【お題】『十二時』『ビール』『旅行』

 観光地の夜はもう少し遅くまで賑わっているものだと思っていた。これはしくじったなと気付いたのが夕方の六時ごろ、夕食に刺身やお惣菜を買って帰る途中。駅周辺の店が店仕舞いを始めていて、それでも土産物屋なら開いているだろうと覗いたら既にシャッターが下りていて。宿に戻る道すがらに開いている店はないものかと探してみるも空振りで。結局欲しいものを買えないまま宿に着いてしまったのだった。

 せっかく普段来ないような場所に来たのだからその土地の地酒を味わいたいものだ、と思っていたのだけれど瓶は重たいからと後回しにしていたのがいけなかった。日が暮れると共に商店のシャッターも降り始め、目を付けていた酒屋もとっくに閉まっていた。ああ、私の地酒。こんなことなら食事つきのプランにすればよかった。食事のつかない素泊まりプランしかないこの小さな宿では地酒の販売もない。せいぜいが古ぼけた自販機に見慣れた缶ビールが並んでいるくらいだ。これでは少々味気ない。

 結局地酒を諦め温かい緑茶をお供に夕食にした。ああ、酒の肴にと買ったものばかりだからどうしても口が寂しい。お茶にも合うのだけれど、舌がアルコールと混じり合うあの瞬間を求めている。けれどまぁこれも旅の醍醐味だ、と言い聞かせながら緑茶で飲み込んだ。


 とはいえ呑み態勢に入っていた酒飲みの口がそう簡単に収まるものではない。結局私はあの古ぼけた自販機で無駄に高額な缶ビールを買ってしまっていた。時刻は深夜十二時近い。明日も観光してまわるつもりなのに、ああこれからまた飲むのかと思うと馬鹿馬鹿しさと同時に何かよくわからない愉悦もあった。何なのだろう、この明らかに馬鹿をやっているとわかっている時の開き直りにも似た高揚感は。しかしこの感覚には無駄に高いこの缶ビールこそふさわしいように思えた。

 少々ガタついた窓を開け、夜風を感じながら缶ビールを開ける。ぷしゅ、という聴き慣れた音が非日常の空間に響く。つまみもなにもない、ただ遠くから響いてくる潮騒だけを肴に炭酸を飲み込む。これはこれで旅の味なのかもしれない、と思いながら明日こそは酒屋で土産物用の地酒を探そうと考えていた。




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