ぷりてぃ☆マッチョ

むむむろく

第1話 マッチョは突然やってくる


「……漢の中の漢。だが、やけにしおらしいじゃねーか」


 太陽が燦々と降り注ぎ、新緑の木々の上、小鳥達は青空を見上げて歌う。

 高校生初めての夏休み。

 宿題もほったらかしに毎日毎日、友達と遊ぶ予定などあるわけもなく。ただ、なんとなく惰眠だみんを貪りダラダラと時間を浪費し続けていた俺を喧しく尻を叩きにやってきた親から逃げるように時折、手伝うようになった家の仕事。

 詳しくは覚えていないが、父型の実家に当たるこのは何でも室町時代ぐらいから存在する由緒あるお寺らしい。が、扱うものは呪いや心霊、除霊などと世間的に言えばかなり胡散臭いお寺。

 テレビや雑誌などに取り上げられたこともあり、全国から噂を聞きつけた人々がわざわざこんな片田舎に真っ青な顔をして曰くつきの物を押しつけるように置いていくようになった。おかげで境内の一角は首のもげた人形や顔にヒビの入ったフランス人形。呪われたとかなんとかいう骨董品で溢れかえっている。

 これがなかなか掃除をするのが大変で、少し動かせば壊れてしまうような奴らばかりだ。もし、こいつらがばかりじゃなければ俺も進んでこんな面倒くさい手伝いなんてしなかったと思う。

 とにかく、それは境内の掃除を終えてちょうど昼時。腹を空かせて寺のすぐ裏手にある我が家の玄関口に靴を蹴飛ばして居間の襖を開けた時のことである。


「悪霊憑きか? それともマッチョとはいえ夜な夜な続く心霊現象に耐えきれなくなってタマを失くしちまったのか?」


「あら、御命ミコト。あんた帰ったの?」


 襖を少しだけ開けて中をこそこそと覗き込んでいた俺に母ちゃんは持ち前の声のデカさを無神経にも発揮し、不満そうな口ぶりでそう言った。


「なんだよ? 帰ってきちゃ悪ぃ〜のかよ?」


「てっきりどっかに遊びに行ったもんだと思ってたからね。今日はお昼が楽できるわ、なぁ〜んて考えてただけ」


「俺がいなくたって婆ちゃんとミソギがいるだろ? いや、それよりも……」


 俺は再度、襖の隙間から居間を覗き込み、座布団の上にデカイ体を小さくさせて座るマッチョを確認する。


「なに、あれ。婆ちゃんの客?」


 聞くや否や、顔ちゃんは俺の頭を急須や湯呑み、煎餅などのお茶請けが乗ったお盆で俺の頭を軽く叩いた。


「アホ、言い方。お客さんでしょ。……なんでも東京から来た悪霊憑きの子らしくってね」


「はぁ、東京から。随分と都会からおいでなすったねぇ」


「ちょろっと聴いた話なんだけど、なんでもすんごい厄介な悪霊らしいのよ。それでお婆ちゃんが除霊法を探しに過去の文献を漁ってる間、あぁして待ってもらってるわけ」


「へぇ、そんなに。なに、閻魔大王でも憑いてんの?」


「アホ、閻魔様は悪霊なんかじゃないでしょ! それでもあんたは寺の息子なの?」


 再び、お盆が頭に振り落とされる。

 カチャンと茶器がぶつかる音がした。


「まぁ、とにかく今日のお昼はあのお客さんが帰ってからになるからあんたは二階でバカみたいな顔してゲームでも漫画でも好きにしてなさい」


「バカみてーな顔とは失礼だな。これでも学校じゃハンサムで通ってんだぜ?」


「ははは」


 無表情で乾いた笑いを浮かべる母ちゃん。


「あんたがハンサム? きっと目が腐ってるのよその子達は」


「実の息子にひでぇ言い草だな……まぁ、わかったよ。なんか適当にあのマッチョが帰るまで時間潰しとくわ」


「……マッチョ?」


 首を傾げる母ちゃんの隙をつき、お盆に乗っていた煎餅を一枚口に咥えたその時に、不意に背後から気配が近付いてくるのがわかった。


「なんら、そのハンサムちゃんにちょっとお仕事を手伝ってもらおうかね」


 高校生男子の平均身長を少しだけ下回る俺の背でさえ、見下ろさなければ話せないほどの小柄な婆ちゃんは俺の服の裾を掴み、にぃっと入れ歯を見せて笑った。






「この子は孫のみこちゃん。あなたと同い年だから仲良くしてやってね」


 座敷机を挟む形でマッチョと改めて対面した俺。デカく、分厚い筋肉を纏った身体は身長もさることながら一層巨大に見え、何故か女性ものらしきゆったりとしたワンピースを着ている。その大胸筋や僧帽筋、上腕二頭筋など発達した筋肉によってはち切れんばかり、今にも破れてしまいそうだ。

 信じられない発言を聞いた気もするが、なんとなく俺は会釈をする。


「ミコトです。よろしくお願いします」


「あ、はい……こちら……こそ……」


 やけにボソボソと喋るマッチョだ。

 おまけに自分の名前も名乗らねーとはあんまり行儀の良いマッチョとは言えないな。筋肉は人を明るくすると聞いたことがあるが、全てが全てそうでもないらしい。


「えぇ……あれ〜……ウッソォ〜……」


 お茶を配膳していた母ちゃんが鳩が豆鉄砲を食らったような顔でまじまじ見つめるとマッチョは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 俺にマナーを説いたあんたも存外、失礼だからな。


「変わっちゃったね〜」


 その母ちゃんが運んできたお茶を皺の入った両手で持ち上げると婆ちゃんはゆっくりと湯気が上がる入れたてのお茶を啜った。


「はい……緊張しちゃって……その、はい……」


 変わった?

 母ちゃんから聞いた事前知識で悪霊憑きとは聞いていたが、悪霊に憑かれて何かが変わるなんて話は聞いたことがない。

 いや、それが狐や犬などの霊だとしたら自我を失い凶暴な性格、時には暴れ回ったりはするが、このマッチョは会話さえたどたどしいが普通。が、婆ちゃんは一目でそれに気付いた様子だった。


「普段はどのぐらいかい?」


「落ち着けば5分ぐらいで……」


「じゃあ、もうそろそろかね〜」


 優しくゆっくりな口調の婆ちゃんと太くたくましい声でボソボソと喋るマッチョのやり取りを黙って見守る。

 時計を見上げた後、婆ちゃんが煎餅に手を伸ばしたその時目の錯覚か、徐々にマッチョが縮んでいっている気がした。


「えぇ〜〜〜〜〜……」


 母ちゃんと俺の情けなく、間抜けな声が重なる。

 目の前にいたマッチョは跡形もなく消え去り、現れたのはあの今をときめく超絶可愛いアイドル、1万年に1人とさえ評されるあの夢見乃亜ユメミノアちゃんに他ならなかったからだ。

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