第6話 買い物編1

春というのは陸上をやる上でいい季節である。日中は程よい暑さのためアップをあまりせずとも怪我することなく走れるし、夜は火照った身体で適度に冷たい風を浴びて身体も頭も冷やされるような感じで心地よい。

俺は今、競技場で200m走の練習をしていた。200m走というのはスタート直後にコーナーがくるため体を内側にできるだけ倒しながら走るのがタイムを上げるコツだ。

だから、俺もコーナーを曲がるときは内側に身体を内側に倒して走っていたのだが…数本走ったところで左足に違和感を覚えた。


レーンから出て端っこの方でスパイクを脱いでみると左足の外側が少し腫れていた。どうやら足が大きくなったことでスパイクのサイズが合わなくなってきたらしい。


「土日で買いに行くか…」


夜の涼しい風で走ったことにより火照った身体が冷やされていい気分になっていたのだが、スパイクを変えないといけなくなったため気持ちが少し盛り下がった。


足を痛めた次の日の部活。俺は翔を買い物に誘ったのだが…


「悪い…今週はどうしても外せない用事が…」

「まさか…彼女の真希まきちゃんとのデートか?」

「ああ…2週間前から決めてたことでな…今週は長島スパーランドとアウトレット行ってくるんだよ…」

「そ、そうか…」


青春を楽しんでる翔が心の底から羨ましく、俺が翔だったら、と思った瞬間であった。しかしどれだけ羨ましがっても自分の状況が変わることはない。1人で買い物をしても楽しくないのでなっちゃんを誘うことにした。

男の部員ももちろんいるのだが…スパイクに興味ないやつ、予定が入っているやつ、土日家から出ない奴…と誘える人がいなかった。


なっちゃんは部活の片付けを毎日やってくれているので、帰るのは他の部員と比べて遅くなる。だから翔や他の部員に買い物を誘って断られた後でもなっちゃんは帰っていなかった。

なっ


「なっちゃん、今いいかな?」

「大丈夫ですよ」


なっちゃんは他の1年のマネージャーと部活道具の片付けをしていた。そんな中、なっちゃんに声をかけたはずなのだが、なぜか他のマネージャーもわざわざ作業を中断して俺の方を振り向いてくる。


「今週の休み、俺と付き合ってくれないか?」


付き合ってくれと言った途端、他のマネージャーがちらちらと見ていたのが完全にこちらに顔を向けてくる。


「え、つ、付き合う?先輩、何を…」

「ああ。俺と付き合って…いや、言葉が足りてなさすぎた。今週の休みに俺の買い物に付き合ってほしい」


俺は大きな過ちを犯してしまうところだったが、なっちゃんのオーバーリアクションのお陰で何とか気付くことができた。


「こ、今週ですか?今週は…」


なっちゃんは後ろのマネージャー達に振り返る。すると、他のマネージャー3人はなっちゃんを取り囲み、俺そっちのけで会議を始めた。


始めの1分くらいは待っていたが2分経っても答えが返ってこず、目の前で会議が行われている内に少しずつイライラが溜まってくる。そして、気持ちを爆発させるつもりではなかったのだが部活の疲労、話の進まないことによるストレス、何人誘っても断られたことから、思っていたことが溢れ出てしまう。



「俺がなっちゃんを誘ったのは一緒に買い物したいからなんだよ。なっちゃんがいいんだよ!この言葉に嘘偽りは無い。なっちゃんと一緒に行きたいんだよ!」


やってしまった、と言い終わってから後悔する。たかが買い物の誘いだ。それをこんな言い方で誘ってしまうとは…俺は自分の気持ちをコントロールできず、爆発させてしまったことに恥ずかしさを覚え、顔が赤くなる。

なっちゃんの返事を聞いてとっとと帰ろう…と思ったが当のなっちゃんは猛スピードで女子更衣室へと向かって走っていた。


「ええ…」

「なっちゃん良いって言ってましたよ。」

「あ、本当に?じゃあ土曜日の11時に金時計前って伝えといて」


俺は残っていたマネージャーになっちゃんへの言伝を頼んで帰ることにした。


夜にラインでなっちゃんから一言だけ、ごめんなさいとだけ来ていた。俺は答えさえ聞ければ、と思っていたので目の前からいなくなったことは驚いたりもののそのことに対して怒ったりはしていない。まあ目の前からいなくなるのはどうなんだと思うが。


気にしてないよ。土曜日楽しみにしてる


俺はそれだけうって送信されたことを確認してから眠りについた。


そして待ちに待った土曜日。なっちゃんに言った言葉は少々大げさだったが一緒に買い物にいくこと自体は楽しみにしていたのでなっちゃんに対して行った言葉もあながち間違いではない。普段なら休日は10時起きが標準だが、今日は目が冴え、自分で8時に起きることができた。起きて五分で目も完全に開けることができたのでとっとと身支度をすませて行こうとしたのだが…


「何着ればいいんだ…?」


別に洗濯していて服が無いとかそういう間抜けなことになっているわけでは無い。女の子(マネージャーだが)と一応は買い物に行くのだ。。もしなっちゃんがとても可愛い格好で来て俺がダサイ服装だったら…

そう考えてしまった俺は玄関で靴まで履いたが回れ右をして部屋に戻ることにした。



早く起きれたものの、着ていく服装に悩んでしまい、結局金時計に着いたのは10時20分ごろだった。だとしても集合時間が11時なので流石に早く着きすぎたか…と、思いつつ金時計付近で立っている他の人を見てみるとなっちゃんにを見つけた。というのも普段は可愛らしさというよりもしっかり者で凛としており頼りがいのある後輩というイメージで、制服を着崩したりカバンにストラップなどをつけたりしない。しかしそこにいる女の子は可愛らしい服装をしており、顔こそなっちゃんにが雰囲気が普段のなっちゃんとはちがうため確信を持つことができなかった。そこで俺はラインで服装を確認し、本当になっちゃんかどうか確かめることにした。



なっちゃんの今日の服装教えて〜

今日は淡いベージュ色のジャケット、中に白色のニット、下はチェック柄のスカートです!

りょーかい。俺も今着いたんだけど見つからないからなっちゃんちょっとその場で身体を一回転させてみて

分かりました。


なっちゃんはどうやら俺の10メートルほど前にいる身体をその場で一回転させている淡いベージュ色のジャケット、中に白色のニット、下はチェック柄のスカートを履いた女の子で間違いない。

間違いないのだが…なっちゃんが可愛いのでもう少しだけからかうことにする。


次はその場で2、3回ジャンプしてみて

はい。


なっちゃんは俺の言葉を全く疑うことなくやってくれた。本当にジャンプをするとは思っていなかったので止めるのが遅れてしまう。周りから注目を浴び始めてようやくラインで見つけた、と打ってジャンプするのをやめさせる。



「あっ先輩!いくら見つからないからってジャンプさせなくても…

人がたくさんいるのにあんな目立つことさせられて…恥ずかしかったんですからね!」

「ごめんごめん。どうしても見つからなかったからやってもらったんだよ」

「そ、そうですか。ならいいんですけど…からかわれていたらどうしようって本当は思いながらやってたんですからね?」



淳也は背中から急に大量の汗が流れ始めたような感覚を覚えた。しかし、正直に言えるわけもなく一生言わずに生きていくことを決意したのだった。


「あの…あいたちから買い物に行くことは聞いてるんですけど何を買いに行くんですか?」

「ああ…誰かが話の途中で逃げるから伝えられてなかったねー。スパイクが欲しいからなっちゃんと一緒に選ぼうかなって思って誘ったんだ」

「あれは…許してください…」


なっちゃんは顔を真っ赤に染めて少し上目遣いで俺の方を見てくる。顔を見せるのが恥ずかしいのか少しだけ顔が伏せ気味になっているため、しおらしさが増してより可愛く見える。その普段の凛とした姿と可愛さのギャップに驚き、目に焼き付けようと少しの間見入ってしまう。


「あの時は…ごめんなさい…」

「あ、ああ…いいよ。気にしないで」


涙を浮かべながら許しを乞うなっちゃんを叱ろうとは思わなかったし、そもそも負の感情をなっちゃんに持っていなかったのでをしておく。



なっちゃんと合流した俺は金時計から少し離れたところにある地下鉄の駅から電車に乗って目的の店まで移動する。



「陸上用品買うならstepだよな〜」

「そうなんですか?」

「うん。stepは靴というかスニーカーとかを専門に扱っている店と陸上用品を専門で扱っている店があるんだ。で、陸上用品専門で扱ってるここならスパイクがたくさんあるから欲しいやつが見つかるだろうと思ってね」


俺はなっちゃんにstepの解説をしながら店の中へと入っていく。


「いらっしゃいませー」

「すいません、競技場用のスパイクが欲しいんですけど…」

「それでしたら〜…」


俺となっちゃんは店員に案内されるがままに店の奥へと向かっていく。


「なっちゃんもスパイク選んでよ」

「わ、私もですか⁈」


なっちゃんは渋りつつもOKしてくれた。1人で選ぶとどうしても自分の好きな色を選んでしまうためどのスパイクも同じような色になってしまうのだが…

なっちゃんも選んでくれれば意見を聞くことができるのでいいと思い誘ったのだ。


スパイクを選び始めて15分程たっただろうか、さっきまでは離れて選んでいたなっちゃんが俺の近くにスパイクを持って近づいてくる。


「これなんてどうですか?」


そう言って持ってきたのはピンクベースの黒のラインが細部に少し入ったスパイクだった。正直ピンク色はそんなに好きではないのであまり買おうとは思わないのだが、なっちゃんが選んでくれた以上突っぱねることもできず、やんわり断ることにした。


「う〜ん…悪くないんだけど…ピンクが多すぎかな」

「先輩はどんなのがいいんですか?」

「え…」


スパイクを選ばず、なっちゃんのことばかり見ていた俺はとっさに聞かれたため今持っているスパイクと同じものを指差す。そのスパイクは黒ベースで赤のラインが入っているスパイクだった。シリーズは同じでモデルはなっちゃんが選んだものが最新のものだ。しかしなっちゃんにスパイクの知識はそこまでないため、自分が今持っているものと同じことに気づかず、最後は先輩が好きなものを選んでください、と言って外へ出ていく。

なっちゃんが出ていってからなっちゃんが選んだスパイクをよく見てみると…全体こそピンクだがそこまで明るい色ではなく赤みがかったピンクといった感じだった。


「なっちゃんが選んでくれたし、このシリーズ好きだし…いいか」


俺は他のスパイクを見ずになっちゃんが選んでくれたスパイクを店員さんに見せて、サイズを測り始めた。

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僕は君に嫌われることだけは耐えられない エトナ @Etona

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