#5.花咲かOL

 音声記録は無駄に続いていた。


「棺桶には、不屈の男、と書かれていました――これ、異名?」


 しばらく間があった。




「異名ですね」


 花田が確認しているらしい。


 レコーダーを意識した言い方だった。


 彼女にとっては異名なのだ。久咲先生は異名が好きだ。



「クトゥルフの題名にもつかっているし、ペンネームもクトゥルフのタイトルにつかうはずだった。だけど、天国のお母さまが言った『ダレン・シャンのマネ?』という一言で恥ずかしくなってやめたんでしたっけ」




「馬鹿らしいよね。天国のお母さんが言ったっていうのよ?」


 ひそひそ、レコーダーに悪口を入れるな、花田ぁ。





「つじつまはあってる。クトゥルフの夢の世界を選んだこの人なら……」







「クトゥルフじゃなかったら、別の責任が生まれるとこだったのに」




 クトゥルフだから、でOK.OK.というふうに。


 ダレン・シャンもびっくり。


 ダレン・シャンを知らない方は「ダレンシャン」でググればいいと思います。




 ダレン・シャンだと思ってくれれば。


(端から小説家なんて、その程度)





「なんでもいいから、早く書け」


 書き起こし作業は経験あるから任せとけって、おまえが言ったんだろう、花田。




「眩暈が、めまいが……」


 うなっているが、私は知らん。




「……と~~テン……彼は言った~~マル」





 花田は言っていた。


 ――一人の観客をのめりこませなきゃいけないのに、妹みたいな女の子が。





 メンタル豆腐でやってられないという。







 これでどうやってホラーを書けというんだ。




 ――違うぞ花田。







 そういうことを書きたいんじゃない。そんな本がつくりたいんじゃない。







「あ! しまった」


 また間違ってデリート押したんだな。


 寝ぼけてたのか?


 花田ぁー。







「色恋沙汰で参って出家したキャラを出さないと」


 なにをつぶやいているんだ、花田。


 気は確かか。










「もういい! 自分で書く!」


 なにを思いついたか、そうつぶやいて、花田はしばらくデスクに戻ってこなかった。






「もともとの型がくずれちゃった……どうしよう」


 なにを言っているのか、ちょっとわからないな。









 久咲先生、自分で書いてみたんですけど、恥ずかしいできになりました。


 ――って、言うのか? 花田ぁー。


 ぽこんと、飴を投げてやると、頭を下げてくる。




「超能力かと思っちゃった」






「いっぺんに片づけるには……」


 私が教えると、神妙な面持ちでうなずいている。


 ホントに聞いてんのか?


 目の下の隈がひどいぞ。



 

 まあ、おそらく、ダメだな。







「火山をイメージした姿はこれっす」


 センス抜群のホラーだ。いいな! 仕事が早いのはいい。









「早すぎた、ゴメン」


 花田が出してきた案が、根回しできてなくて、ぽしゃった。


 私の責任だ。


 花田は――。







 泣くもんかと、笑った。


 そんな花田に、ビールをおごった。


 花田は胸を張っている。


 悪いのは私だからな。








「女は心、ってこういうことなんですね」







「ブスでもいい。幸せになれれば」


 そんなこと言うほど、不細工じゃないぜ。


 かわいそうなほど、平凡なだけで。







『栄養失調の人、出さなくていいように』


 編集会議で決まったから、花田に伝えないとな。


 そう思って、デスクの上をのぞいてみたら、書きかけの文面がこうあった。





 <「死のう」


(気づいたら、死んでしまった)




「お墓ね。私の」>





 確かにね。花田はケータイ小説とか、読むのかなと思った。


 給湯室で女子社員とくっちゃべっているのを目撃。






「登場するのは美作」






「日本人じゃないですか」


 相槌うつのがうまい子だな、花田と同期だったか。




「ジャパニーズ・ホラー」




 流行らないっつーの!


 思うが口に出さない。押しつけはよくない。





「ひうっ……うっ、う!」


 これでも編集稼業は長いというのに、花田のケータイ小説に泣かされた。


 なにあいつ。


 言うだけ、あるんだ!?



「さすがにこれはどうかと」


 花田は久咲先生の今後の展開に口出ししてきた。


 いや、担当なんだから、口出しは必要だけれども。


「先生、『ギリギリまで頑張っている』って主張するんですが、私はまだまだ現役。引退は早いと言っているんです」


 花田がババアになって、頑張ります。花咲け~~、花咲け~~花咲かばあさん。









「チーフ、時々、嘘つきますよね?」


 ぎくっ。







「嘘を言ってどうなるんです。むかっ腹立ちます。そういうの」


 言うなあ。花田ぁ。








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神々の呼び声 れなれな(水木レナ) @rena-rena

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