第42話 別れの時
話し合いをしても埒があかない。そんな時、何をすれば互いに満足いく結果を得ることができるのだろう。
俺は思う。結局、満足することができるのは自分の思い通りになった時だけだ。どちらかが折れるまで満足がいく結果など手に入らない。
いくら話し合いをしようと必ず違う問題が解決されず、また話し合いをする。
勝負は負けたことを理由に相手を折らせる最強の手だから無くなることがないんだろう。
もうこの学校に残る気はないくせにレグと戦えないと思った俺は体裁ばかり取り繕っている。
勝負に乗ったのも、レグに俺を止めることを諦めてもらうためという気持ちがないとは言い切れない。
時間がなかった。他の選択肢を考える余裕さえも。時間があれば俺たちまた戦わなくてよかったんだろうか。こんなことを考える行為さえ無礼に思える。
「お前に俺の目標話したよな」
レグは自身の鉄の拳を合わせながら俺を見つめる。勿論覚えているとも。スノーランドで石化した妹を助けるためだったな。
「お前は外に出て何がしたいんだよ」
ノートの姿だけではない。按邪、寝室で見た女性の姿、俺を先生と慕う者の姿まで一瞬で思い浮かぶ。そして、レグの後ろに崩壊した老人の薬屋が浮かび上がった。
「離れ離れになった友達に会いたい」
これが無難な表現だ。レグは拳を胸の前で合わせたまま天を仰ぐ。
「そのために俺たちと離れるんだな」
言い訳がましく手を伸ばした途端、レグはバク宙をして俺から離れた。
「そこまでの関係だったってわかってよかったよ」
彼の尾をバネに着地し反動さえも味方にして弾丸のように飛んでくる。鉄の拳を避けるが、以前と異なり魔法が解ける様子がない。
「そういうわけじゃない!≪波打て土よ。地表に軌跡を残し壁となれ≫バルハン≫」
距離をとるために放った地表に現れる石の壁さえも尾を使って避け、硬い拳で破壊する。
「あの時こうして、お前を殴り飛ばしたかったよ」
バルハンの魔法は俺の周囲に円の形の壁を築く。つまりそれは俺の行動範囲を狭めることと同義だった。腹部に重たい一撃がのしかかる。何度味わった父上様からの暴行よりも、盗みに失敗して痛めつけられた時よりも痛みがひどく、体中に響き渡った。
壁に体を打ちつけるが決して倒れまいと足を踏ん張る。
「もう志半ばで倒れるのは嫌だ」
より強い光を帯びた魔導書が現れる。立ち止まるな。振り返っても歩き続けろ。
これが俺の選択、自分で決めた道だ。
「≪大気に潜む水よ。我が魔力に従い意志の矛となり、悠久の時を超える氷塊と化せ≫ダイヤモンドダスト」
仲間から得た魔法で友を倒す。
しかし、この直進魔法をお前は簡単に避けてしまうだろう。
「≪風よ。龍と化した蛇の如く蜷局を巻き、立ちはだかるものを蹴散らせ≫トルネード」
合体魔法。
凶暴な渦は氷魔法に重なると細かい氷を辺りに吹き飛ばしながら襲い掛かる。極めて広範囲になった魔法は理科室の壁中にアイススパイクを発生させ、結晶の洞窟を思わせるほどだ。
「逃げて、レグ…!」
廊下まで身を引いたヨゾラが声をあげるがレグはその場から動かない。竜巻は氷龍の口のようにレグを飲み込もうとしていた。
「リア。俺は、何度でもお前の前に立ちふさがってやるからな」
氷の渦がレグを飲み込み壁に衝突した。
塵のように輝く氷が霧を生み出し、天井から吹き抜ける風に攫われると巨大な氷の結晶がバラのように尖り固まっている姿が現れる。中央には自らの全身を鉄に変えたレグが拳を合わせながら立っていた。
「防御の変異魔法…」
ヨゾラは鋭利な氷に駆け寄り、手を伸ばす。彼女の腕からも血が出ていた。
「いつかもう一度、あなたに魔法をかけてみせるから」
彼女の瞳から最後の涙が零れる。氷に当たり、ぴちょんと弾けた。
「その時は一緒に夢をみようね」
「ああ、約束だ」
離れた場所でヨゾラが小さな小指を伸ばす。
俺も彼女に向かって指を伸ばした。
「レグにも伝えておいてくれ。俺の命令」
「うん」
「また会ったら勝負しよう」
吹き飛ばされた壁から外へ向かおうと足を踏み出す。氷が割れる音がした。
さようならだ。
もう一度彼らを振り返ろうとしてやめた。思いを絶ち飛び降りる。
地面に着地する時、巨大な扉が現れ口を開けた。慌てた時にはすでに遅く、詠唱も間に合わずに落ちるように吸い込まれる。それは何度も見た扉だった。
落ちたはずなのに放り出されたときには床に転がっていた。そこでようやく空間魔法を使われここに招かれたと気が付く。転がった石畳の床のすぐ先は砂浜となっていた。1人分の足跡が先に続いている。
誘われているようだ。
先を進んだ者に時を遅らせ付き添う者のように隣を歩き、やがて青い海を見た。
海から瓶に入った手紙が波に乗って流されてくる。
俺をここへ招いた人物はボトルメールを取り、紙を広げる。
「この先に何があるのか知りたかった」
彼女は裸足のまま海の向こうを指さした。風に揺れる学校の制服、胸の勲章が輝く。
殻になった瓶の中に青い封筒をいれると俺に差し出す。
「あなたはこれを受け取ってくれるのかしら」
こちらをみる瞳は夕焼けよりも赤く染まっている。俺は彼女に盆を押し返した。
「できないよ。フィオねえ」
波の音が優しく響く。
ここは空間魔法で再現された海の図書室…
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