第47話 先生の倒し方
柵に頭を打ったヒイロ先生は血を流しながら顔をあげる。
堪えきれない笑い声と共に髪の伸びた博士が腹部を抱えて笑い始めた。おかしい、そう思ったのは彼が薬を服用した副作用で信じられないほど膨張していたにも関わらずすっかりと元通りに…いや、服用前よりも若返っていたからだ。
眼鏡を中指で持ち上げる動作をするが、既に眼鏡はしていない。
彼自身もそれには驚いたようだった。
「視力も回復している。はは、思いもしなかったところで答えが出たな」
あの動かぬ巨体に目を移す。瞳は何も写していないのではなく、最早目があったのだろうと推測することしかできない。
巨体は蛹だったのだ。
役割を終えたそれは指で押すと枯葉の感触と共に散る。
「人類は進化する。想いを糧にして」
博士は背中まで伸びた長い髪を揺らし俺たちを見下すと伸ばした拳を強く握りしめた。ヒイロ先生もまた立ち上がると博士に向き合う。
「運に救われただけだろう」
「1000の失敗を知らぬ者が言うセリフだな」
風が止み、蛹の欠片がゆっくりと散り始めた時拳と魔法がぶつかり合う。
人間離れしたスピードで殴り続ける博士に対しヒイロ先生は魔法で防ぎながら隙を狙って攻撃を繰り出す。
「恐怖に人の心は囚われる。魔法使いがいなければ我々はより豊かに想像力を働かせ、夢を育み、まだ見ぬ希望を描いては実現させようと挑戦するのだ。そう、魔法さえなければ!」
「私たちは別の種族だと認識した方がいい。弱者が強者に怯えて過ごすのは鼠ですらわかる摂理。魔法使いを言い訳に行動しないだけだ」
彼らの争いで風が生まれるほど激しい殴り合い。最早俺たちが入る隙も無い。
博士のことは先生が止め、俺を追う先生を博士は止めている。扉の開いた時計台から更に上へ続くはしごを見た。この先に世界をかける扉があるのだ。
取捨選択ができずに生まれた迷いを戦いの最中とはいえ、彼は見逃さない。ヒイロ先生が俺に向かって雷魔法を放つ。高速の呪文を避けることは難しい。
迫る雷の剣をせめて急所から避けようと体を動かした時だった。
ドンと肩を押され地面に倒れる。
「迷わないで」
俺を倒したレイピアの上を雷は通り過ぎ地面に刺さっては消えてしまう。
「あの人も倒せばいい」
矛を向ける先に迷いはなかった。俺はそんな彼女と背中を合わせるように肩をつけて並ぶ。
国政という名目を盾にクキュネと俺の仲違いを企てたことが彼女は許しがたいようだが、俺にとって最も憎く感じたのは教師がこの差別社会に率先して力を貸しているということだ。彼が何のためにここにいるのか俺にはわからなかった。
「お前まで歯向かうのか?」
「夢のない奴が他人の夢を馬鹿にするな」
「応援できるのは自分にとって都合がいい方だろう」
ヒイロの魔法が博士を弾き飛ばす。
苦し気な表情をした博士の腕からは血が滴っていた。羽化したばかりの蝶や蝉は体が非常に柔らかいという。博士の体もどうやら万全の状態ではないらしい。
「邪魔者は消す。≪震えよ火花、我に炸裂烈火の如き導きを説け≫鬼火」
「≪浸食せよ。洪水の如く溢れる水は魔を打ち破る≫ノア」
「≪大気に潜む水よ。我が魔力に従い意志の矛となり、悠久の時を超える氷塊と化せ≫ダイヤモンドダスト」
無数に現れる火の玉を俺の水魔法で消し、クキュネがその地を全て凍らせる。博士との戦いで上空に逃げることを推測していた俺は更にトルネードの呪文をかけ彼を上空で身動きを取ることができないようにした。
トルネードの中にクキュネの魔法紫雨夜が襲い掛かる。
まだ、1人では一度に多くの魔法を唱えられない。
順番に異なる魔法を重ね威力を増していた。次に雷魔法だと思ったところで博士がトルネードに自ら入り体を傷つけながらもヒイロ先生を殴る。
「お前はこの塔で誰よりも早く異変に気が付いたはずだ。なぜすぐに行かなかった」
先生も呆れたようにため息をつくことで博士の怒りを増す。
「言っただろう。種族が違うのだと。お前は蟻がアリジゴクにはまっていたら助けるのか?」
博士が怒りに拳を握るが、体にダメージが蓄積しているらしい。振り上げたところで痛みに顔を歪ませた。
「≪荒れ狂い吹き荒れる風よ実態を示し我が刃として牙を剥け≫鎌鼬」
トルネードの中だというのに先生が呼び出した鼬は自在に動き博士の体を切り裂いては俺たちに向かってきた。しかし、俺の顔をみて鼬は一瞬動きを止める。どうやらこいつもマーラを覚えているようだ。
俺が彼を呼ぶ呪文を覚えていれば効果はあっただろう。
今回は俺とクキュネの力でこの鼬もヒイロ先生自体も倒さなくてはならない。
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