第8話 冒険者ギルドと青空市場
「あ、あのー…… すみませーん。もしもーし、生きてますかー?」
……あ?
眠い、なんだ。
「あのー…… ええ、なんでしょう、この人。見たことのない服装…… 国外の人でしょうか? もしもーし、起きてくださーい」
暗い視界、ぼんやりした思考。それらが徐々に目覚めていく。
「あ……?」
「あ! やっと目を覚まされましたかー? 良かったですー。そんなとこで寝てますとー、風邪を引いてしまいますよー」
間延びした声、遠山はその声に
「あ、う、うん…… え、誰?」
「それはこっちの台詞ですー。お兄さん、ここで寝たらダメですよー。何時まで飲んでたんですか?」
「……飲んでない。寝てた、俺が?」
「あらら、かなり酔っ払ってますね。んー、でもお兄さんの顔見たことないですねー、冒険者さんではないのですか?」
ぼうけんしゃ。
ぼうけんしゃ、い、せかい。
あ。
「冒険者!! 異世界転生、違う! 転移!!」
遠山がばっと立ち上がる。思い出した!
頭のもやが晴れる。
そうだ! 探索で死にかけて、目を覚ましたら全身鎧のクソ野郎に襲われて、それから☆☆☆☆☆☆☆☆☆と会ってーー
「あれ…… 誰だっけ……」
頭が妙だ。
まるで寝ている時に見た夢の内容を忘れたように鎧野郎の後に会った誰かの事が思い出せない。
誰かには会った。
ソイツと何かを話して、それで、何かを言われたような気がする。
でも誰が何を言っていたのかが思い出せない。
というか、ここどこだ?
たしか、なんかもっと高いところにきたような。そう、街を一望できるようなーー
「……だいぶ飲んでたみたいですねー。でもそろそろそこをどいてください。そろそろ開けないとー…… 依頼の取り合いも始まりますしー」
「依頼?」
「そうですよ、ここは冒険者ギルド、今は朝、そろそろ開店の時間です!」
遠山は改めてその建物を眺める。
木製の作りの建物は見上げほどに大きい。ドーム型の建物は、バベル島の探索者酒場のデザインに似ている気がした。
「はえー…… すっごい」
「えーと、もしかして貴方、冒険者さんじゃないのですかー? 観光者さん?」
遠山の様子に気付いたように、金髪の少女が声をかける。
「ああ、そうだな。通りすがりの探索者兼、観光客だ」
「タンサク……シャ? んー、まあなんでもいいのです。ごめんなさい、観光客さん、まだギルドは見ての通り開いてないのですー。もし見学をご希望でしたらまた1時間後に来てくださいね」
薄い顎に指を当てながら少女が首を傾げた。
造りの綺麗な小さな顔、金色の髪を2房備え、ツインテールが映える。
「あ、これは失礼しました。1時間…… 時間の概念も同じなのか…… なるほど、割りとわかりやすいパターンの異世界か。ほうほうほう」
「それじゃあ私はここで! もうギルドの前で居眠りしちゃダメですよー! この時間なら青空市場が開かれてるはずです。観光客さんならそこで朝ごはんでもいかがですか?」
「おお、これは親切にありがとうございます。ちなみに青空市場……てのはどこに?」
「この大通りをまっすぐ行ってすぐです。円形の広場なんですぐにわかると思いますー」
少女が指を指す方向を振り返る。石畳がまっすぐ進む道にはちらほらと人が歩いている。
ぐううう。腹が空いた。考えてみると、ダンジョンに侵入した後からほとんど何も食べていない。
「……ほとんど? あれ、鎧野郎をやってから、それでなんか、食ったような……」
「早めに行かないと美味しいものなくなっちゃいますよ! 私のおすすめはエルフのミドさんのお肉屋です!最近出た新商品、羊の腸詰は朝でも昼でも夜でもいけます! オススメです!」
「あ、ああ。ご親切にどうも。ごめんなさい、貴女は……」
「いえいえ! ギルドの近くで困っている方は将来のお客様ですからー! 冒険者ギルドの受付をしています。ライネ・ソロファイルと言います。モンスター、輸送、盗賊、お困りごとがありましたらぜひ当冒険者ギルドをお便りください! じゃあね、観光客さん!」
扉を開いて少女が建物へと去っていく。遠山は頭を下げて、少しした後言われた通りに道をまっすぐと歩いていった。
………
…
「西洋建築…… 建物だけ見りゃフランス街に似てるな」
遠山はツルツルの石畳を踏みしながら大通りを歩く。
辺りに漂う朝靄の中、ぽつり、ぽつりと人々が行き来する。
遠山はそのうち何人かを目にして内心舌を巻いていた。
うお、今の猫耳ついてたよな。
探索者として多種多様な人種の集まる場で生活していた遠山だが、さすがに人間以外の種族を見るのは初めてだ。
「はえー、まじ異世界じゃん。やべえ、感情が分からん」
遠山は自分の気持ちが不思議だった。自分が遠いところに来てしまった不安よりも面白そうなモノに対する好奇心が勝る。
「鳩村にイかれてるって言われたのもあながち嘘じゃねーかもなー」
朝靄の中、人の波がいつのまにか多くなる。
犬耳、エルフ耳、大髭、尻尾。
人間以外の種族が入り乱れていた。テーマパークのパレードの中に迷いこんだような気分だ。
「おお、すげえ」
やがて人の波が割れて大きな広場が目の前に広がる。
「はいはい!! おはようございます! みなさん、みてくださーい。今朝、ついさっき採れたばっかりの、スウモでーす!」
「ロザン農場のチーズです! 朝ごはんにいかがですか?」
「あ、そこの冒険者さん! これから依頼かい? ほら、朝割のグリーンポーション買っていきなよ! 容器代も今ならおまけしちゃうよ!」
「はいはいはい、取り合わないで!! 8面鳥の卵だよ! うちのは新鮮だから生でいけるよ! 生で!」
「いらっしゃい! 新商品の腸詰だよ! 数が少ないからお求めはお早めに!」
「一つくれ!」
「こっちはみっつ!」
凄い活気だ。
どの屋台も人が混んでいてすぐには買えそうにない。
それになんか、見たことのない食い物が多い。
始めてきた街で知らない食べものはすこし、ハードルが高い。
遠山は出店が溢れる広場を歩く。たまにこちらをじろじろ見てくる者もいるがうまくその視線をかわす。
さて、並ぶのも面倒だしなんかいい感じに腹を満たせるのは……
「お、なんか空いてる屋台がある」
見つけた。
他の屋台は列を成しているのにあの屋台だけ誰も並んでいない。
他の屋台とも距離を置いてありポツンとしている。
「俺は知っている、ああいう店は割と美味い可能性がある!」
遠山はフラフラとその屋台に近づく。ふわり、小麦粉の芳醇な香り、パン屋だ。
くくく、間違いない。人の少ないパン屋は美味いことが多い。
「すみません、もうやってますか?」
屋台の店棚に並べられたパンを眺める。どれもぷっくぷくのてらてら。
間違いない、絶対美味い。どこで焼き上げたのだろうか。
屋台の中を除くとのそりと店主がこちらを振り返り
「……いらっしゃい、ラザールのパン屋へようこそ」
「……トカゲが喋った……」
遠山が目を剥く。
半袖の真っ白なコック着のような服装、トカゲの顔に小さなコック帽がちょこんと乗っている。
トカゲ人間、服装の隙間から茶色の鱗が見え隠れしていた。
「……リザドニアンを見るのは初めてか? 冷やかしならよそへ行ってくれ」
渋い声だ。トカゲ男は縦に割れた瞳孔を細め、ぷいと後ろを向いた。
客商売とは思えない、が空腹と旨そうなパンの匂いに遠山は逆らえなかった。
「ああ、ごめんなさい。なにぶん……田舎者で。ええと……リザドニアン?を見るのは初めてでしたから」
「ふん、大方こんなトカゲが作ったモノを笑いにきただけだろう。……人間族は皆同じだ」
「いやこれは笑えねーよ。大将、パンくれ、腹減って死にそうなんだわ」
「なに?…… 今なんて言った?」
「あ? だから腹減って死にそうなんだよ。こっち来てからもう二回使用してるからな。カロリー使いすぎた」
「そ、その前だ! まさか本当にパンを買いに来たのか?」
ぐわり、トカゲ顔が遠山の目の前に迫る。てっきり爬虫類独特の酸っぱい匂いがすると思いや、フワリと柔軟剤のような優しい匂いが届く。
やだ、いい匂い。
「いや、だからそう言ってるだろ? 旨そうなパンの匂いに誘われたんです! なんかおすすめないですか」
遠山は物怖じせずにトカゲに声を返す。二足歩行で喋ることには驚いたが、でかい爬虫類には探索で慣れている。
「な、ほ、ほんとか? お前…… いや、君はリザドニアンが作るパンが気持ち悪くないのか?」
トカゲが信じられないように震えた声を出した。
「いや、そりゃびっくりしたけどよ、この匂い、この艶、練り上げられている。アンタは間違いなく腕の良いパン屋だ」
「……あ、ありがとう、ここで商売を初めてからそんなこと言われた事はないよ。……そこのテラス席に座ってくれ、今メニューを持ってくる」
トカゲは目をパチクリしながら、遠山に屋台のすぐそばに置いてある木の机と椅子を示す。
おお、おしゃれなもん置いてあるじゃないか。遠山は素直にそこに座った。
「お待たせ、メニューだ。当店は基本的、明け方に工房で焼いたモノだけを店に並べるようにしている」
「おお、こりゃ品揃えもたくさん…… たくさん……」
遠山が差し出された分厚い紙を眺めて言葉を失う。
え、なにこれ、なんて書いてあんの?
なんか、ミミズがのたくったような筆記体や、アルファベットぽい記号だらけだ。
「……どうしたんだい? やはり、メニューにあまり口に合いそうなものがなかったかな?」
シュンとトカゲが落ち込む、見ればコック服から覗く尻尾がぺたりと垂れていた。
「いや、違う違う、えーと、ごめんなさい、学がないもんでね、あー、字が読めねえんです」
「なんと…… これは失礼した。では当店のおすすめ、上物のベル麦を使ったエショドはどうだい? ウチのパンは白いよ」
「あーじゃあそれで。飲み物はあります?」
「……うちはパン屋だ。飲み物は置いていない」
「ありゃ、それは残念。じゃあそのエショド? 1つ頼むよ」
遠山は机に座り、辺りを見回す。
この屋台の周り以外はどの店も満員だ。それぞれの屋台の周りにはテーブルと椅子が用意されている。
持ち帰って食べるよりも、屋台の目の前のテーブルで食べるスタイルが主流らしい。
それが余計に行列を作っているのだろう。
「お待たせした、ベル麦のエショドだ。おまけして数を増やしているよ」
「おお、なんか初めて見るパンだ」
小さな手のひらに収まるサイズの三角形のパンが清潔な白い皿に3つ盛り付けられている。
ふっくらと焼き上がったそれはうっすら白い粉が浮き上がり、柔らかな匂いが立ちのぼる。
美味い奴だ。これは。
「さあ、冷めないうちに食べてくれ、まだ焼いてから1時間も経っていない」
「ほう、それは楽しみ。頂きます!」
遠山はパンをつまみ、それを一口で頬張る。
美味い!
外はカリっと、しかし中はフワリ。噛むたびに小麦粉の甘い味と香ばしいパンの焼いた匂いが舌と鼻をくすぐる。
「予想通りのうまさだ」
あっという間に遠山はパンを3つ平らげる。小さなパンだが割ときちんと腹にたまる。
これに辛い炭酸飲料ぐらいがあれば最高だったろう。
「あー、美味しかった! 店長さん、あなたは腕の良いパン屋さんだな」
腹が満たされ、遠山がだいぶ機嫌が良くなる。
屋台の袖からぬっと、コック帽をかぶったトカゲが顔を出した。
「……ほ、本当か? 俺のパンはうまかったのか?」
「あ? 食べ物には嘘つかねーよ。こんだけ味が良いんだ。毎日忙しいんだろ? たまたま空いててラッキーだったぜ」
遠山は素直な感想を伝える。
途端、トカゲ店長がその長い顎を下に向けた。
ぽたり、ぽたり。
涙、つぶらで鋭い瞳から数滴の涙が落ちた。
「え?! おい、どうした、店長?! どっか痛むのか?」
一瞬、海亀の産卵かな、と頭をよぎったがその思いを振り払い遠山が店長へと駆け寄る。
「い、いや、違うんだ…… ここに来て、商売を始めてから1ヶ月になるが…… そんなことを言ってくれたのはキミが初めてだ……」
「え、まじ? こんなに美味いのに……」
「いや、済まない、驚かせてしまったね。実はもう店を畳もうかと考えていたんだ。毎日パンは売れ残るし、商業ギルドへ払う借金ばかりが膨れていく一方でね」
「えー…… 無責任な言い方だけどよお、もったいない気がするけどな」
「ああ、だがもう少し頑張って見ることにするよ、旅人さん、君が俺のパンを食べてくれたおかげだ。君が美味しいと言ってくれて少し勇気が出てきた」
「ああ、そりゃよかった。さて、腹も膨れたし、そろそろ行きますわ。店長、お代は? あ、現金ねえや、ポイポイか、クレジット端末ある?」
「ああ、本当なら7ゴールドだが、勇気をくれたお礼だ。5ゴールドでいいよ、旅人さん、古き竜の加護が貴方の行く末を見守らんことを」
しかもおまけしてくれた。
5ゴールド、安い!
たったの、5、ゴー……ルド?
うん?
「ありがとうございます。えーと、5ゴールドねーー ………うん?」
「……どうしたんだい?」
「………ちなみに、ポイポイとかクレジットカードは使える?」
あ、だめだ。鎧野郎に端末を真っ二つにされてるからポイポイもクレジットも使えねえ。
「……なんだいそれは? お代は帝国刻印のついているハッドゴールドで頼むよ、帝国ではそれしか信用出来る通貨はないからね」
うんうん、ゴールドね。そうだよね、異世界だものね。円じゃないよね。
遠山の灰色の脳みそに電気信号が駆け巡る。
トラブルを解決する為に導かれた言葉はーー
「……ゴールドって何?」
………沈黙。
喧騒溢れる市場の声が消えて、朝を告げる鳥たちのピチチチチという歌声が響いた。
にこり。
トカゲ男が笑う。
人間の笑みとは違うが、確かに笑ったように見えてーー
「く、食い逃げだあああああああ!!! 教会騎士! 誰か教会騎士を呼んでくれえええ!!」
「待って待ってえええ!! 違う、違うから!! 話を聞いてええええ!!」
屋台の裾の、野良猫が大きくあくびをしていた。
青空市場は今日も、活気に満ちている。
現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで! お試し版 しば犬部隊 @kurosiba
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