第3話
“お米”と言われて、急激に頭の中に、記憶がなだれ込んで来た。
私が、保育園に行ってた頃の事。
冷たいご飯が食べられなかった。
おにぎりが大好きだったのに、何故か母が握ったおにぎりしか食べられなかったんだっけ。
だから、毎日、母がお昼に届けてくれてた。
握りたての、暖かいおにぎり。
ウチは自営業だったから、時間の融通は効いたと思うけど、大変だっただろうな。
あの、おにぎり、もう一度食べたい。
その頃はあまり食べられなくなってて…… 先ずはリハビリ。
初めは、お粥を食べた。
本当に食べられなくなったら、今度は入院だって言われたから。
「食べる」事を「頑張る」なんて、想像してなかった。
今は、お粥もコンビニで売ってるし。
職場でも、マグカップに移して、スプーンで食べられる。
お粥を食べ始めてから、少し体調が戻って来た。
苦味も無くなった。
まだ、味は感じないけど……
週末は、疲れた身体にムチ打って、常備菜を作り、冷凍した。
眠いけど、これだけはやらなきゃ。
食べた物が、私の身体を作るんだもんね。
お母さんのおにぎり、食べられるようになりたいし……
日々の食事や、お弁当に入れられるように、小分けにして冷凍庫へ。
質素なお弁当。
卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、そして、柔らか〜く炊いたご飯。
それだけ。
いつもの苦痛のランチの時間。
だいぶ食べられるようになって来たけど、まだ、味は感じられない。
無味なのは覚悟しているけど、食べなくちゃ。
「!? 甘っ! ……あれ?! 」
それは、突然に。
ふた月程して、味覚が戻って来た。
お米ってこんなに甘かったんだ!
今日のランチ、フワトロ卵の親子丼にしておいて良かった!
出汁の効いた卵の旨味。
鶏肉の肉汁。
お米の甘味。
色んな味が一気に口の中に攻めて来る。
「美味しい…… 」
食事って、こんなに感動的だったんだ!
お米って、こんなに優しい甘みがあったんだ!
ちょっと視界が潤んでしまった。
その夜、職場からの帰り道、携帯で実家に電話を掛けた。
「もしもし?お母さん? 今度帰ったら、“おにぎり”作ってよ! 」
「なぁに?いきなりどうしたの? まぁ、作ってあげるけど 」
「なによ!世話の焼ける娘で、悪かったわね!」
「ふふっ。いつでも帰ってらっしゃい。待ってるわよ 」
柔らかい風が頬を撫でる。
ふと、見上げた空には、珍しく星が見えた。
黄色い月も笑っていた。
それから、毎日、ランチには、“おにぎり”を持っていってる。
仕事は忙しいケド、毎日頑張る為に。
頑張れる、パワーを得る為に。
“おにぎりさん”今日もパワーを頂戴ね!
今日も、私は、私の為に、“おにぎり”を握る。
おにぎり とまと @natutomato
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