【お題】「青」「まるで石ころのような」

 生ぬるい空気が身体に纏わりつく。冷気だったはずのそれは湿気と混ざって不快な温度に変わっていた。汗が噴き出すほどではない、けれど快適とは言い難い風に気付いてリモコンに手を伸ばす。ぴ、という音と共にごうごうとクーラーが動き出し、途端に吹き付ける風が冷たいものに変わった。まったくよくこんな空気の中で集中できていたものだ。思い出しついでに伸びを一つ、背骨や肩甲骨が引っ張られてぱきぱきと音が響いた。

 空はあんなにも高く鮮やかで雲一つなく広がっているというのに、爽やかな見た目に反して地上は地獄だった。じりじりと肌を焼く日光もさることながら、焼けたアスファルトから立ち上る何とも言えない熱気と日本独特の湿気の混じった蒸し返すような空気に包まれた屋外は本当に耐えがたい。クーラーの効いた室内ですらこの不快感なのだ、窓一枚挟んだ外がどうなっているのかなど想像したくもない。

 集中している間は気にせずにいられたけれど、一度気付いてしまうと纏わりつく不快感を無視できなかった。キーボードを叩く手はすっかり止まってしまい、画面では書きかけの文末でカーソルがむなしく点滅している。きっともう続きは書けないだろう。また途中まで消して書き直しだ。それはまるで賽の河原で石ころを積み上げるような作業。筆が乗っている間にキリのいいところまで書いてしまわないと流れが止まってしまって崩れてしまう。書き上げても読み返してみたらしっくりこなくて消してしまう。書いては消し、書いては書き直しの繰り返しは我に返ると途端に虚しくなってしまう。作品を完成させられる人は世の何割しかいない、なんて話を見たことがあるけれど、何度崩れてもやり直しになっても繰り返せば巻き戻しは少しずつ少なくなっていつか完成に至れるのだという経験が得られるまで石を積み続けるような人は確かに奇特なのだろう。こんなクーラーの効き加減一つで途切れて崩れてしまうくらいなのだから。

 眩しい青に背を向けて冷蔵庫の扉を開ける。ひやりとした空気が心地よい。さぁ、冷たいお茶で喉を潤したらもう一度詰み始めようか。まるで石ころのような言葉の連なりを。崩しては積み直す地道な作業を。そうして出来上がる石の塔は存外美しく、その過程もまた楽しいものだと知っているから。

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