第44話 討伐
開かれた扉から外に押し出され、前のめりになり燃えた低木の枝に埋もれそうになる。音をたてるわけにはいかないとふんばり、耐え抜いたところで周囲を見渡す。噴水を形作っていた解けぬ氷でさえ砕けていた。頭上を見上げた先にある学校の時計台。月に反射して大鐘が輝く。
ここは、俺と按邪が話した庭園だ。周囲は黒煙に満ちている。外に通じているからこそ安全だったようだが、低木も元はバラが咲き誇っていたというのに見るも無残な姿になっている。
よく見ると吹き抜けになっている天井の一部が崩れ落ちていた。大理石でできた建物だ、人が崩すのは容易なことではない。となると考えられるのは博士がここから別の場所に移動した可能性だ。
「≪風よ攫え≫ブリーズ」
魔法で上空に浮かび上がる。このまま大鐘に向かうのが一番なんだろうがと更に上を見上げた時、夜空を飛び回るものに気が付く。
嫌な予感を的中させるように、一直線で俺に向かって急降下してきた。見覚えのある巨大な四角い翼、間違いない。優しくそれを撫でた小柄な先生と共にその名を思い出す。
『モモ』
獣の咆哮は俺に向けられていた。消し飛ばされた腕はやはり戻っておらず、難解に紡がれた木と布で補われている。先生の召喚獣でマーラに腕を消されたモモンガは俺が奴を呼んだと分かっているようだ。
あっという間に俺の前までやってくると黒くつぶらな瞳を鬼のように尖らせてギャアギャアと鳴き始める。何を言われているのかはわからないが完全に恨まれていることは明らかだ。悪気はなかったし、俺も周りと同様にすごく驚いたんだけど…
「ご、ごめん」
とりあえず片手を顔の前に持ってきてみた。が、手刀に思われたらしい。牙を剥かれると体の割に小さなん手を振り下ろされた。今使っている風魔法は急な動きをすることができない。
「≪守れ≫水兎!」
緊急の対処として最も詠唱の短い守りの呪文を唱えた。水のおかげでわずかに威力の落ちた腕が俺を本館天井に突き落とす。
あんなに小さくても魔物の腕。威力の高さは俺が天井を突き破って床に叩きつけられたといえば伝わるだろう。人々の短い叫び声の直後モモンガの咆哮が再び響く。埃に紛れて透明化の魔法を唱え、生徒の目を掻い潜ることはできた。
「え、あれチビ先生の召喚獣じゃん」
「なんか怒ってない?」
「トロールの後は召喚獣に反乱ってもう終わりだ」
崩れた天井の間からモモンガこちらを覗く。しかし奴の大きさでは降りてくることができない。
生徒とまだ綺麗な校内から察するにここに博士は来ていないようだ。早く奥に行って確かめようと一歩踏み出した時、バケツに入った水をかけられるように何かを飛ばされる。
壁の大理石が溶けた。
「酸だ!」
男子生徒の一言に再び校内はパニックに陥った。透明になっている俺に向かってこいつはまた酸を吐いてくる。あんなものが当たったらまず助からない。というかそんな技持ってたのかよ。
おしくらまんじゅうになっている生徒の道の反対側は何故か誰も人がいなかった。
俺が生徒に紛れれば酸の犠牲者が代わりに出るだろう。しかも、誰もいかない道ということは皆あそこから逃げてきたというわけだ。理由は一つ、博士がいるからだろう?
モモンガはしきりに鼻を動かしている。俺は廊下を駆け出した。走る音を耳が捉えたらしくモモンガは一吠えすると再び腕を振り下ろす。既に崩れていたこともあり、呆気なく天井は破壊された。歩くのは遅いようだが酸を吐きながら追いかけてくる。
時折魔法で作る土の壁も気休めにしかならない。
俺は校内の階段を駆け上がった。今後のことを考えても降りるわけにはいかない。
しかし、階段の構造もまずかった。
四角い螺旋階段は壁に沿って作られている。モモが飛ぶには難しい広さだが、階段を破壊しながらということであれば別だ。バキバキと崩れ落ちる木の階段。蜘蛛といい、魔物の執着心は異常だな。
「≪風よ。龍と化した蛇の如く蜷局を巻き、立ちはだかるものを蹴散らせ≫トルネード」
モモンガが飛ぶ吹き抜けに向かって魔法を放つが空気抵抗程度にしかならない。
階段を上りながら頭を抱えた時、彼女は上空から降ってきた。
思わず俺も下に目を移す。
流星のようにレイピアが輝いていた。トルネードの風で更に彼女が落ちるスピードが増す。そして、レイピアはモモンガの首の下、人間でいう胸と胸の間を一刺しにする。
それまで大声で吠えていた魔物は声を詰まらせたように黙り、時が止まったように体も固まる。
動き出したのはモモンガを足場に彼女が飛び上がったからだ。
そのまま階段を破壊してモモは落ちていく。
彼女は俺の前へ降り立つと血が付いたレイピアを振り払った。
「あなたは優しすぎる」
迷いのない太刀捌きだった。討伐をしたのはこれが初めてではないはずだ。レイピアの血を落としても頬や服についた返り血拭わない。クキュネ、お前は俺が知る限り最強の剣士になるだろう。
「そんなのでトロール退治ができるのかしら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます