32.終戦

 グレイブという男を捕らえ、破壊した機人を回収してから進むことしばらく。

 前方に、谷を塞ぐようにしてそびえ立つ砦が見えた。

 デミノザ神教国の砦、ダービッシュ砦だ。

 砦の前には、厳つい全身鎧を着た者たちが待ち構えている。


「カイトよ。お前はあれをどう見る?」

「おそらくは、あれが『聖鎧』なのではないかと」

「そうね。私もそう思うわ」

「……やはりそうなるか。できれば、これ以上の戦いは避けたかったのだが」


 父様の言う通り、これ以上の戦いは避けて通りたい。

 でも、ダービッシュ砦を攻略しておかなければ、また攻め込む機会を与えてしまう。

 父様は悩んだ顔をしていたが、やがて、決心がついたようで全軍に命令をだす。


「敵、『聖鎧』部隊との戦闘態勢をとれ! 今度はあちらもアーマードギアと同等の装備を持っている! 十分に気をつけよ!」


 敵が、いままで無敵の性能を誇ってきたアーマードギアと同等の装備を持っていることを伝えても、味方は同じた様子はない。

 さらに、父様の号令に従い、騎士たちが陣形を変え、魚鱗と呼ばれる陣形を取る。

 これは、中央を突出させた形の陣形で、突撃力にすぐれる、そんな風に習った。

 敵は、単純に兵を横に並べているだけだし、一気に勝負を決めるつもりなのだろう。


 お互いに陣形が整ったところで、敵陣から豪奢な鎧に身を包んだ男が歩み出てきた。


「ふん、異教の猿どもがよくもここまで来たものだ! だが、まぐれで勝ち上がれるのもここまで。我らが『聖鎧』の力、とくと味わえ!」


 男の言葉が終わると同時に、敵から大量の矢が飛んでくる。

 対して、こちらは弓兵を連れてきていないため、反撃できない。

 だが、母様の魔法が発動すると、飛んできていた矢が弾かれ、傷を負ったものは誰ひとりとしていなかった。


「おのれ、こしゃくな野蛮人どもが! 全軍、突撃せよ!」


 どうやら、あちらは守るのではなく、攻撃を選択したらしい。

 横一列に並んだまま、こちらに向けて突撃してくる。


「む……守りを固めるものだとばかり思っていたが、突撃してくるか。よほど『聖鎧』とやらに自信があるのだな」

「父様、感心している場合ではありません」

「わかっている。総員、突撃せよ!」


 こちらが取った行動も突撃。

 ただ、デミノザ神教国軍と違うのは、こちらは魔導ブースターも使った突撃だということだ。


「なんだ!?」

「奴ら、異常に速いぞ!」

「側面に回り込まれないように注意しろ!」


 敵はこのスピードを見て、慌てふためいている。

 その隙を逃さず、イシュバーンとキースリーの騎士たちは、敵部隊へと強襲をかけた。

 金属同士がぶつかり合う、激しい音を立てながら、戦闘を開始した両軍。

 だが、その結果は、はっきりと分かれた。


「な……『聖鎧』の守りを貫いてくるだと!?」

「がぁ、いてぇいてぇよぅ」

「なぜだ!? 我らの『聖鎧』が、これほどまで簡単に破壊される!?」


 『聖鎧』とやらの守りを貫かれ、負傷するデミノザ神教国軍に対し、こちらの騎士たちはというと。


「いけるぞ! 我らの攻撃は十分に効いている!!」

「いけいけ! このままデミノザ神教国軍を返り討ちにするのだ!」

「恐れるな! アーマードギアを身につけていれば、敵の攻撃はさほど恐れるものではない!」


 アーマードギアの防御力は健在で、ダメージを負った様子はほとんどなかった。

 『聖鎧』というのは、ここまで弱いものだったのだろうか?


『勘違いするな、カイト=イシュバーン。『聖鎧』は決して弱いものではない』

『セイクリッドティアか?』


 頭の中にセイクリッドティアの声が響く。


『今回は、事前に我が力をアーマードギアに貸し与えていたのだ。それがなければ、『聖鎧』を破壊するのは厳しかったであろう』

『やっぱり、いままでの機人と似たような感じなのか?』

『左様。……まあ、防壁の強さも相当弱いが、時間はかかっていただろうな』

『それは助かったよ。ありがとう、セイクリッドティア』

『気にするな。……それよりも、戦線に動きがあるようだぞ』


 意識を戦線へと戻す。

 そこでは、デミノザ神教国軍が後退を始め、ダービッシュ砦へと逃げ帰っていっていた。


「父様、追撃はしないのですか?」

「とりあえずは、な。勿論、可能な限り、敵兵力は削らせてもらうが」


 父様の言葉通り、騎士たちが無理に追いかけることはなかった。

 だが、この場に踏みとどまって攻撃してくる敵に対しては、容赦なく攻撃して倒していった。


 やがて、敵の撤退が完了したのか、門が閉じられてしまう。

 さて、父様はここからどうやって戦況を動かすのだろう。


「カイトよ。聞きたいのだが、ライフミラージュで砦を攻めることは可能か?」

「ええと……」

『この砦であれば可能であるな。もっとも、ギリギリのラインではあるが』


 父様の質問に言い淀んでいると、セイクリッドティアからフォローされた。

 セイクリッドティアの言葉を父様に伝えると、父様はライフミラージュを召喚して、砦を攻撃し始める。

 父様は、ライフミラージュの巨体に見合った、ハンマーを作り出し、門を殴り始めたのだ。

 ものすごい音が響く中、門が一撃二撃と攻撃を受けるごとに大きくひしゃげていく。

 敵も、魔法や弓で対抗してくるが、ライフミラージュには通用しない。

 十数発殴り終えたときには、砦の門は完全に破壊され砦の内部を制圧すべく、騎士たちがなだれ込んでいく。

 そして、十分ほどで、敵大将が降伏を宣言、この戦いも無事に勝利を収めることができた。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「ええい、なぜ我らが神軍が負ける!? 一体なにが起きたというのだ!!」

「落ち着いてください教皇猊下。まずは、状況を確認いたしませんと……」


 デミノザ神教国首都、神都デミノザ。

 そこでは、非常に豪華な僧衣を身にまとった男を中心に、会議が開かれていた。

 ……もっとも、教皇と呼ばれた男が一方的にまくし立てているだけであったが。


「なにを寝ぼけたことを言っている!? 現に、ダービッシュ砦は攻め落とされ、我らが『機人』も六機破壊されたと聞く! しかも、そのうち一体は最新鋭機のナイトフォーミュラーだと言うではないか!! これが落ち着いていられる事態か!?」

「はっ、申し訳ございません。ですが、ダービッシュ砦を攻め落としたあと、敵陣に動きはありません。これ以上、侵攻してくる意思はないのでしょう」

「それがどうした!? 新たな迎撃部隊も送ったのであろう!? そちらはどうなっている!!」

「……そちらですが、敵防衛部隊に返り討ちにあったとのことです。その際、ラファードⅡ型を二機失った、とのことです」

「おのれ……。異教徒ごときが調子に乗りおって! すぐに次の『聖戦』の準備にかかれ!」


 迎撃部隊が壊滅したことをしり、さらに激昂する教皇。

 だが、そのような様を見せる教皇を止める男がいた。


「お言葉ですが、教皇猊下。すぐさま『聖戦』を行うことは難しいかと」

「なぜだ! 理由はあるのだろうな、アルナード!」


 アルナードと呼ばれた男は、立ち上がり、説明を続ける。


「まずは、糧秣の問題です。今の季節は冬。収穫を終えた麦は備蓄されていますが、今後のことを考えますと、これ以上の消耗は避けたいところです」

「うむむ……。それだけが理由か?」

「いえ、まだあります。次に、敵にも我らが『聖鎧』や『機人』に似た装備があるということです。これは、帰還した多くの兵士が証言しております。それを考えれば、いままでの『聖戦』のように一方的な蹂躙とはいきません。これは、先の『聖戦』部隊、および迎撃部隊の壊滅から明らかです」

「ぐぬぬ……。それならば、滅ぼすにはどうすればよい!」


 この期に及んでも、なおイシュバーンを攻め滅ぼそうとする教皇。

 だが、その声に賛同するものは、誰ひとりとしていなかった。


「教皇猊下。この場は、イシュバーンおよびゼファー王国と休戦、講和条約を結び、時間をかけて軍部を強化するべきかと」

「ぐっ……。それしか方法はないのか?」

「恐れながら、いまの戦力では難しいかと。グレイブ将軍のグレイブランサーも破壊されたと聞きます。そのような相手に、これ以上の戦いを挑むのは無謀というものでしょう」


 会議のほかの参加者からも戦争継続を止められ、教皇はようやく語気を弱めた。


「それで、休戦はどうするのだ? まさか、こちらから和睦を申し入れるのではあるまいな?」

「和睦の申し入れでしたら、すでにイシュバーンから届いております。条件等については、こちらをご覧ください」

「……まさか、この条件を呑むわけではあるまいな!?」

「……今回の『聖戦』について考えれば妥当な要求かと」


 教皇に差し出された紙にはいくつかの条件が書いてあった。

 ダービッシュ砦の放棄、戦時賠償の支払い、捕虜の受け渡し条件などといった内容だ。

 だが、プライドの高い教皇としては、これを受け入れることは到底できなかった。


「……ふざけた要求を……! もうよい! この儂が直接出向く! 異教の蛮族どもごときになめられたままでたまるものか!」

「お待ちください、教皇猊下。猊下ご自身が出向き、なにかあった場合、デミノザ教はどうするのです?」

「あぁ……うむ、それは……」

「今回はこの要求を呑み、力を蓄えるべきです」

「そうです。それに敵の捕虜の中には、グレイブ将軍も含まれます。彼の将軍であれば、二度も後れを取ることはありますまい」


 会議の参加者たちも口々に戦争休止を口にする。

 その発言を受け、教皇も力なく答えた。


「わかった。今回はこの要求を受け入れよう。しかし、今回の『聖戦』で失ったものは大きい! この『聖戦』を申し出た者は即刻始末せよ! よいな!!」


 それだけ告げると、教皇は会議場を出ていった。

 残された面々の間には、安堵の表情が浮かぶ。


「なんとか、会議を乗り切れたな」

「まったく、最近の教皇猊下は短慮でたまらん」

「昔は、思慮深く、お慕いできる人柄であったのだがなぁ……」


 口をついて出るのは、教皇に対する不満。

 ここ数年は、『聖戦』による、出兵のために軍事費が増大していることも、不満の一因か。


「……ここで不満を述べていても、なにも変わるまい。それよりも、まずはイシュバーンとの講和だ」

「それもそうですな。アルナード枢機卿、今回の件、卿にお任せしても?」

「構わん。……ただ、今回の聖戦を申し立てた人物……ブエノス、だったか。彼の者の始末は任せた」

「よいでしょう。彼の者には神罰が下るでしょうな」


 アルナードは今後の手配のために席を立つ。

 後ろでは、いまだに、くだらない話が続いていた。


(神罰か、下らんな。人間の横暴に力を貸す神に、どれほどの価値があるというのか)


 自分が崇める神の意志に疑問を抱きながらも、アルナードは歩を止めない。

 今回の講和が上手くいかなければ、国が傾く恐れもあるのだから。


「しかし、『聖鎧』や『機人』に匹敵する装備を持った国、あるいは地方か。よもや、そちらにも神がついているのではなかろうな」


 追い詰められた現状を考えながら、アルナードは教会内を歩く。

 まずは、目の前の問題を解決するために。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 ダービッシュ砦の戦闘から、早三ヶ月が過ぎた。

 デミノザ神教国との講和条約も無事に締結され、捕虜の引き渡しなども済んだ。

 ダービッシュ砦はイシュバーンの物となり、フラウネッツ砦の再建も順調に進んでいる。

 賠償金も受け取ったようで、キースリー公爵様と分配したとのこと。

 今回の戦争に関しては、これで終わりである。


 なお、なぜ僕たちがダービッシュ砦から先に進軍しなかったかというと、ダービッシュ砦より先に進もうとすると、機装が動かなくなったためだ。

 セイクリッドティアいわく、機装は神を倒す以外で人間を相手取る場合、防衛のためにしか使うことを許されておらず、使用できる限界がダービッシュ砦の攻防戦であったとのこと。

 理由を聞いた父様は納得し、ダービッシュ砦で防衛にあたることとなった。

 その頃には、キースリー公爵様から送られてきた増援部隊も到着しており、砦の防備は万全となった。

 デミノザ神教国軍も、一度せめて来ただけでそれ以降は襲いかかってくることもなく、休戦と講和条約の締結が行われたらしい。


 僕も機装を扱う関係上、ダービッシュ砦で過ごしていたが、それも今日で最後らしい。

 父様たちが引き上げるのと一緒に、イシュバーンへと帰るのだ。

 母様は、父様不在のイシュバーンを守るため、ダービッシュ砦を落としたあと、すぐさまイシュバーンに帰っていたし、イシュバーンの安全が確認されたあとは、ミーナやエアリス、ケイン先生もイシュバーンに戻っているそうだ。


「どうした、カイト。イシュバーンが恋しくなったか?」

「はい。もう何カ月も帰っていませんからね。久しぶりに、イシュバーンでのんびりしたいです」

「そうか。まあ、二週間程度なら問題ないだろう」


 二週間程度?

 一体どういう意味だろう?


「キースリー公爵とも話し合ったのだが、これ以上、機装の力を国に隠し続けることが難しくなった。済まないが、ゼファー王国の王城へと登城し、国王陛下に報告しなければならない」


 どうやら、今回の戦争で派手に機装を使い倒した結果、国に報告する必要が出てきたらしい。

 頭が痛い話ではあるけど、決まってしまったものはどうしようもない。

 とりあえずいまは、イシュバーンに平和が戻ってきたことを祝っておこう。

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神滅剣セイクリッドティア ~神を討つ刃~ あきさけ @akisake

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