第49話 別れの時3
「快勝なんて存在しない」
博士はぽつりと立つ俺に言葉を置いていく。
一歩ずつ体重を右足に乗せながら歩いき時計台に向かう博士は既に瀕死の状態だ。
「そんな体でアンドニウスに会ってどうするんですか?」
それでも尚彼は進み続ける。追おうと足が僅かに動いたが俺のせいで負傷したクキュネに何も言葉をかけないこともできず、一旦彼女の元へ向かおうとする。
「振り向かないで行って」
俺の気持ちを読んだようにクキュネはつぶやいた。
前には未知が、後ろには絆がある。
「私はあなたの中で、共に戦った姿のまま別れたい」
その声はどこか震えているようだった。何が怖いというんだクキュネ。きっと今、崩れた防御壁越しに俺の背中を見ているんだろう。俺にまた魔法で負けたと思っているのならそれは間違いだ。この魔法の力は前世習得した者だから、俺はお前よりも弱いよ。
いつかまた会えたのなら今日のように、俺たち手を取りあえたらいいな。
たとえ魔王の転生者として世界から追われることになっても。
「凍てついた炎を作ろう」
たとえ世間に閉じ込められても消えることのないたしかな意思を持ち続けよう。
「ええ。きっと」
俺はその言葉を聞いてから一呼吸おき、一歩踏み出した。足がどんどん速く、大股になる。
太陽のように輝いた上空では炎が渦巻き、巨大なシャボン玉のようなものまで浮いている。あれは学長と按邪だろう。炎が地面から吹き上がり大地を揺らす。まるで噴火したようだ。
侵入者を拒むように時計台の数字が落ちては天井に穴を開けて落下してく。レンガ造りでさえも1つ1つ落下し、粉砕される。
時計台の中は石の螺旋階段が中央に位置しているだけではない。内側では全く見えなかったステンドグラスで光と闇が互いを浸食する勾玉のように描かれている。
次のガラスでは人の手がその光を掬い上げていた。一体これは何を意味しているのか。
先を確認しようとしたところで騒がしく生徒が入ってきたことに気が付く。
魔法があるこのご時世に弓を持ってきていた。ただの弓ならいいが、何かしら魔法が付与されているんだろう。
撃て、2文字で人の体を傷つける矢が放たれた。風や雷の付与を受けていて速度が速い。
俺は魔法を張り攻撃を防ぐ。矢で傷がないからこそ階段の一部にある血痕の正体がわかった。
博士。
俺は階段を駆け上がる。
時計台の歯車はこれまでみたどの部品よりも大きい。おそらく俺とパンプキンの寝室にすら入りきらない。動き続ける歯車の間を縫うようにして作られている階段。様々な大きさの部品が重なり合ってできている。
階段の最後の1段を上ると頭上には大鐘が設置されていることがわかる。崩れた時計台の一部から外の様子が見えた。世界を繋ぐアンドニウスの扉は淡い光を帯びていて純白に輝いている。巨大な歯車を橋にして渡った先に構えていた。
その橋の正面に立つ。先生の姿はないということは既にあの扉の中もしくは扉の先の世界だ。
深呼吸を息を吐き切ったところで時間が止まる。
背中から腕を通り越して胸までかけて温もりを感じたからだ。
「行かないで」
足元をシャドラが行き来し頬を擦り付けるのを感じた。
「もし行ったらレジスタンスになっちゃうよ。反逆者の末路知らないんでしょ?行かないで」
死刑、だろうな。業火を思い出しては体が震える。それを感じさせないようにゆっくりと彼女の手をほどき、向き合った。目が腫れていて赤い。泣いていたのはさっきからではないようだ。
もしかしたら俺が独房に入れられてからも泣いていたのかもしれないなんて思ってしまう。
猫が顔を洗うように手の甲で涙を拭くパンプキン。
「リアは国家の敵になるんだよ。次また会っても、もう笑えないんだよ!」
最後の方は感情を吐き捨てるように声も大きくなっている。
「戦いたくない。でも、でも…会えないのはもっと嫌だよ」
「影はどこにでも繋がるんだろ」
涙ぐむパンプキンとシャドラが俺をみつめる。
「離れてても俺たちは友達だ」
戦いたくないなら戦わなくていい。世間のこうすべきという一般論が正しいとも限らない。
自分の為に自分の思いに従うことが、心のままに生きることが正しいと俺は信じている。だから今回も行くんだ。もう止まらない。迷わない。
「パンプキン、生きててよかったと思えるように生きろよ」
最後に彼女の涙を拭いた。俺が身につけているものなんて何もないが、せめてもの贈り物として最後の反撃球を託す。
それは俺にとって大切な思い出。
「受け取りにくるから」
また会おう。
俺は歯車に向かって駆けジャンプして着地する。これをあと5回ほど繰り返せばいいだろう。
下からは風が悪魔の呼び声のように唸って吹いている。
この旅立ちを歓迎する者は誰もいない。
1つ目の歯車の上で初めての試合で会ったレグを思い出す。
2つ目でクキュネを、3つ目でフィオを、4つ目ではパンプキンを振り返る。5つ目でヨゾラを思い出した時もう一度振り返る。魔法使いの生徒たちが続々と上がってきていた。
胸の前で反撃球を持つパンプキンが涙をこらえている。
まるでおはじきのように色鮮やかに歯車が思い出となっていた。少なくとも今の俺にはそう見えるんだ。
行こう。博士の、いやアンドニウスの元へ。
純白の扉が開かれる。
「リア!!」
パンプキンから何かが投げられた。届きそうにもないそれをシャドラが凄まじい勢いで走ってきて咥え、俺に届ける。
「会いに行くから!」
光に弱いシャドラは俺に届け物をすると消えてしまう。
受け取ったそれを微笑んで掲げると扉が閉まる。
取り残されたパンプキンは呟く。
「あんなことしなければよかった。」
幸運0で挑む世界~転生前は魔王と呼ばれたようでして~ 鈴乃ピタ @Linkver_2
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