第48話 闇

道を切り開くということは他人を切り捨てるということなんだろうか。

俺が破りたいものを守る人たちもいるはずなのだから。俺はこれが最後だと感じクキュネを見た。


「クキュネの夢って何?」


彼女の瞳に俺は映らない。ただ見つめるのは目の前に立ちはだかる敵の姿。

「最強」

レイピアが彼女の決意を示すように輝き始める。

「犠牲を出し、責任を負う覚悟なんてとうの昔にできているわ。私は、私が倒した者の意志も忘れない。忘れないだけ。道を決めるのは私なんだから」


強くなれるか?

自分の右肩に乗った空想の鳥に問いかける。魔法も薬もただの知識。知識で人を絶望させることができるか?戦いは絶望の繰り返しだぞ。そこまでする価値があるのか?


絶望の連鎖を終わらせる。

左肩に乗った鳥が答えた。それで今泣いている誰かが救われるのなら。


代わりにまた誰かが泣くぞ?右肩に別の鳥がやってくる。

誰も涙を流さない世界なんてない。左肩に鳥が鳴き、1人の世界に立つ俺は胸がざわざわと騒がしくなる。

今のままでは今のままだ。

口だけ達者な者に変革の行く末が語れるだろうか。


俺は静かに魔導書を捲り、反撃球を握りしめる。

「ならまずこの戦いに勝つ必要があるな」

力を貸してくれと言った俺に変わらぬ表情で頷くクキュネ。これは最初で最後の共同戦線。

「俺が詠唱を終えるまで他の奴らを抑えてくれ」

「わかった」


「≪沈黙せし時の賢者グラハムよ、我は光の化身を捕らえんとする者≫」

詠唱を始めた俺に鎌鼬が襲い掛かかる。鼬の鎌をクキュネはいなし続けた。ヒイロ先生も博士に刀を向けている。

「≪盃を与え、酌み交わし3杯目の水面に映るは夜月。≫

挑み続けろ俺。いつかきっと俺に会えてよかったと思ってくれる1人に会える。

「≪月の満ち欠け自在に動かし時は新月、真の闇が生まれ集まる≫

その1人に会えたのなら、感謝をされたのなら、俺は生きてきた意味があると初めて思えるだろう。

「≪凝縮せよ、弾けよ、闇こそ世界の神髄。どうか力を授け給え≫

これは成功率30%と言われている魔法。魔法の神的存在であるグラハムの気まぐれで発動が決まるという。


さあ、どうか来てくれ。

クキュネとアイコンタクトをとり、空中に反撃球を投げる。そして彼女は氷の盾を分厚く築き上げた。

「序曲:終末の黒霧」


反撃球が上昇の頂点を迎えゆっくりと落ちていく。変化はないと失敗を感じた時だった。

雷が目の前に落下したような凄まじい破壊音と共に空中で巨大なウニのように複数の鋭利な刃を広げる反撃球。本来なら高濃度に圧縮した魔力が弾け波動のように広がり相手の体を毒のように浸食していく魔法。組み合わせで強力魔法になる呪文の1つ目だ。


この魔法を反撃球に当てれば球が円盤のように広がり、先生たち皆に一度にダメージを与えることができると思ったが、球自体が耐えられなかったようだ。球は原型の球体に戻ることはなく、槍のように地面に突き刺さっている。


それは鼬の体を刺し、クキュネの防御壁を貫通させた。

彼女の腕から血が出ている。擦ったんだ。すぐに駆け寄ろうとすると同じく腕を傷つけた博士の姿がある。周囲にヒイロ先生はいない。俺は反射的にその場を立ち退いた。


直後剣を突き立てたヒイロ先生が頭上から降ってくる。離れても聞こえるほどの舌打ちが響く。


「子供だましな魔法の使い方しやがって」


こちらを睨む彼でさえ向き合って初めて腹部に血がにじんでいると分かる。

不規則な反撃球の動きは誰にも想像することができなかったようだ。


「魔法の授業をしてあげよう」

「結構だよ!≪穿て≫雷砲」

ヒイロ先生に大人しく呪文を唱えさせないよう速度のある魔法を唱え続ける。しかし、彼は常に口を動かしながら避けていた。

「≪…塵となれ≫偃月刀」

長細い雷が何本も俺に襲い掛かる。予想外の呪文に反応が遅れる。


「一流は詠唱で魔法がバレるような唱え方はしない」

雷は避けたものの崩したバランスはすぐに戻せず、先生の拳が顔にきまる。

視界がぐらりと揺れた。


しかし、それは好機となる。

「≪拳よ固まれ≫アイロン」

俺は歪んだ世界のまま先生に拳を振り下ろした。更にもう一つ魔法を加えて

「≪我が魔力を糧に彼の敵を滅ぼせ≫魔喰」


硬化した最早魔物と同じ腕が先生の傷ついた腹部を狙う。

流石に彼の声がもれた。そして背後から別の姿が現れ、彼の首を掴む。


「私達の勝ちだ、ヒイロ先生」


偃月刀が突き刺さった時計台が崩れ始める。

魔法と道具の合体が得た勝利は後味が悪かった…

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