【お題】「透明」「生まれる前からきっと」
「それでこの涙の雫というわけか」
店主はそう言って小さなガラスの小瓶を軽く振った。透明な液体が月光を受けて少しだけ虹色にきらめいていた。
「こんなもん寄越してどうするつもりなんだかな、あの野郎も」
愚痴っぽい店主に付き合いながら私もグラスを傾ける。ああ、彼は本当によくわからないやつだったよ。余計な一言になりかねないから言わないけれど。
「まったく……」
重たい溜息と共に心まで吐き出すように店主は肩を落とした。生憎私は店主と彼の関係をよくは知らないのだけれど、一言では括れないようなものが彼らの間にはあったのだろう。私の無言の相槌を肴に店主はぐいとグラスを呷る。まるで火のように熱いその液体はきっと店主の喉を焼くように流れ込んでいったことだろう。
「まぁ、今晩は付き合うよ。奇妙な縁もあったものだし、何より事情を知らず明日には消えてしまうようなやつの方が酒の相手にはいいだろう。口を滑らせても気にしなくて済むからね」
「悪いな、あんたには関係のないことだろうに。あいつも通りすがりの相手に妙な事頼みやがって」
「いやいや、なかなかに面白い依頼だったよ。竜の涙なんてそうそうお目にかかれるものじゃない。それをこんな怪しい風体の配達人に預けるなんてまったく」
彼に小瓶を預けられた時の光景を思い出して私は少しばかり笑みを零した。
「まったく、竜の考えることはわからない」
「まったくだ、せめて手紙の一つでも寄越せってんだ。こんな小瓶一つじゃ何もわからねぇよ」
店主が目元を滲ませ、それを袖で乱暴に拭った。人の涙はしょっぱい。はたして竜の涙はどんな味がするのだろう。あの時ちょっと味見してみればよかったか、いや竜の体液なんて人が口にして平気なものか。興味はあるけれど試す勇気はない。
「あいつはなぁ、オレが卵の時に拾ってなぁ……親も見つからないし仲間もいないしで仕方ねぇからオレが何とかしてやらなきゃってさぁ、あいつが生まれる前からよぉ…」
店主は酒が回ってきたのかぐでぐでと一人で喋っている。はぐれ竜を拾ったのか、それならこの巡り合わせも運命か。ゆっくりとまたグラスを傾けながらカウンターに置かれたガラスの小瓶を眺める。それは月光を受けてきらきらと揺らめいていた。
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