第7話 異世界転生じゃん!!
「あ、あ、は? は?」
今度こそ、混乱した。
現代ダンジョン、バベルの大穴の探索者になって3年。色々なものを見てきた。
建物ほど大きな怪物、奇跡を起こす宝石や、まるで無重力空間のように浮く地面。
凡そ常識では考えられない事をたくさん見て、聞いて、触れて、そして殺してきた遠山からみてもコレは異常事態だった。
「どうしたんだい? トオヤマ。そんな驚いたような、ハチメキンギョのように口をパクパクと開いて」
「……ハチメキンギョってなんだよ」
必死に返せたのはそんなつぶやき。
聞いた事のない生き物の名前、そしてこの尖った耳の女、広いバルコニーから見える街並み。
ここは、バベルの大穴じゃない、もちろん日本でも、バベル島でもない。
全く違う場所、異なる世界。
ここは俺のいた世界じゃない。遠山は状況を理解した。
理解の出来ないことが起きているということを理解したのだ。
何より遠山の感覚を決定づけたのは匂いだ。
匂いが違う。嗅覚的な匂いではない。
同じだ、あの時と。生まれて初めて日本を出てバベル島へ着いた時と、生まれて初めて探索者としてバベルの大穴へ降りた時と同じ。
身体に染み込む未知の匂い。
いま自分がいる場所が、自分にとっての未知の場所だということを探索者としての感覚が気づいてしまった。
「まじかよ…… 」
「くく、トオヤマ。顔色が優れないな、ひどく混乱しているようじゃあないか」
暗い通路の先に広がる出口、バルコニーだ。街が一望できるその広い空間でウェンフィルバーナが笑う。
「……い」
「まあ、トオヤマ。キミが混乱するのも無理はない。私の予想が正しければキミはーー」
ウェンフィルバーナが流し目を遠山に向ける。
肩を震わせながら遠山は下を向いていてーー
「これ! 異世界転生じゃん!!!!!」
「……うん?」
盛大に叫んだ。
腹の底から響いた叫びがバルコニーから空へと渡る。
「と、トオヤマ?」
「う、うおおおおおお、マジか、マジでしてしまったのか、異世界転生!! いや、待てよ、これはどっちかつーと転移になんのか? ジャンル違いは揉め事のタネだからなあ…… いや、でもマジかあ!!」
web小説とかなれる小説でクソほど読んだシチュエーション!!
探索者になってから化け物を殺して宝を探すローグライクゲー的な生活は叶っていたが……
まさかここに来て大作ファンタジーオープンワールドゲーム的なシチュエーションも叶うとは!!
うおおお!! 中学生ん時に死ななくて本当に良かった!!
遠山は自分の状況を理解した途端に身体中に力が湧いてくるのを感じた。
遠山 鳴人は、こんな人間だった。今を刹那的に楽しむ。あの幼少期の記憶が遠山の人格を享楽的なものに変えていた。
趣味で始めた探索者。なりたての時よりも熱く感じる高揚感。
やべえ、俺、ファンタジー世界大好きなんだ。遠山はなぜか出てきたよだれを拭う。
「……キミは今の自分の状況理解しているのかい?」
目をきらきらと輝かせはしゃぐ遠山に向かいウェンフィルバーナが声をかける。
「おう! もちろんだ! 何度こういうストーリーを見てきたと思ってる?! ウェンフィルバーナ、今ならあんたが言ってたことも意味わかるぞ!! 俺はおそらくこの世界の人間じゃない!!」
「ふ、ふふふ。ワタリが自分の状況をここまで簡単に受け入れるなんて初めて聞いたよ。どのおとぎ話でも最初は皆混乱しているのだがね」
「ワタリ、なるほど、読めてきた。ウェンフィルバーナ、俺みたいなに違う世界から来た連中が他にもいるんだな? 転移者だ!! そいつらはあんたらに存在を認知されていて、ワタリっつー呼ばれ方をしているわけだ!」
「……気味が悪いな、トオヤマ。だいたい正解だ。ただし存在は眉唾モノ、おとぎ話でしか信じられない存在だが、キミの言動や服装は奇しくもおとぎ話のワタリたちと全く同じだ。まあ、キミが自分をワタリと信じている可哀相な人という可能性もあるけどね」
「ほうほうほう。そーゆーパターンね。……あれ、待てよ、ここがマジで異世界ファンタジーワールドだったら…… え、ウェンフィルバーナさん、マジでエルフ? 自分をエルフと思い込んでいるヤバイ人じゃなくて?」
遠山が目をパチクリと瞬かせる。ウェンフィルバーナが怪訝な表情で、尖った耳をぴこぴこと動かした。
「……ほ、ホンモノのエルフ。まじか、なれる小説は嘘をついていなかった。マジで綺麗だ……」
「トオヤマ…… 急にキミの目線が私の耳に集中し過ぎて怖いのだけれど」
「おっと、わるい! マジか、となるとさっきの鎧野郎も納得がいく! ファンタジーじゃん! 鎧に大槍とかきちんとファンタジーじゃん!」
「キミが自分の状況を把握してくれて助かるよ。ところでトオヤマーー」
ウェンフィルバーナが遠山に話しかける。同時にその指先が、遠山に向けられて。
はしゃいでいた遠山に向けられた指先から放たれたのは不可視の矢。
風を纏い、矢の形を成した質量を持つ矢が遠山に向かい放たれ、そしてーー
バシュン。
遠山の胸にあたる直前で霧散した。
「へえ……」
「キリヤイバ」
遠山の身体の中にしまい込まれている空気に干渉する異能を持つ遺物が、ウェンフィルバーナの放った空気の矢をかき消した。
「やめとけよ、エルフ」
「……なるほど、あのトカゲ女を殺しただけはあるね」
じり。
空気がひりつく。
「……なあ、頼むよ。ウェンフィルバーナ。そういうのはナシにしないか」
唐突な奇襲に対し、遠山は静かに諫める。
「ふふ、……残念だよ、トオヤマ。キミがもし何も知らない哀れなワタリであれば放っておくつもりだったけど。キミはどうやら思ったよりも厄介そうだ。ごめんね、今は私がここに居たことを誰にも知られたくないんだ」
風が逆巻きに吹き始める。
空に浮かぶ雲が嫌に早く流れた。
ここにきてから、俺殺されそうになる事が多いなあ。さすが異世界ファンタジー。
「……俺はコメディファンタジーも好きだけどよ、ダークファンタジーも行けるクチなんだ」
「………何が言いたいのかな?」
遠山が右手を掲げる。
ずぶり、ずぶり。
肘の辺り、肉を割りながら、身体の内側に収納されていた遺物が現れる。
未登録遺物、キリヤイバ。
欠けた刀身、ボロボロの持ち手。遠山鳴人の切り札。
肉から割れでたそれを遠山が握る。
欠けた刀身が、エルフへと向けられた。
「こういうのも得意って事だ、コメディを楽しむためには時に血を流す必要もある」
「……面白い。面白いよ、トオヤマ。残念でならない。どうしてキミと出会ったのが今日で、この場所なのかな。どれか1つが違えていれば、私はきっとキミと友になれただろう」
ウェンフィルバーナの長い銀色の髪、一つ編み髪が風になびく。
「その殺気、そしてその副葬品。なるほど、たしかにキミならば竜ですら殺し得るだろう」
ウェンフィルバーナが静かに告げる。遠山は自らの命を狙って来た女に向けて刀身を傾けた。
これは、まずい。
強い。
味山は対峙するエルフを見てそう感じた。
怪物種、それもとびきり強いヤツと対峙した時よりもさらに強い威圧感を思い出す。
殺しても殺しても殺せない、相手の生命に届かないような予感。一筋縄ではいかない。
出来れば戦いたくない。それが遠山の本音だ。
しかし遠山がウェンフィルバーナと戦いたくない理由はそれだけではなかった。
むしろーー
「……勿体ねえ」
「……何がだい?」
「勿体ねえよ、ウェンフィルバーナ。ここでアンタと俺が殺し合ったらよ、この世界から貴重な耳長美人が1人消えちまう。それが、勿体ねえ」
「はい?」
キョトンと、ウェンフィルバーナがその形の良い目をわかりやすく丸くした。
逆巻きに吹いていた風が止む。
そんなウェンフィルバーナを尻目に遠山はさらに深刻な声ヒートアップしながら続けた。
「そうだ、そうだよ!! いやだぜ!俺ぁ! アンタみたいなエルフ娘を始末するのは!! 憧れだったんだ、深い森で永い時を過ごす秘密とロマンに溢れた種族!! 閉鎖的で選民意識は高いがそれはたしかな誇りと能力の高さゆえ! いや、エルフだぞ! ホンモノの! えー、いやだ、殺したくねえ!」
遠山が嘆く。ここに来てから1番の早口で言葉を紡いだ。
「あー…… キミ、エルフが疎ましくないのか? 人間族がーー ああ、そうか、キミはワタリだったね。……そして、風はーー ああ、嘘じゃないんだ。本気で言っているのか……」
「疎ましいわけねーだろーが!! むしろサインか記念写真欲しいわ! あ!! あの鎧野郎に端末さえ壊されてなかったらよ!」
クソ! あの鎧野郎、本当に生きてんならもう1度殺してやる。
遠山が殺した相手に再び強い殺意を抱いた、その時。
「フ、フフフ、アハハハハハ!! トオヤマ、キミは、バカだな。本当に私がエルフだからという理由で殺したくないとのたまうのかい?」
「あ? それだけじゃねー。アンタは成り行きとはいえ出口を教えてくれた。そして腹を空かせていた俺に菓子をくれた。このキリヤイバもアンタが俺にカロリーを恵んだから再発動できてるようなもんだ」
遠山が笑うウェンフィルバーナに真顔で返す。しかし、キリヤイバの刃先はピクリとも動かない。
「なあ、ウェンフィルバーナ。何か方法はないか? 俺たちが殺し合わなくて良い方法が」
「フフ、私がなぜキミを殺そうとしたのかわかってるのかい?」
「俺は察しが良いのと頭が良いのが取り柄なんだ。アンタのセリフから察するに、アンタ、あの鎧野郎を狙ってたんだろ? ああ、だから今日、この場所でアンタと出会うのがまずかったんだ、つーことは少なくともあの鎧野郎はそれなりの立場にいるやつってことか」
「ふふ、天才と馬鹿はなんとやらだね。その通りさ、私が今日、ここに居たことを誰かにバレるのは非常にマズイんだ。私も、あのトカゲ女も少し名前が強すぎてね」
「誰にも言わねーから、見逃してくれとかダメか?」
キリヤイバをウェンフィルバーナに向けつつ遠山は懇願する。
「……ああ、どうしようか。今、私は久しぶりに…… そうだね、楽しいと思ってる。キミとのやりとりがね。そして同時に惜しいと感じているよ、キミをここで殺すのは惜しいな」
お、もしかしてスピーチチャレンジのチャンスか?
遠山は持ち前のゲーム脳的な判断を下す。
「なあ、ウェンフィルバーナ。ここがもし異世界ならなんか都合の良い方法あるんじゃねーの? 例えばほら、約束破ったら死ぬ呪いとか、契約とか」
「……キミ、核心をつくことを言うね。あるには、ある。キミを殺さずに済む方法が1つだけ」
マジか!! 言ってみるもんだ!
遠山はパチリとゆびを鳴らす。
「すげえ! さすが異世界ファンタジー!! どんな方法だ? 呪いか? 契約の書か?」
ウェンフィルバーナが肩をすくめる。
「記憶さ。トオヤマ。私の祝福の力で、キミの記憶から私の存在を消し飛ばす。今日、キミは私と出会ったことを完全に忘れるんだ」
ウェンフィルバーナがぼそりと呟く。辺りにまた風が吹き始める。
「だがこの方法はある意味、命のやり取りよりも危険だ。キミは私の祝福に身を委ねることになる、もし、それでも良いのならーー」
「よし、それでいこう。早速始めてくれ」
「……はは、キミ正気かい? ワタリのキミが祝福の事を知らないだろう? 方法やリスク、そして本当に私を信用出来るのか?」
「それしか殺し合わなくていい方法がねーんだろ? じゃあそうするしかねーだろ。まあ、記憶洗浄受けるのは初めてでもねーし、その程度のリスクでこの異世界ファンタジーからエルフを消さなくていいなら安いもんだ!」
「私がもしキミを労せず殺すために嘘をついているとしたらどうする? 記憶の消去などまっぴらな嘘でーー」
ウェンフィルバーナは、その先をいいよどむ。
パクパクと口を開き、驚愕の表情で目を見開いた。
声が出せない、その様子にウェンフィルバーナは驚いているようだ。
「射程距離だ、ウェンフィルバーナ」
欠けた剣が、ウェンフィルバーナに向けられていた。
「既に、キリヤイバはお前を包んでいる。勘違いするなよ、エルフ。お前だけが俺の生命を握ってるんじゃない。俺たちは互いにもう、相手の生命を奪える立場にいるんだ」
トオヤマがキリヤイバに命じて、ウェンフィルバーナの発声を許可する。
「ーーハハ。……恐ろしい男だ。本当に。トオヤマ。わかった、わかったよ、お互いの命の為に、キミの記憶を貰う」
「おう、持っていけ。ウェンフィルバーナ」
キリヤイバは戻さない。
ウェンフィルバーナの一挙手一投足を遠山は注意深く見つめる。
ウェンフィルバーナが一歩、二歩、後ずさる。
そして、ふわりと片手を挙げた。
「トオヤマ、目を覚ましたらギルドへ向かえ。キミのような男にこそ、あの場所は相応しい」
「ギルドって、もしかしなくても冒険者ギルドだよな。やべえ、マジテンション上がる。おう、わかった、約束するよ、ウェンフィルバーナ」
風が不可思議な吹き方を始める。
遠くの空に浮かぶ羊雲が一斉に砕け、渦のように遠山達の真上へと集まり始めた。
「ありがとう、トオヤマ。ひとまずはここでさよならだ」
「ああ、またな。ウェンフィルバーナ」
殺気は感じられない。キリヤイバも反応していない。
遠山は目を瞑る。
ウェンフィルバーナに向けて集まるように吹く風に探索衣がなびいた。
「風よ」
ウェンフィルバーナの綺麗な声がする。
それが聞こえた瞬間、遠山の意識は文字通り風に攫われるように消し飛んだ。
「わたし達の初めましてをやり直そう」
「冒険者になるといい。トオヤマ。キミの力はそこで活用されるべきだ」
「キミにまた会えるのを楽しみにしているよ」
風が一際強く吹いた。
次の瞬間には塔のバルコニーにいた2人の人影も綺麗さっぱり消えていた。
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