第2話 頼れる俺の


「ほら! あの子あの子よね! 御命みこと! ねっ!」


「フェアリーミィスの乃亜のあちゃんな」


「よね! よね! なんか見たことあるなぁって思ったのよ! こんな可愛い子の知り合いなんていたかしらって疑問には思ってたけどまさかテレビの中の人とはねぇ〜」


 フェアリーミィス。


 今や若い世代から老人世代までよっぽどメディアに疎い人を除けば誰でも知っている絶大な人気を誇る5人組のアイドルグループ。

 その中でも不動の人気を集めるセンター、夢見乃亜ちゃんは今や俺らの憧れの女の子になっていた。

 彼女の美貌と美声にやられた男どものは数知れず。ドラマや映画、CMからファッションモデルまでその姿を見ない日はないと言っていいほど。噂では東京で開かれたCD購入者限定の握手会は6時間待ち。ライブチケットなんてものは即完売は当たり前であまり褒められたことではないが、転売屋から流れたチケットが目玉が飛び出る程の金額がついたなんて話も聞いたことがある。


「いや……まぁ……すっげぇ可愛い……」


 小さな顔に長い睫毛と大きな目。小さく筋の通った高い鼻、桜の蕾のように小さく今にもキスしたくなるような唇、ガラスのように滑らかな白い肌は雪よりも白く、神々しささえ感じる。下品さを微塵も思わせない栗色の髪はふわふわと肩あたりで巻かれ、いい匂いがすることは確定的。メディアに引っ張りだこの理由も頷ける。

 初めて見る芸能人、それも今をときめく超絶アイドルとなれば俺も男の子だ。同じ日本人とは思えない常人離れした美しさに目を離せずにいたが、不意に我に返ってどう接していいか分からず思わず目を逸らしてしまう。


「ゆ、夢見乃亜です……」


 おまけにさっきのマッチョの重低音ボイスとは程遠い脳が蕩けそうになるほどの甘い声。自然と頬の筋肉が緩み、だらしない笑みを浮かべてしまっているのが見ずともわかってしまう。

 いかんいかん、理性を保て俺。

 いつものクールでなんでもそつなくこなすイケメンみこちゃんに戻るんだ。

 ペシペシと緩んだ頬筋に喝を入れ、再び乃亜ちゃんに向き直りふと思う。


「……てことはあの角刈りマッチョは……」


「……わたしです」


 今にも泣き出しそうな声で彼女は言った。

 微笑ましそうな物を見るような目で俺らのやり取りを見ていた婆ちゃんが事の経緯を端的に説明してくれた。

 その内容はこうだ。


 乃亜ちゃんはある日突然、ある一定の心拍数を超えるとマッチョに変身してしまう呪われた身体になってしまった。


 その呪いを解くために忙しい中、無理やり病気療養のためと極秘の長期休みを取り、各地の除霊師の元を訪ねていた。


 憑かれた悪霊がとんでもない力を持っていたため他の除霊師たちは惨敗。

 とうとう最期の砦として名の上がった婆ちゃんを紹介されて今に至るわけらしい。


 心拍数が一定数を超えたらマッチョ化。心拍数が上がる要因は今回のような緊張から怒り、悲しみ、興奮など様々。

 この状態でアイドルや女優業をすることなど無謀にも程がある。最悪、ライブ中にテンションが上がったばかりに大観衆の前でマッチョ化なんてことも。それは彼女にとってもショックなことだが、乃亜ちゃんに憧れを抱きサイリウムを振る男たちが目撃してしまえば泡を吹き卒倒するのは間違いない。実はあの万人に1人の美少女、夢見乃亜ちゃんの正体はマッチョのおっさんでしたなんて悪夢は誰だって見たくはないだろう。


「話はわかったけどさ、除霊方法は見つかったわけ? 他の除霊師は軒並みダメだったんだろ? それに俺がこうして呼ばれたわけだって……まぁ、生乃亜ちゃんを見れたのはすっげぇ嬉しいけど」


「う〜ん……あるにはあるんだけどねぇ」


 婆ちゃんにしては珍しく困ったように眉根を寄せて言葉を濁した。


「あ、あるんですか? 私、元の身体に戻れるんですか?」


「ある、あるから安心してね乃亜ちゃん。さて、それで乃亜ちゃんはどのぐらいまでならここにいれるんかね?」


 優しく心強い声で婆ちゃんは乃亜ちゃんを宥め、ニッコリと微笑んだ。

 知っている。婆ちゃんは本当に凄い人だってのを俺は誰より近くで見た来たつもりだ。

 実の息子でありながら霊能力はからっきしの親父に変わって婆ちゃんの素質をより濃く受け継いだ俺は優しく、カッコよく人々を救う婆ちゃんの姿に憧れていた。悪霊がいかに危険なものかを大して知るわけでもなく内緒で除霊の真似事をするばかりか、返り討ちに遭い死の淵を彷徨いかけた子供の俺を救ってくれた時も優しい笑顔で優しく心強い言葉をかけてくれたのだ。

 だから、あの時と同じ顔、同じ声色をした婆ちゃんがそう言うのだから今回も絶対大丈夫、間違いないのだ。

 ただ気がかりなのはそのまえの見たことのない表情だった。


「夏休みが終わるくらいまでは」


「夏休みが終わるって言うとあと1ヶ月ぐらいだな。婆ちゃん、大丈夫?」


 俺がそう尋ねると婆ちゃんは静かにお茶を啜り、なんとも困りきった顔で首を振った。


「あんまり。時間が足らないかもね」


「足りない? 1ヶ月もあるのに?」


「憑かれた悪霊が悪かったからね。場合によっては1年かかっても……」


「1年!? 婆ちゃんほどの力を持っていてもそんな長丁場の除霊になるのか?」


「……わかりました。わたし、休みます……1年」


「いやいや、そんなの乃亜ちゃんが良くても乃亜ちゃんの事務所が許してくれるはずないだろ!」


「そうよ、乃亜ちゃんにだって大事な時期なのよ? これから芸能界でやってくためには売れてる時だからこそ油断しちゃーー」


「ーーニワカが芸能界語ってんじゃねぇよ! 母ちゃんは芸能人だったわけでもなんでもねーだろ!」


「あら、芸能人でなくてもお母さんだって若い頃はそれはまぁ美人さんでーー」



「わたしは一刻も早く元の身体に戻りたいんです!!」



 乃亜ちゃんの悲痛な叫びが室内に響き渡った。

 可愛らしい女の子の絶叫に嘘のように室内は静まり返り、あのおしゃべりな母でさえも口を紡いだぐらいだ。

 そんな中でも変わらず響く婆ちゃんが茶を啜る音。よくこんな気まずい中で茶なんかが喉を通るものだと素直に感心する。


「だから言ったでしょ。って」


 意味深な微笑みを俺に向けて婆ちゃんははっきりとそう言った。








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ぷりてぃ☆マッチョ むむむろく @0613mao

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