第46話 分かりあえない関係

砕けそうになった心を紡ぐのは誰かの心。1人1人個性があるのは補い合うためだ。

これを支えるというんだろう。


俺を潰す腕を細いレイピアが貫く。それだけでは効果が低いようだが、魔法による追撃が威力を底上げする。

「≪疾風よ追い風となれ≫黒蝶:1羽」

中心から外へ向かって腕を切り裂くレイピア。彼女の髪が弧を描き血しぶきが飾りつける。僅かに力が抜けた瞬間俺も風魔法を唱えその場を抜け出した。1人でなかったことを改めてありがたく感じる。博士は腕を抑えると何かを呟き、負傷していない腕で地割れを引き起こし俺たちを別つ。博士のそばにいるクキュネが異形の体に睨まれ緊張したことを感じた。


「≪穿て≫雷砲」

近寄らせないよう最も高速で瞬間威力が高い雷属性の魔法を放つ。どうもこれは避けたいらしく、彼女に襲い掛かるのは止めこちらの様子を伺いながらジリジリと距離をつめていく方式へ変えた。俺たちが優位に立てるのはこの1対2という数的な状況のみ。動きを制限させることはできるが今のところそれだけだ。


一般的に考えれば、博士は力こそ強いものの魔法は使えないのだから俺たちは一定距離を保って魔法を打ち合うべきだろう。だがその方法はどちらかが標的にされるというリスクもある。


俺は亀裂を飛び越えクキュネの前に立った。

ならば採用しない。


「博士が教えてくれた科学は疑似魔法だった」

風が吹き、割れた床の砂煙が上空に舞う。もう爆発は起こっていないがそれが必要ないほど校内は崩壊していた。北側の炎が壁を燃やし尽くし骨格だけが残っている。あそこにあったのはヒイロ先生と話した保健室のような部屋だ。


博士、気が付いているだろうか。

あなたは今老婆を殺した者の罪と同じ罪を犯しているのだ。

憎しみに囚われた人の姿はこんなにも醜くなるのか?


「≪酔いどれ狐よ、我が行く道を指し示せ≫」

低い声の直後、チェスの駒が床に落ちるような音が響く。俺たちの目線の先には剣を床に倒したヒイロ先生が立っていた。剣は地に触れる先から砂のように崩れていく。

「≪汝の声を聞き届けた。我が身を従わせよう≫灰業の術」


1つ瞬きをするうちにヒイロ先生の姿は泥人形のように淀んだ水を零し始める。先生が手を伸ばしたのは博士の方だけではない。

「≪散れ≫」

俺にも向けられる手から水が放たれると空気中の埃が吸い取られるように集まっていき小さな竜巻を生み出す。そしてそれは俺に向かう距離が長いほど纏いを増やし竜巻からドリルへと姿を変えた。


「ヒイロ」

辛うじて聞き取れる怒りに染められた咆哮が博士から放たれる。ドリルも恐れず彼は突き進み、それは肩に突き刺さった。ドリルは彼の肉さえも巻き込みながら進んでいく。それをみて受け止めようとは思わなかったが避けたとしても俺を追跡してきた。

博士が肩を貫かれ、肥大化した腹部で彼を押しつぶそうとするころ俺は時計台の結界にドリルを当てさせまくことに成功した。ただでさえヒビが入っていることに加え威力の高い止まらぬ魔法。ヒビが深く、広がっていく。


博士は先生を潰すもすぐ別の場所で声が生まれる。

「哀れですねルーク博士。魔法が使えればそんな姿にならずに済んだのに」

砂煙がヒイロ先生を再度形作る。本体が別にいるらしい。


「学長より命が下った。反乱分子は皆殺せとな」

衝撃が走り博士すら動きを止める。

「最早この争いは貴様らを叩けば終わる問題ではない。この機に乗じて逃げた者も多い。従者按邪と戦う今、学長の束縛魔法の効力が落ちたからな」


鎌のように鋭利な三日月を眺めたヒイロは両手に蛇が蜷局を何度も巻いたような灰色の渦を出す。

「レジスタンスは滅びろ」


幻影といえど怒りを抑えられない博士は泥人形のヒイロに飛び掛かる。しかしそれは殴られようと潰されようと何ら影響はない。

埃を飛ばすように人差し指で弾かれた灰色の球体は俺たちではビクともしなかった博士の体を貫く。


混沌の世界だ。

どんなに小さな世界でも広い世界の一片は現れる。


無数に現れるヒイロ先生の泥人形が放つ球体を俺たちは避けるが、図体が大きくなった博士にそれは不可能だった。魔法使いの方がこんなにも強いと、科学で魔法には勝てないと証明されているのに誰が何のために一般人と魔法使いの隔たりを生んでいるのだろう。


まるで狙いすましたように的確な球体の動きから俺はヒイロ先生の居場所を推測し、そこに向かうために破魔水を打ち込んだ。時計台の結界は破壊され扉が開く。

そういえば俺を運んでいたのも彼だった。


開いた扉の先から足音を立てて無傷のヒイロが現れる。

「酔いが覚めてしまったな」

泥人形たちは力をなくし崩れ落ちていく。ヒイロは再度剣を取りまっすぐに構えた。

博士も震える手で小瓶を飲み干し血を吐く。もう体が薬の性能についていけていないのだ。肌も黒ずんできている。


「リガード家の者が国政に歯向かうのか?」

ヒイロの冷たい視線がクキュネに刺さる。

「私はトロール退治に来ただけ」

「なら私の隣に立ち、この者達を討て」


クキュネはまっすぐに立ったまま動かない。


「あのトロールが何を目論み屋上まで来たかわかるか?大扉をくぐり世界の架け橋アンドニウスを殺すためだ。まあできるとは思わないが」


そこまで言ったところでヒイロが突如屋上にある落下防止の柵へ吹き飛ばされる。

博士はずっと動かぬままだ。


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