第45話 異質同体
誰かを傷つけることは弱さの象徴なのか。誰も傷つけないことが強さなのか。
いや、何を犠牲にしても決めたことを守り抜くのが強さだ。善も悪もその後に生まれるのだから。
「あいつがいるのは更に上、屋上に向かっているみたいよ」
レイピアを向けた4,5階先から月明かりが見える。大鐘がある時計台は屋上からしか行く道がない。博士も大鐘を目指しているのか?
「急がないと」
クキュネの横を過ぎ行こうとしたとき、細い女性らしい腕に手首をつかまれ止まってしまう。
「何のために急ぐの?」
その目はまっすぐと俺を見つめる。ヨゾラにあった悲しみも、レグの怒りも、フィオの哀愁も感じない。事実だけを確かめる眼差しだ。
「あなたの行為は誰のため?」
博士を助ける?生徒を守る?どれも正しいなんて欲張りだろう。
「結局は、俺のため」
困ったような苦笑いを向けることしかできなかった。自覚しているんだろうか。クキュネの腕をすり抜け再び駆け上がる。壊れた階段、上がる黒煙、響き渡る叫び声と止まらぬだれかの涙。全部俺が引き起こしたんだぞ。
まるで心の中にもう一人小さな自分がいるようだった。
あの時、按邪の言うことを聞かずに校内に残っていれば先生の暴走を止められたかもしれない。
あの時、脱走の決意をしなければ友は涙を流さずにすんだだろう。
そもそも、俺が転生者でなければ今こんなことにはならなかった。地下で毎日、地面を掘って水を探すような生活を続けていたはず。
全ては俺の選択が、行動が導き出した結果だ。浅はかだったとは思わない。けれど、最善策じゃなかったと思う。あの日地下の大扉をくぐった時点で自分だけが傷つき、他は傷つかない孤立した日々は終わりを告げたんだ。
甘えるな俺。
「ごめんクキュネ」
軽やかに後ろに続くクキュネの顔を見る。彼女から見た俺はどんな姿だろうか。
「どんなにお前たちから恨まれても俺は行くよ。だから」
「止めない」
彼女は速度を上げ、俺の横に並び初めて優し気に微笑む。
「友達だもの」
それは甘いようで重たく感じる呟き。そんな俺の気も知らず彼女は改めて前を向きレイピアを構える。
「今のモモンガみたいにやわな戦い方はしないでね」
そうだ。大切な人たちの心をもうたくさん傷つけたのに、博士やモモを止められません傷つけたくないからなんて綺麗ごとだ。突き進めば犠牲が生まれる。俺は魔導書を開きまだ多い空白のページを眺めた。この知識を得るのに費やしたのは時間だけではないだろう。
屋上へ続く扉が破壊されている。行こう、俺の決意に応えるように魔導書が星よりも明るい光を放つ。
博士の体は更に膨張しているだけでなく、腹部に怒る牛の顔のような肉塊を纏わせていた。一体誰が彼を人だったと言って信じるだろう。ボテボテと歩む体の速度は遅く、ここまで階段を一人で上がってきたことが信じられない。
「最早異質同体、キメラね」
「薬の過剰摂取による副作用だけじゃないな」
博士は俺たちを見ると沸騰するような音を立てて笑う。何かを言っているようだが聞き取ることができない。やがて彼は巨大な腕を持ち上げ時計台を強く殴り飛ばした。しかし、それは傷1つつかない。結界が張られている。
博士は俺の魔導書を指した。
魔法で破壊しろと言っているのか?クキュネはレイピアを光らせると早速強力な魔法を放つ。
「≪大気に潜む水よ。我が魔力に従い意志の矛となり、悠久の時を超える氷塊と化せ≫ダイヤモンドダスト」
矛先は勿論博士にある。遠慮はしない主義らしい。俺も彼女の魔法に勢いをつける。
「≪清き水、大地を潤し浄化の糧となれ≫水妖精の地場」
流れ出る水は威力の高い氷魔法により凍らされ、一帯を全てアイススパイクで埋め尽くす。
しかし、博士に向かうその氷も一瞬にして泡となり消えた。驚きを隠せない俺たちの前に投げられる空の赤い瓶。融雪剤だ。普通こんなに素早く溶けることはないことからオリジナル加工されていることがわかる。
「厄介」
薬は魔法さえも打ち消す。
そして博士は更に黒い瓶に入った液体を散らし、炎をつける。水に変わった大量の氷により本来は火などつかないはずだが、炎は水を伝井一気に燃え広がった。やはり炎を見ると身が引けてしまう。恐怖心が俺の首を絞める。
「≪浸食せよ。洪水の如く溢れる水は魔を打ち破る≫ノア」
俺は知る限り最も多方面に大量の水が広がる魔法を放つ。妖精の水磁場よりも勢いがあり絶壁に打ちつけるような波は火を飲み込み、博士を押し、時計台にぶつかった。
見えざる壁に亀裂が入る。そういえばこの魔法を使った従者は俺の鍵閉めの魔法も打ち破ってきた。
もしや、水魔法には魔法を打ち消す効果があるものがあるんじゃないか?
いや、いまはそんなことを考える時ではない。
押し出されただけで無傷の博士にクキュネはレイピアを突き出していく。
「≪我が矛に力を。蒼天に聳える無双の槍と化せ≫蒼斬」
彼女の矛が切り裂く空気が凍り槍のように鋭く尖りマンモスの牙のようだ。退いたとしても魔法の範囲が大きく体を貫かれたことだろう。あの状態の博士が上空に跳ねるなど予想しなかった俺たちには良い一手だった。
愚か。
そう言われた気がした。落下してくる博士の腕に強く殴られ壁に吹き飛ばされるクキュネ。風魔法でギリギリ彼女の衝突を防ぐものの、俺自身の防御は間に合わない。
腐ってもこの学校の教師。身のこなしも、人を相手にした戦い方も知っている。
彼に押さえつけられた体の骨が軋んだ。このままだと負ける。
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