コンテストに100回落ちたワナビ、ここに眠る

naka-motoo

書かないと死んでしまうんだよ!

 趣味として人生を豊かにするために書くのもいいさ。

 もしかしたらそういう風に書いている方が小説を読むような現実世界の方たちのニーズに合った小説が書けるのかもしれないさ。


 だけど、わたしはT-婦情てい ふじょうだっ!

 コンテストに100回落ちて、それでも生きている根っからのワナビ・アラサー女子なのさっ!

 否、小説書きなのさっ!


 小説を書かない=即・死を意味するのさっ!


 わたしは働いている広告代理店(折込チラシ専門)の社長に聞いてみたのさ。


「社長!今度わたしが執筆している小説投稿サイトでしゅうえきかんげんプログラムが導入されるんだ」

「なんだそれは」

「多分、濃縮還元ジュースのような雰囲気のものだと思うけど」

「違うと思うがだからなんだ。それよりお前小説なんか書いとったんか」

「うん。で、小説がいっぱい読まれたら広告収入が得られるのさ」

「バッカやろーっ!!!」

「ひ、ひいっ!」

「スーパーやらドラッグストアからの新規広告受注も取れない奴が自分の小説で広告収入得るだと!?」

「う、うんっ!」

「うん!じゃねえ、バカヤローが!」


 そのあと、三時間にわたって社長から説教されちゃった。しかもその時間は就業時間に含まないから無給だって言われてしまった。


「ふざけやがってえ・・・お!そうだ!これならどうだ!?」

「な、なんでございましょう・・・」

「お前の小説の折込チラシを取り扱ってやるから広告料払え」

「はい?」

「どうだ、斬新だろう。小説の折込チラシだ」

「いやそんなの聞いたことないですけど」

「スカ!お前が小説を書いてることの方が有史以来の珍事だ。どうだ、格安にしといてやるぞ」

「それって自費出版で店頭で売れ残った小説を自腹で買い戻すのと同じような」

「いや、大いに違う」

「ど、どう違うんですか?」

「自費出版は曲がりなりにも本として出版されてる。お前の場合は何も無い。あるのは投稿サイトの評価0の画面だけだ」

「うっ・・・評価1ぐらいは時折つきますよ」

「very goodが★★★で評価3ということなんだろう?★の評価1とディスりとは紙一重だろうが」

「しゃ、社長」

「なんだ」

「セクハラです」

「違う。パワハラだ」


 押し売り自費出版を迫ってくる出版社とほぼ同じような執拗さで社長に小説の広告契約を結ばされてしまった。

 まあ、今更職を失うよりマシか。


 しかし・・・何が悲しくてWEB小説のプロモーションを新聞の折込チラシ広告でやらねばならぬのだ。

 しかもその新聞というのが『日刊渋滞抜け道情報』だと?

 一体誰が読むんだ?

 しかも紙媒体だという時点で渋滞回避に意味をなさないのでは?

 ただ、わたしの給与で払える範囲ではこのプランしかなかったのさ。

 それですら今月分の給与から天引きでないと払えないぐらいなのさ。

 はっ。天引き!?

 まさか社長も給与支払いの資金繰りがつかなくてこの話をわたしに持ちかけたわけじゃなかろうな。


「T!メディア露出おめでとーっ!」

「A子、B子。おちょくってるんじゃないだろうな」

「え?なんでなんで?全国紙の見開き1ページにTの小説の広告が掲載されるって聞いたけど?」

「ううっ・・・」


 自慢じゃないがわたしは100回連続小説コンテストに落ちた。

 それでもなお書き続ける不屈不倒のワナビ・・・いやいや生まれついての小説書き、ボーン・ノベラー・・・じゃなかった、ボーン・ノベリストなのだ!


 ならば折込チラシ広告という、それこそ前人未到のプロモーションをしたノベリストになってやる!


「T、T」

「なんだよ、A子」

「前人未到じゃなくて『前代未聞』だと思う」

「ううん、『恥も外聞もない』だと思う」

「A子!B子!アンタらわたしのフォロワーじゃなかったのかっ!?」


 そうは言いながらもチラシが折り込まれる当日の朝はやっぱり胸が高鳴った。

 まあ、わたしは新聞を買うお金すらないからどんなチラシになって配達されてるのか見ることもできないんだけどね。


「さ。兼業作家らしくバズりは仕事しながら待つか」

「なあにが兼業作家だ。さっさと営業に回って来んか!」


 社長からドヤされてたらお得意先のスーパーの担当者のおじさんが事務所に駆け込んできたんだよね。


「社長!どうなってんだ!?」

「あ、赤字マートの営業部長さん。どうしました?そんなに慌てて」

「このチラシって社長のところで作ったんだろ?」

「ああ・・・ウチの社員の小説広告用のチラシですよ。それが何か?」

「このチラシ持ったお客さんが開店と同時に店に殺到してるんだ!」

「えっ!?ど、どういうことですか!?」

「それは私が訊きたいよ!」

「とにかく今すぐオタクのスーパーに伺いますので。行くぞ!T!」


 なんだかよくわからないけどわたしは社長のスーパーカブの後ろに乗っかって二人でスーパーに向かったんだ。


「社長。わたし出来上がったチラシ見てないんですけど。わたしの代表作傑作ミステリ『戦慄の林』」

「ああ、そうだったな。ほれ、これだ」

「あ、どうも・・・えっ!なんだ!これ!?」

「ん?なんか間違ってたか?」

「小説のタイトルが間違ってる!」

「ん?もう一回見せてくれ」


 社長は運転しながらビラビラなびくチラシを見たもんさ。


「ああ、ほんとだな!こりゃあすまんすまん!」

「どうやったらこんな間違い方になるのよっ!」

「いやあ、面目ない。パソコンで林って打ったつもりが予測変換でいらん文字まで入っちゃったんだな」

「どーゆー誤変換だよっ!しかもアンタはプロのくせに確認もしないで!クソかっ!」

「いやー、ほんとにすまん」


 スーパーに着いてみると数十人のお客さんたちがチラシを翻しながらスタッフたちと押し問答している。


「ちょっと!このチラシが入ってたからわざわざ朝一番でお店に来たのよ!」

「ほんとよ!今晩のおかずこれしか考えてなかったのに!」

「早く出しなさいよっ!『戦慄のハヤシライス』をっ!」


 いや、あんたら全員『日刊渋滞抜け道情報』を購読してるのかよ。


 ・・・・・・・・・


 大人には責任を取らねばならぬ時がある。

 理不尽だ。

 理不尽だがわたしは兼業作家だ。

 作家以外の仕事についても社会的責任がある。

 理不尽だとは思ったが、客たちに詫びを入れた。


 そして、商品を無料配布した。


「すみません、チラシの裏でプリントアウトですが・・・」

「なあに?『戦慄の林』?つまんない三文ミステリねえ」

「なになに・・・『その林は先立の森だった』・・・さきだちのもり、ってなによ」

「あ、すみません、それ戦慄の林の誤変換です」

「誤字どころか意味不明の文章になってんじゃないの!まったくどうしようもないワナビね!」

「すみません」

「ほんとにこのクソワナビが!」

「も、もうしわけございません」

「おーい、T!」


 あ・・・A子。B子。


「ど、どうしたの?アンタたち仕事は?」

「へへ。さっき社長さんからTがこの店でサイン会やってるから来てやってくれってメールがあってさあ」

「はあ?」

「わたしたちの希望の星!作家デビューの第一歩となるTの晴れ姿を見に来ないわけにいかないでしょ?仕事はサボっちゃった!」

「はは・・・(あのクソ社長の野郎、経営者としてだけじゃなく人間として魂の深淵までブラック野郎が!)ち、違うのよ、A子、B子」

「ははっ。照れちゃって。とにかくおめでとう!T!」

「うおおーっ!」

「え?え?なんで泣くの?嬉し泣き?」

「うおおぉおおおおおーんっ!!!」


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