第43話 別れの時2

「決闘を断るの?」

「俺はもう特待生じゃないからやる意味ないだろ」

「退学するからってこと?」


フィオは青い封筒を海へ飛ばすと人差し指で俺の胸手をあてた。

「最高の流れになるはずだった。私はあなたに魔法のセンスがあることを感じたわ。だから大切に育てて立派な特待生になってもらったところで勝負を挑み、勝って天才魔女として名を広めるつもりだったの」

指が離れると共にフィオが髪を耳にかけながら俯く。

「それができない今、最適な流れは反逆者になったあなたを止めることかしらね」


上目遣いでこちらを見る彼女の瞳が赤く染まる。足元から波動のように脈打つ魔力が溢れ出し、俺を威嚇した。魔力は見えざる手だと言われているがハッキリと紫色のそれは姿を現していた。

改めて彼女の偉大さを感じる。

波も恐れをなして身を引いた。


「さあ、戦いましょう」


彼女のコート、髪が広がり眼鏡が輝く。黄色の魔導書がパラパラとめくれ続けていた。

「私の歴史に新たな1ページを刻む」

そう語る彼女はどこか寂しそうな表情をしていた。口元は笑っているのに眉が下がっている。

望む戦いなんて世界にはないだろう。

それぞれに曲げられない信念が、戦う理由がある。


「≪闇を切り裂く水よ花吹雪の如く舞い、打ちあがり、凍て弾けて弓となれ≫」

聞いたことがある詠唱だ。破魔水のように刃となった水が分裂し、ピンク色に凍って鋭利な先端を全て俺に向ける。これは合体魔法だ…!

「破滅の紫雨」

向かってくる多数の刃を右に避けて回避する。しかし、ここは海。足場の砂浜は足場を作らせぬように崩れ、反発の力を半分程度まで打ち消す。2度避けたところで思うように動けず転び、頬を切られた。


フィオの魔力に伴わない弱い魔法をなぜ使うのか。

俺に教えてくれているんだろうフィオ。詠唱を組み合わせれば異なる魔法を唱えなくても合体魔法にすることができると。だって2つとも俺が使うことができる魔法だもんな。この魔法、蜘蛛退治の時に何度も使ったのをお前は見ていたよな。


「フィオねえ」

立ち上がった時に頬から流れた血が零れる。


「俺、魔王なんだ」


へ?と唖然とした声が聞こえる。集中力が切れたからなのか魔力も落ち着き、彼女の髪も瞳までいつも通りに戻っていく。

「魔王の子じゃない、転生した魔王そのものなんだよ」

彼女は目が点になったまま動かない。強いていうのであれば唾を飲み込んだ喉だけが動いた。

これは賭けだ。成功すればこの場を立ち去ることができる。失敗すれば間違いなく死ぬ。俺はフィオを信じる方に賭けた。按邪が俺に姿を知っていると明かした時も同じ気持ちだっただろう。失敗すれば魔王の俺に殺される可能性が彼にだってあったんだ。


もう一度魔導書を読み上げた。

「≪瞬く星よ、祝福あるこの地に夢を写し給え≫彼岸星」

海の図書室が姿を変えていく。この部屋は空間魔法の練習に使われると言っていたな。それはこの部屋全体が空間魔法と繋がっており変化を加えさせやすいからなんだろう。だからまだ未熟な俺でも使うことができる。


砂場は芽吹く緑に覆われ、海の水は凝縮され湖となり、盛り上がる大地によって滝が生まれる。

滝から流れ落ちた水は川となり、花の茎でできた橋が俺とフィオを繋いだ。近くに現れた本棚は戸を閉めることで一枚の板となる。その板でいくつかの家が成り立った。

俺たちの身長よりも大きな蔓が至る所で伸び、鬼灯の形をした電球が生まれる。赤、青、緑、黄色までカラフルな光がこの小さな町を照らしていた。


ここは俺が描いた外の世界。こんな世界があったらいいなと浮かんだ夢。


「フィオねえほど実力があるのにこの学校に一般生徒として居続けるのはなにか理由があるんだろう?」

何も答えない彼女に歩み寄り、続ける。

「俺は魔王だった頃の記憶がない。けどもし全てを思い出せたらフィオねえと同じくらい強くなれるよ」

賭けの最後だ。俺はまだ覚えていない詠唱が書いてある魔導書を差し出す。燃やされればここから逃げることはできなくなるのは明らかだ。


「俺はフィオが諦めた道を歩むよ」


彼女の口が噛みしめられた。もし留めるのならこの本を燃やしてくれ。

まっすぐに彼女を見つめる。俺はフィオを信じている。


「私が諦めた道?」

フィオは緊張をほぐすように微笑むと俺に魔導書を押し返した。

「選ばなかっただけよ」


彼女が背伸びしたかと思うと俺の頬に口づけをする。予想外の行動にたじろいだのは俺の方だった。

一瞬の隙に彼女が作り物の家の扉を本当に開き、光を放つ。この扉は学校のどこかへ続いているものだと確信した。最後に話をしようと口を開いたものの勢いよく背中を押され、光に吸い込まれていく。


「女の勇気よ。黙って見届けなさい」

微笑む彼女の顔が優しく光に溶けていく。名前を呼び、ありがとうと叫んだのだが彼女に届いたのかもわからない。光が俺の横を駆けていく。そしてまた、図書室から外へ通じるいつもの扉が開く。



その後、フィオは橋に咲いた花を摘んでは川に流していた。

彼が本当に一週間で渡した本に書かれた全ての魔法を使えるようになっていた時のことを川が写し、思い出す。間違いなく普通の生徒なら無理とすぐに諦め、手を抜く量だ。どれだけ覚えてくるかで彼を試そうと思っていた。彼はこの世界で不可能と思われていることを可能にする。あの時、フィオの中で希望が湧き上がってしまったのだ。

「また、私に夢をみせてくれるのね」

流れ切った花を見て空間魔法を解き、ただ本棚が並ぶ図書室へと戻す。本たちが動く音に紛れて感謝の独り言が呟かれる。


「ありがとう」

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