんだ、あれは」


 司令部は高台にある。


 そして見晴らしの良いそこからは、地平の彼方までを見渡せる。


 そこに広がっていた光景は――遲??縺ォ蟆ス縺上しがたい。


 地平線から、繧ィ繝ゥ繝シが迫ってくる。空が、大地が、そこに息づく森が、人々の暮らす街が――次々に繧ィ繝ゥ繝シに蜻代∩霎シ縺セれ、蜥?蝴シされ、蜿悶j霎シ縺セ繧ていく。空が、太陽の光が縺九£繧。空の色がおかしい、いや、空の色とはどんなものだったか? 今はまるで陦?縺ィ豕・を豺キ縺懷粋繧上○縺ような色をしているが、これが異変を示すのか、そうでないのかさえも曖昧になっていく――


 ボグ ボグン ボグンッ


「あががが縺後′縺がが」

「なにが……いったい何が起きてるんだよ!?」

「誰か、助けてくれ! 『これ』を取っ縺ヲくれ! 縺薙lが離れないんだ!」

「ああ、繧ィ繝ゥ繝シが! 繧ィ繝ゥ繝シが!!」


 悲鳴、絶叫、世界が軋む音――


「参謀。ワシは夢を見ているのか」

「…………」

「答えてくれ。これは、悪夢なのか」

「…………」


 将軍が問いかけても、答えはない。


 横を見ると、参謀が目と鼻と耳と口から縺ゥ縺咎サ偵>菴捺カイを滝のように流しながら、その両眼は好き勝手な方向にぐるぐると動き回り、口が花開くように顎ごと歯を裏返らせ、喉の奥から響く声は蜊??縺吶j縺薙℃繧貞酔譎ゅ↓縺薙☆繧九h縺?↑髻ウ縺ァ――


「ぽぉぁ繧後m繧薙l繧阪sああ」


 わからない。


 何もわからない――


 立ち尽くす将軍もまた、大気を辟シ縺ながら霓「縺潰す繧ィ繝ゥ繝シに呑み込まれ、為す術もなく人としての霈ェ驛ュを豸亥、アした。




 ――それから王国が丸ごと蜻代∩霎シ縺セれるまで、1時間とかからなかった。




 同様のことが、魔王城を中心に、世界各地で起きつつあった。




 ドワーフの国が呑まれた。火と鉄の魔法を得意とする彼らは先進的な火砲術で繧ィ繝ゥ繝シに対抗しようとしたが、全てが無為に終わった。甚大な被害を受けて地下のシェルターに避難したドワーフたちも、大地と岩の壁から染み出す驥肴イケのような冷たく熱い繧ィ繝ゥ繝シによって蜈ィ縺ヲ蟷ウ繧峨£繧峨l縺。


 エルフの森が呑まれた。風と水の精霊はいち早く異変に気づいたが、繧ィ繝ゥ繝シを知覚する先から次々に繧ィ繝ゥ繝シと蜷悟喧していき、精霊の声を聞くエルフたちに致命的な影響を及ぼした。繧ィ繝ゥ繝シそのものが国土に到達する前から既に、そこはあるべきものが歪み、魔力と霊力が閻舌j落ち、植物が好き勝手に咲いては枯れる魔境と化していた。聖なる獣も森の妖精たちも、逃げることさえ叶わずに呆気なく蜿悶j霎シ縺セ繧後◆。


 人魚たちも無力だった。大地も空も海も繧ィ繝ゥ繝シを妨げる障壁たりえなかった。むしろ水の質は嬉々として豁ェ繧られ、海水を呼吸する人魚たちの鰓はまたたく間に閻舌j關ス縺、その精神も迢よー励?髣に呑まれ、彼らは貊??を享受する前に緩やかなる螟芽ウェの旋律を歌い上げるだけの繧ィ繝ゥ繝シの声帯となった。




 そして、神代より存在する竜の里にもまた、繧ィ繝ゥ繝シの魔の手が伸びようとしている――



「……んん?」


 神に等しい力を持つ、エンシェントドラゴンの古老は長い眠りから目覚めた。


 竜の里が騒がしい。耳をすませば、若いものたちが騒いでいるのが聞こえた。


 やれ、世界の終焉だとか、何だとか。古老は苦笑した。そんな風に騒がれたことが、今までにも何度かあった、と呑気に考える。


「これこれ皆の衆、誇り高き竜ともあろうものが、みだりに騒ぐでない」

「おお、古老!」

「お目覚めになられましたか」

「これで安心だ」


 寝床の洞窟からのそりと姿を現した古老に、若い竜たち――と言っても数百年から数千年は生きている――はホッと安堵のため息をついた。


「……何ぞ、妙なことが起きておるらしいのう」


 空を見上げた古老は、異変に気づく。星々ではなく、妙なものが――繧ィ繝ゥ繝シがそこには広がっていた。


「古老! お助けください!」

「既に幼竜が何頭か、犠牲に……」

「ふむ。仕方がないのう」


 古老は、滅多なことでは現世に干渉しない。


 なぜならば古老の力は、何かを少しつついただけでも、世界の理そのものが揺れてしまうほどに強大だからだ。


 その影響はあまりに甚大。ゆえに世界を想うならば古老は眠るしかない


 だが今回の現象は――『これ』が何なのかはわからなかったが、竜はおろか世界にとって悪しきものであることは明らかだ。


「ワシのブレスで薙ぎ払う。お前たちは下がっていなさい」


 古老の言葉に、若いものたちが大慌てで距離を取った。


 古老の吐息ブレス――それはもはや世界創造の炎にも等しい。その余波だけでも竜の肉体を灰燼に帰すほどの威力がある。


 すぅぅぅ、と古老の胸が膨らんでいく。


「――ゴルアアアアアアァァアァァッッ!」


 一拍置いて、咆哮とともに、莫大なエネルギーが解き放たれた。


 まるで、神の御業の再現だ。金色のまばゆい光が、天さえ焦がすような凄まじい熱量が、ありとあらゆるものを消失させる終焉と創造の炎が、上空をたゆたう繧ィ繝ゥ繝シに直撃し、軋みを上げながら一瞬にして蜿悶j霎シ縺セ繧後※繧ィ繝ゥ繝シ縺ョ荳?驛ィ縺ィ蛹悶@縺。


「なっ……!?」


 己の絶大な威力を誇るブレスが、何らの痛痒を与えぬどころか、むしろ餌でも放ったかのように貪られ吸収されてしまったのを見て、流石の古老も顔色を変える。


「馬鹿な……!」

「そんな、古老のブレスが」

「効いていないだと!?」

「もうおしまいだあ」


 周囲の若いものたちが騒ぎ始めた。


「……ほっほっほ。久々の目覚めで、ワシも本調子ではなかったようだ」


 平静を取り繕って、古老は笑ってみせる。


「なに、次は本気の一撃じゃ。あの妙なものを吹き散らしてみせよう」


 すぅぅぅぅぅう、と大きく息を吸って、古老の胸が膨らむ。


「ゴガアアアアァァァァァァァ――ッッ!!」


 あまりに巨大な咆哮に、足元の岩が粉々に砕けた。


 目もくらむようなエネルギーの奔流が放たれる。


 まるで、神の御業の再現だ。金色のまばゆい光が、天さえ焦がすような凄まじい熱量が、ありとあらゆるものを消失させる終焉と創造の炎が、上空をたゆたう繧ィ繝ゥ繝シに直撃し、軋みを上げ縺ェ縺後i荳?迸ャ縺ォ縺励※蜿悶j霎シ縺セ繧後※繧ィ繝ゥ繝シ縺ョ荳?驛ィ縺ィ蛹悶@縺。


「ばっ……」


 繧ィ繝ゥ繝シは――無傷。


 いやむしろ、以前よりもさらに存在感を増しているような――


「馬鹿な……ありえん! ありえんぞ! ゴガアアァアッ!」


 立て続けに古老がブレスを吐くも、繧ィ繝ゥ繝シは小揺るぎもしない。


「おい、これ……」

「ヤバイんじゃないか……?」

「クソッ、さすがの古老も老いたか……」


 周囲の若いものたちが、古老さえ手に負えない事態を前に、徐々に平静を失っていく。


 極めつけに、上空の繧ィ繝ゥ繝シがおもむろに竜の里に向けて髯堺クし始めた。


 古老があまりにブレスを放つので、ようやくその存在に気づいた、というノリだった。世界を焦がすとまで言われたブレスも、天を包むほどに膨張した繧ィ繝ゥ繝シからすれば、小蝿にたかられた程度の感覚でしかなかったらしい。


 だが、ひとたび気づいたならば――


 繧ィ繝ゥ繝シはどこまでも貪欲に、全てを蝟ー繧峨>蟆ス縺上☆。


 突然の豪雨のような、怒涛の勢いで繧ィ繝ゥ繝シが地上へ縺ィ髯阪j豕ィ縺?□。


「グガア繧「繧。ァァッ!」

「いやだ! たす縺代※くれえ!」

「目が、目があ縺あ!」


 若い竜たちが風に吹き飛ばされる塵芥のように、一瞬で霈ェ驛ュを失い繧ィ繝ゥ繝シに蜿悶j霎シ縺セ繧後※縺?¥。


 大地が揺れる。世界を支える土台が今、繧ィ繝ゥ繝シの名の下に蟠ゥ縺輔l繧医ウとしていた。空が落ちてくる、海が豐ク鬨ーする、何もかもが不明瞭なままに滅びへと遯√″騾イ繧薙〒縺?¥。その先に待つのは豌ク蜉ォ縺ョ蛛懈サ、混沌と縺励◆縺セ縺セ縺ゅi繧?k繧ゅ?が謾セ繧雁?され分解され骭?▽縺それでいて辟。縺ォ蟶ー縺ことさえ許されない雋ャ繧∬協縺ィ隗」謾セ縺ョ荳也阜縺檎函縺セ繧後h縺?→縺励※縺?k。


「ありえん! このようなことが! ありえんぞおおおお!」


 古老は天を震わせるほどに絶叫するが、もはや螟ゥは存在し得なかった。


 そしてその運命も変わらない。


 周囲を包み、押し寄せる繧ィ繝ゥ繝シが古老の魍励r陜輔?。


 ありとあらゆる攻撃を弾き返す、最強の防具と呼ばれた古老の鱗が、見るも無残な縺セ縺ァ縺ォ繝懊Ο繝懊Ο縺ォ閻宣」溘&繧後※縺?¥。そしてその荳九?閧峨→逧ョも、虫食いの繧医≧縺ォ鬟溘>縺、縺九l縺ゅ▲縺ィ縺?≧髢薙↓貅カ縺題誠縺。縺ヲ縺?¥――


「こんな! こんな縺薙! 神よ! なぜ縺薙?繧医≧なことが!」


 神は答えない。あるのは繧ィ繝ゥ繝シだけ。


 いつの間にか螟ァ蝨ーさえも豸医∴蜴サ繧、無限に謠コ繧めく繧ィ繝ゥ繝シと蜿、閠の搾りカスだけがその遨コ髢薙↓は谿九&繧ていた。


「なぜだ! 誰か縺翫i縺ャか! 縺翫i縺ャかああぁぁ!」


 虚しい叫び声。


 そこには繧ィ繝ゥ繝シと蟄、迢ャだけが縺ゅk。蜿、閠の精神も、世界の核に等しい蠑キ蠎ヲ縺ョ鬲も、蜻?ーなく有耶無耶に縺ェ縺」縺ヲ縺?¥。それも当然といえば当然だ――世界の核すら、今や貎ー縺医h縺としているのだから。



 豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆縲



 豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆縲



 豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆縲



 荳也阜繧貞シキ蛻カ邨ゆコ?@縺セ縺吶?




 ボグンッ







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ】チート剣もったまま召喚されたら異世界がバグった 甘木智彬 @AmagiTomoaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ