最終話 これまでの日々
アパートの扉を開け、中に入る。
玄関に親父の靴はない。仕事に行っているのだ。
靴を脱ぐとガラス戸を開け、部屋の中に入った。
そこには、古い家の独特のにおいと酒のにおい、それと機械油のにおいがあった。これが我が家のにおいではあった。
部屋の中は、いつもより薄暗く感じた。電気をつける気にもなれなかった。
親父はまた脱いだ寝間着を床にほうっていた。いっぱいになったゴミ袋が、キッチンに積まれていた。流し台には、洗い物が溢れている。
相変わらず汚い部屋だった。
机の上には、昨日買っておいたコンビニ弁当がぽつんとあった。レンジで温めるのも、食べるのもなんだか億劫だった。
カーテンを開けると、窓には俺の顔が映っていた。だが、すぐにカーテンを閉めた。あまり見たくない顔をしていた。
ポケットから缶コーヒーを取り出すと、俺は佇んだ。砂壁に背中をくっつけ、汚い部屋を見つめた。
そうしていると、ふと、
「先輩、ありがとうございました! 助けてもらいまして。必ずお礼をさせてもらいます!」
そう言ったさくらの声が聞こえた。
別に、感謝なんていらなかったんだ。
ただ俺は内申が欲しかっただけだ。それ以外のものなんて、なにも。
ふいに笑えがもれた。まるで強がっているようだ。
幼い頃、母親が言っていた。誰かを救ってやると、それが自分にも返ってくるんだよ、と。
やはり、親子である。俺と同じで嘘をつくのが上手いらしい。
俺は缶コーヒーの蓋を開けると、口に含みながらこの汚い部屋を眺めていた。
思い入れもなにもない、母親も出ていったこの部屋を。自分が暮らしているこの部屋を、いつまでもいつまでも、眺めていた。
面白いわけでもないのに。
なぜだかあまり、コーヒーの味はしなかった。
引きこもり女子と猫殺し タマ木ハマキ @ACmomoyama
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