31.追撃戦

 僕たちの勝利が確定してしばらく、領都から辺境伯騎士団の面々がやってきた。

 その先頭にいるのは、やはり父様だ。


「戻ってきたのか、カイト。……よくぞ戻って敵を掃討してくれたと褒めるべきか、命を破って戻ってきたことを咎めるべきか。どちらを選べばいいのだろうな?」

「あら、そんなの両方を選べばいいのですよ。もっとも、いまではなく、混乱が収まってからですが」


 母様が姿を現し、父様に語りかける。

 父様は、少し驚いた様子で返答してきた。


「マイラ、お前も戻ってきたのか」

「ええ。カイトのライフミラージュには、魔術士が乗り込むスペースがあるらしいので、私も同行いたしました」

「なるほど。あの多彩な魔法はマイラのものだったのか。納得がいったぞ」

「光栄ですわ。……さて、そろそろ、本題に入りましょう」

「そうだな。逃げ出した敵を追いかけるには、可能な限り早く行動したほうがいい」


 父様も母様も、逃げ出した敵に追撃をかけることは確定事項らしい。

 その際の、部隊編成について話し合っている。

 捕虜にした敵兵士の話によれば、逃げ出した敵数は三千人ほどらしい。

 今回の『聖戦』における先遣隊……つまりは、今回戦った部隊は全部で五千人ほどいたそうだ。


 そのうち、討ち取られた騎士や兵士が千五百名ほど、捕虜になっているのが五百人ほど。

 残りの三千は混乱の隙を突いて、フラウネッツ砦のほうへと逃げ出したらしい。

 逃げ出した者たちの中には、今回の『聖戦』を指揮している将軍もいたそうだ。


「……ふむ、キースリー公爵様から借り受けた六十名のアーマードギア部隊だけでそれだけの戦果を上げることができたのか」

「そのようですわね。私も遠目に見ていただけでしたが、相手が可哀想になるほどの一方的な蹂躙でしたわ」

「キースリー軍の代表はどなたかな?」

「私ですよ、ファスト伯」


 ゼノス将軍が兜を外して一歩前に出る。

 その姿を見て、父様は相好を崩した。


「おお、ゼノス殿か。そなたがきてくれていたとは驚きだ」

「キースリー軍の上位六十名を引き連れてきましたからね。わずか半日で到達できる機動力といい、相手の刃も魔法も一切受け付けないこの鎧といい、規格外な装備ですな」

「うむ。なんといっても、神様から直接授かった神器らしいのでな。……我が領内でも、限られた者たちしか知らないことではあったのだが」


 うん、イシュバーンでも秘密にしていた装備をキースリーでは椀飯振舞したからね。

 ここまで派手に拡散してしまっては、もう秘密にしておくことはできないだろう。


「父様、追撃をかけるのでしたら、イシュバーン兵にもアーマードギアを装備させ、追撃を行うべきかと」

「そうだな。ここまで派手にやってしまっては、隠しようがない。すぐさま部隊を編成させよう。アーマードギアは、あと何領用意できる?」

「全部で三百あまりですので、二百四十ほどです。それ以上は、コストの消費が発生してしまいますので、避けたいところです」

「そうか……。そういえば、ライフミラージュだが、カイトの乗っていたもの以外にも用意してあったよな?」

「はい。二台目のライフミラージュを用意してあります」

「わかった。そちらには私が乗って戦おう。詳しい話は、またあとでするとしよう。それでは、カイトもゆっくり休め」


 ライフミラージュに乗れることが決まった父様は、どこか楽しそうに騎士団の元に戻っていった。

 それを追いかけて母様も、騎士団と合流する。

 母様のことだから、マイトが裏切った件もしっかり伝えてくれるだろう。


「カイト様、最後の大物相手、お疲れ様でした」


 こちらに残っていたゼノス将軍が僕のほうを向き、頭を下げてきた。


「頭をお上げください、ゼノス将軍。最後の『機人』、とやらを倒せたのは、地上部分を制圧してくれていた、ゼノス将軍旗下の騎士たちが頑張ってくれたおかげですよ」

「そう謙遜なさらなくても結構ですよ。あなたの実力は今回の戦でしっかりと見届けさせてもらいました。まさか、十歳にもなっていない子供がここまでできるとは、部下も含めて誰も思っていませんでしたよ。それに、これだけの激戦を繰り広げても平然としていられるだけの胆力もお持ちのようだ」

「……そこについては、鈍いだけのような気もしますが……ありがとうございます」

「それで、我々キースリー騎士団ですが、このままカイト様とともに行動させていただけますでしょうか?」


 これだけの戦力が、一緒に来てくれるなら願ったり叶ったりだ。

 でも、そんなことをしても大丈夫なのかな?


「ああ、指揮系統や同行すること自体は問題ありません。キースリー公爵様からは、イシュバーン辺境伯領よりデミノザ神教国軍を排除するように命令を受けてますので。このまま、ともに行動させていただいたほうが、都合がいいのですよ」

「そういうことでしたら、よろしくお願いします。おそらく、イシュバーン辺境伯騎士団だけでは手が足りませんので……」

「でしょうな。……さて、あちらも、準備はできたようですな」


 父様たちのほうを確認すると、父様と母様が選ばれた騎士たちとともにこちらに歩いてきていた。

 父様が、裏切る恐れのない、腕の立つ者たちを選んで連れてきたらしい。

 全員が円環の理を装備していたので、早速、アーマードギアを召喚して各自に渡していく。

 アーマードギアの基本的な使い方は、最初に装備したとき、頭の中に直接叩きこまれるから問題ないだろう。


「……さて、まずは捕虜だが、居残り組の騎士団員に伝えて閉じ込めておく予定だ。勿論、兵士や騎士の中にデミノザ教の者が紛れ込んでいないか、十分に確認してからな」

「それが妥当よね。それで、私たちはどうするの?」

「カイトよ、旅立ちの轍は何台使える?」


 旅立ちの轍の台数か、今は確か……。


「ええと……三台ですね。父様も母様も動かせますし、ちょうどいいでしょう」

「そうだな。それから、追加で人員を運べる箱のような物も用意できるようだが」

「トレーラーですね。そちらも用意できます。トレーラーひとつにつき五十名まで追加で輸送できますよ」

「……となると、全部で百八十名ほどしか移送できないのか。せっかく二百名以上の騎士にアーマードギアを与えられたのだが……」

「あなた、追撃も大事ですが守備も大事ですよ。残りの騎士たちには、領都を守っていてもらいましょう。別働隊がいないとも限らないのですから」

「……それもそうだな。では、先程編成したグループに分かれて行動を開始してくれ」

「「「はっ!!」」」


 父様の指示の元、騎士たちが動き出す。

 追撃戦に加わる騎士たちはこの場に残り、居残りの騎士たちは、すぐに領都へと引き返していった。

 そして、追撃戦に参加する僕たちは、開けた場所に移動して三台の旅立ちの轍を召喚する。

 勿論、オプションであるトレーラーも一緒にだ。

 事前に決めていたのだろうか、僕の旅立ちの轍にはキースリー騎士団が乗り込み、父様と母様の旅立ちの轍には辺境伯騎士団が乗り込んだ。

 編成について文句をいう時間はもったいないため、そのまま、旅立ちの轍を出発させる。

 父様と母様も後に続いており、なかなか、圧力のある様相となっていた。


 あまり木々も生えていない平地をしばらく進むと、岩山に挟まれた道が姿を現す。

 ここが、フラウネッツ砦への一本道だ。

 敗残兵の姿をここまで確認出来なかったということは、もうすでに砦まで逃げ帰っている可能性もある。

 僕たちは全力で、フラウネッツ砦へと向かうことになった。


「……あれがフラウネッツ砦か。激戦を繰り広げたのがよくわかるな」


 父様のつぶやきが聞こえる。

 目の前にあるフラウネッツ砦は完全にガレキの山と化していた。

 これでは、フラウネッツ砦に詰めていた第三騎士団たちは絶望的だろう。


「……ここまでも敵の姿はなかった。おそらく、本国側まで逃げ帰っているのであろう」

「ですが、僕たちは旅立ちの轍で移動しているのですよ? 少しなりとも、追いつけると思うのですが」

「こういうときに便利な、長距離高速移動のための魔法もあるのですよ。おそらく、それらの使い手が、部隊全体の移動速度を増していたのでしょうね」

「ああ、だが、旅立ちの轍の速度には敵うまい。さあ、もう一踏ん張りだ。先に進むぞ!」


 旅立ちの轍は、ガレキの山となったフラウネッツ砦を悠々乗り越え、さらに先を目指して進んでいく。

 すると、遂に撤退する敵兵士の姿を捉えることができた。


 僕たちは、三手に分かれて、敵の行く手を塞ぐように旅立ちの轍を停車させる。

 そして、旅立ちの轍に乗っていた騎士たちが降りてきて、包囲網を形成する。


「さあ、捕まえたぞ、狂信者ども! 大人しく抵抗をやめるのであれば、命は保証しよう。どうする?」


 父様の質問に対して、飛んできたのは炎の下級魔法。

 どうやら命乞いをするつもりもないらしい。


「……そういうことであるならば、仕方がないな。総員、かかれ!」


 父様の号令の元、騎士たちが進軍を開始した。

 包囲網をじわりじわりと詰めていき、魔法や直接攻撃で、ひとり、またひとりと討ち取っていく。

 相手も反撃しては来るが……アーマードギアにはまったく通用していなかった。


「おのれ、邪教徒どもめ! 『聖鎧』があればお前らごときに引けを取らないというのに……」

「『聖鎧』とやらがなにかは知らんが、今はないのだろう? ならば諦めて死ね」


 イシュバーンおよびキースリーの騎士たちによって、大量にいたデミノザ神教国軍も残すところわずかとなった。

 最後の総仕上げを行う寸前、突然の爆発が、旅立ちの轍で起こった。


「おお! 我らが機人が助けに来てくださったぞ!! これで邪教徒どもを葬り去ることができる!!」


 ……どうやら、敵の増援として機人がやってきたようだ。

 まだまだ、距離はあるが、遠目に見える機人数は四。

 父様と僕で出撃しても、ひとり二台を相手にしなくちゃいけない。

 決して楽な戦いとはいえないけど……父様は嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。


「カイトよ、あれはアーマードギアでは相手にできんよな?」

「はい。ライフミラージュを使う必要があります」

「よしわかった。コール、ライフミラージュ、ナンバーツー!」


 父様は嬉々としてライフミラージュを召喚する。

 僕のライフミラージュが蒼と白で塗装されているのに対し、父様のライフミラージュは、夜の闇を思わせる漆黒だ。

 父様は早速、ソードとシールドを生み出し、敵機人に襲いかかろうとしていた。

 だだ、そんな父様に、待ったがかかる。


『落ち着け人の子よ。お前たちだけでは、あれは倒せぬ』


 いつの間にか召喚されていたセイクリッドティアが、父様の行く手を遮った。

 父様も、いきなり顕れた大剣に驚き、動きを止めている。


「僕もすぐに出陣しないとダメだな。ゼノス将軍、あとのことはお任せします!」

「わかりました。カイト様も存分に戦ってください!」


 現場の指揮をゼノス将軍に引き継ぎ、僕もライフミラージュを召喚する。


「コール、ライフミラージュ、ナンバーワン」


 僕の召喚に応じて出現したライフミラージュだったが、先程の戦いの傷跡がまだ残っている状態だった。

 でも、緊急事態である以上、申し訳ないけど、この状態で頑張るしかない。


「さあ、いきますよ、カイト」

「……母様も来るのですね」

「当然です。さあ、戦いを始めましょう」


 僕と母様がライフミラージュに乗り込み、その身を起こした。

 そして、今度は始めからセイクリッドティアを武器として構える。


「カイト、その武器はなんなのだ? 先程は喋ったようだが……」

「この剣は『滅神セイクリッドティア』です。なんでも、神の加護を受けた機人を破壊するには、セイクリッドティアの力が必須みたいで……」

「な……それでは、私が戦えないではないか! お前ひとりで四台相手はきつかろう!」


 さて、困った。

 確かに、四台相手にするのは分が悪いなんて物じゃない。

 でも、いまも砲撃は続いているし、のんびりしていられない。

 そんなところに助け船を出してくれたのは、セイクリッドティア自身であった。


『そんなことで悩んでいたのか。必要であれば、我が力の一部をほかのライフミラージュに渡す事は可能だぞ。……私の劣化品になるため、神の障壁を一撃で破壊できるかは、乗り手の腕次第だがな』

「本当か、セイクリッドティア」

『無論だ。試しに、そこの二番機に力を貸してやろう」


 セイクリッドティアがそう言い放つと、父様のライフミラージュが持っていた装備が光り輝き始め、青い光で覆われる武器になった。


『あの程度の防壁であれば、その剣でも十分に対処できるであろう。まあ、試してみることだ』

「ありがとうございます、セイクリッドティア殿。さあ、我が領内を荒らす不届き者ども! この私が引導を渡してくれる!」


 攻撃手段を手に入れた父様は、魔導ブースター全開で飛び込み、その勢いそのままに、敵機人の一台を葬り去った。

 そして、返す刀で、手近にいた別の機人も切り裂く……ように思えたのだが、光の壁に阻まれた。

 だが、父様はひるむことなく、すぐに追い打ちをかけ、今度は光の壁を貫通、二台目の機人を打ち倒した。


『カイトよ。見ているだけでいいのか?』


 セイクリッドティアの言葉で我に返る。

 敵の注目は父様だけに集中しているし、いまなら僕でも倒せるだろう。

 覚悟を決めた僕は、父様と同じように、ブースターで間合いを詰めて、敵機人を切り裂いた。

 どうやら、この機人は、長距離戦に主体をおかれ、接近戦はほぼできないらしい。

 続けて二台目を……と思ったが、すでに父様に破壊されていた。


「おおこれは胸が高鳴るな! まさか、このような巨大な鎧に乗って戦うことができるとは!」


 父様はいつにも増して上機嫌だった。

 だが、そこに、新たな攻撃が飛んできた。


「むっ」

「おっと」


 僕も父様も事前に把握していたため、余裕を持って躱せたが、着弾した塊は大きな音を立てて爆発した。

 もし直撃していたら、無事では済まなかったであろう。


『ほう、いまのを躱すか。ゼファーに機人まがいが現れたっていうのは本当らしいな」』

「何者だ!」

『俺は神殿騎士団第三部隊隊長グレイブ。悪いが、お前たちにはここで死んでもらう!!』


 丘の上に現れたのは、いままでの機人に比べれば、遥かに豪華で洗練されたフォルムの機人。

 全身が白く塗装されており、右腕にはランス、左腕には巨大な盾が握られている。

 そして、背中には、先程の爆発を起こした塊を射出するためものと思われるの装備が備え付けられていた。


 僕たちに宣戦布告してきたグレイブは、丘の上から僕たちに向けて駆け下りてくる。

 おそらく全速力で走ってきているのだろうが、ブースターが使える僕たちに比べると大分遅い。

 最初の砲撃を連射されたほうが、よっぽど厄介だった。


「カイトよ、あの男、私が引き受ける!」

「わかりました。ご武運を」

「応!」


 父様は、ブースターでの高速移動が気に入ったのか、再度ブースター全開でつっこんでいく。

 さすがに、グレイブと名乗った男は馬鹿ではなく、突撃を回避することに成功した。

 だが、父様は、ただ突撃しただけではなかったようだ。

 グレイブが回避した方向に剣を突き出し、引っかけるようにして引き摺り始めた。


『なっ!! このっ!』


 グレイブはなんとか抜け出そうとするが、父様のライフミラージュの勢いが収まらないので、そのまま引き摺られ続ける。

 ようやく止まったかと思えば、それまで引き摺られていた勢いそのままに、転がされていた。

 そして、そんな隙を逃す父様ではなかった。

 何回か光の防壁に邪魔されたが、相手のメインウェポンを持つ右腕と、左足を破壊することに成功。また、搭乗者には影響がなさそうな頭部も破壊して、さらに、背中にあった装備品も破壊してしまっていた。

 ……はっきり言って、父様の圧勝である。


「さて、大人しく投降するのであれば命までは取らん。どうする?」

『くっ……わかった、投降する」


 グレイブとやらの宣戦布告から、わずか数十秒。

 父様の圧勝でこの戦いは幕を閉じた。


 やっぱり父様は本当にお強い。

 いつか、その背中を追い越してみせるのだけどね!



////



~あとがきのあとがき~



今度は7000文字近くだよ!

でも、戦闘描写だし仕方が(ry


なお、敵機人ですが、以下のような特徴を持っています


途中で出てきた奴:


ベスパイナⅠ型グラン

砲撃型機人。

機人としては小柄で8メートル程度の体高しかない。

砲撃型というだけあり、遠距離戦は得意だが、近距離戦には滅法弱い。

かなり初期型の機人であり神の加護もかなり弱い


グレイブが乗ってた奴:


ナイトフォーミュラーⅢ号機グレイブランサー

ナイトフォーミュラーという指揮官用機体のグレイブ専用カスタマイズ機。

ファストにまったくいいところなしで負けたが、もし、カイトが戦うことになっていた場合、かなりの苦戦が予想された。

出力、スピード、防御力。

どれをとっても、現時点でデミノザ神教国軍でもトップクラスを誇る機体。

それがあっさり負けるあたり、機装と機人の性能差は激しい。


あと、本文中でカイトが機人を『台』で数えていますが、『機』という概念がないためです。

なので、機人も機装も基本的には『台』を単位としてカウントしています。

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