巨松を見届けよ
吉岡梅
安倍川の鮠獲り
時は天文21年 (1552年)、
童らは川辺に設えられた
「そうら、捕まえたぞ! これで三尾目だ。どうじゃ、
竜王丸は整った目鼻立ちをますます輝かせ、得意げに相手方に
武家の子息らしく小袖に袴を身に付けてはいるが、線の細さ故か、どうにもお仕着せられているかのようだ。こちらはこちらで、野外での川遊びには向いてはいないようだ。現に魚籠の中は未だにもぬけの殻。だが、負けん気を漲らせた竹千代は、ひとり川べりで腕を組んでいる青年に八つ当たりをするかのように声を張る。
「
にこにこと三人の童の様子を見守っていた青年は、委細承知とばかりにざんぶざぶと川へと入ると、素早く魚を捕えにかかる。またたく間に二尾を捕まえると、大袈裟な手ぶりで魚籠へと放り込んだ。
べそをかいていた竹千代はたちまち笑顔になり、自らの魚籠を高らかに掲げる。それを見た竜王丸も「流石は小五郎殿」と、呵々と笑った。そして、従者のように傍らに控えている童に楽しそうに問うた。
「こうでなくてはな。さて、
「はっ。既に近隣の童どもに川周辺の仔細を聞き込み、しかと手配をしておりまする」
助五郎は真面目くさった顔つきのまま竹編みの
「笊とは。でかした助五郎! 流石は我が
快哉を叫ぶ竜王丸とは裏腹に、竹千代の顔がみるみる曇っていく。縋るように小五郎を振り返るその顔は、下唇を噛み締めている。今度こそ泣き出すかと思った時、小五郎が両の肩をぐるぐると振り回して皆の中央に立った。
「さすがは竜王丸様に助五郎様。しかし三河勢も負けてはおりませぬぞ。さあ方々、とくと御覧じろ。
そういうが早いか、あっというまに右手一本で一尾の魚を掴み取る。すぐさま魚籠に入れようと高く掲げたが、魚の身が滑るのか、つるりと掌から飛び出した。慌てて左手の手の内に収めようとするものの、またつるり。今度は右手で追うものの、つるり、つるりと空中で魚が躍りだす。
小五郎は必死の形相で魚を追い、その動きに合わせて細かく身体を伸ばし、折り曲げ、腰を前後に揺らし出す。まるで魚と共に踊っているかのようだ。その滑稽な様子を見て、竜王丸が声を上げて笑い出した。それに釣られて、仏頂面で耐えていた助五郎もついに噴き出して破顔した。
さらに小五郎が前後に動きながら魚と共に躍り続け、ついには一回転して川の中に尻餅を付く始末に至る頃には、竹千代も腹を抱えて笑っていた。
「いやあ……これは面目ない。この勝負、我らが負けのようですな」
苦笑交じりで小五郎が切り出すと、三人の童は笑顔のまま大きく頷いた。後に互いに手を結び、かつ、離し、刃を交える事になろうとは露ほどにも思わずに。世は戦国。四人の命運を握る「海道一の弓取り」と称された今川義元が、隣国尾張の織田家への攻勢を加速させている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます