第44話 エピローグ

 酸素を節約し、何とかミッションを凌いできたソフィアは、達成時間まで後残り数分の所で頭がもうろうとしてきた。

明らかに、脳に酸素が供給されていない感じである。

後もう少しだという大河のソフィアを呼ぶ声が、幾度となく聞こえてくる。

しかし、レバーを握る手を動かすのがきつかった。

渾身の力を振り絞ったが、この力ももう無くなってしまう。

なんとか、早く終わらないだろうか? 

そう願っていた所、大河からクールダウンの指令が来た。

よかった、よかった、これで私の使命が終わる。

もう、どうなっても良い。

そう思いながら、最後の力を振り絞り中央のレバーを押した。

それが、本当の限界だった。

ソフィアは、全身の力が抜けていき、そして、同時に記憶が遠のいていくのがわかった。

「私、これで死ぬのね。最後に、マミーとダディーに会いたかったな・・・ 叔父さんごめん」

ソフィアがそう思った瞬間、例のホワイトアウトが始まった。

やがて、真っ白な空間の中にソフィアはいた。

だが、今回は以前と少し違う。

これまでのホワイトアウトは、一時すると次第に薄れていき現実に戻っていったが、今度はなかなか終わらない。

また、体が全く動かない。

「この状態って、死んでいるって事? でも、変ね、死んだら記憶も無くなるはず。私、ここで何をしているのかしら?」

そんな事を思いながら、暫く退屈な時間を過ごした。

その間、不思議と眠っているのか起きているのかわからない心地良い気分でいられた。

このままずっと、こんなんで良いかもしれないと思うほど気持ち良い。

それから、どれだけ経っただろう。

少なくともソフィアには、何時間も経ったように思われた。

誰かが、私を激しく揺すっている。

自分の名前を、遠くで呼んでいるのが聞こえる。

そして、目の前の空間が白から現実へと戻っていくのがわかった。


「ソフィア、ソフィア、起きるんだ! 起きてくれ!」

オスプレイの中でアイゼンハワーが、大声を上げ叫んでいる。

オスプレイの搭乗口の近くには、ぐったりして寝かされているソフィアの姿があった。

首里から向かった大河らは、与那国島に到着するとすぐリアクターの元に行き、アイゼンハワーらと一緒にソフィア回収のため潜った。

今までアイゼンハワーらがどう試みても開かなかったリアクターの入り口は、案の定、大河によって開いた。

その時、大河はある事に気づく。

ここのリアクターの青白い炎のような光りは、ミッションが終わった現在もいまだ放たれ続けている。

大河は、その目で確認はしていないが、寄せられた情報によるとミッションが終わった後のリアクターの光りは失われた。

異星人の説明では、リアクターは一回切りの使い捨てとの事であった。

本来の仕事が終わると、その機能が次々と無くなっていくのである。

最終的に、壁から放たれている光りが消える事によってその使命が終わると考えられた。

「ひょっとすると、奇跡が起こるかも!」

そう、大河は思った。

いや、そうあって欲しいと祈りながらリアクターの中に入っていった。

一緒に入ったアイゼンハワーは、すぐさまソフィアを発見する。

ソフィアは、椅子から漂いそして息はしていない。

見るからに、希望が持てない状況である。

しかし、なぜか死人の顔には見えないきれいな顔をしていた。

すぐさま、亡骸は海上へと連れ出され、オスプレイへと引き上げられた。

アイゼンハワーは、引き上げられたソフィアの体を大声上げながら揺すった。

その目には、大粒の涙があふれている。

「そんなに、揺すったら本当に死んじゃうじゃない、司令官」

ソフィアの目が、そう言いながらゆっくりと開いていった。

「オーマイガット! 神様が奇跡をくれた。ありがとう!」

アイゼンハワーは、ソフィアを抱きかかえ大男のくせ涙をぽろぽろ流した。

そして、ハグしたりキスしたりするものだからソフィア自身目が回った。

ソフィアは、ゆっくり喋った。

「ちゃんと生きているから、もう大丈夫だから。潜る前の約束守ってよ、司令官」

アイゼンハワーは、直ぐさま答えた。

「ああ、覚えているとも、ソフィア。俺は一生の内でこんなに嬉しい事はないぞ、畜生! 約束通り、沖縄中のアイスは全部おまえのものだ。俺が借金してでも思う存分食わしてやる!」

そんな、会話をしていると後ろから大河がソフィアに声をかけた。

「お帰り、ソフィア。信じていたよ、無事である事を・・・」

そう言われると、ソフィアは大河に駆け寄り抱きついた。

そして、大河の顔を見ながらゆっくり言った。

「こんな風に、あなたに抱きつくの、病院以来2度目ね。ああ、なんて気持ちが良いの。あなたに会えてほんとに良かった」

大河は、少し照れながら呟く。

「ああ、俺もだ、ソフィア」

それを黙って見ていた長澤が、たまりかね言った。

「えっへん、皆さーん! ソフィアさんが生きて無事に戻れたって事で、一端沖縄本島に帰りませんか?」

この提案に、そこにいる皆がふと我に返った。

ソフィアが生きて戻れた事に感動していたあまり、オスプレイはヘリモードでリアクター上空をずっと漂っている。

「そうだ、さあ帰ろう。こうしちゃいられない。アイスもおごらなくちゃならないからな。おい、パイロット、嘉手納に戻ってくれ!」

アイゼンハワーがそう言うとオスプレイは、全速力で嘉手納基地へと戻っていった。リアクターの光りは、それを見届けるかのように徐々に失われていく。


 2千年の彼方、地球に訪れた異星人によって仕組まれた『ムーンストーリー』はこれにて終わった。

ミッション終了後、月は大きな自転力を与えられ地球より離れていった。

NASAの観測により、月はこのまま離れていくと元の軌道より外れて地球の公転外に出ていき、宇宙をさまようかと思われたが、異星人が言ったとおり3日後46億年続いた位置に無事納まる。

この現象も、異星人によって計算された事であったのか、それとも宇宙の原理であったのか定かではない。

ともあれ、異星人の失態によって生まれた人類の危機は、かろうじて回避された。

そして、その後地球の危機を救った英雄達は、各地で国を挙げ称えられた。

8人の使者を始め、それに携わった人々は国連に招かれ全世界から祝福を受けた。

今回の騒動により、全世界至る所で被害が甚大であった。

しかし、それに対する危機管理が各国、国連を通し出来たので人的被害は最小限にとどめる事が出来たのである。

それも、全世界でお祭りモードを盛り上げる一因となった。

沖縄に住む大河も、沖縄にて熱烈な歓迎を受けることになる。

しかし、そんな中、大河の心の中にどこか腑に落ちない所があった。

異星人が、こんな大がかりな仕掛けをしてまで地球を救った理由が、ただ美しい星を無くさないためだけだったのだろうか? 

その後、各リアクターは、当然のごとく各国厳戒態勢で包囲され警戒された。

それは、大河だけの疑問では無かったのである。

暫くし、月が完全に地球の公転軌道に乗った時、輝きを失っていた首里のリアクターが再度光りを放ち始めた。

それは、時が経つにつれ、前の青白い炎のような光でなく、溶岩を思わせるような真っ赤な炎のような光りになっていった。

そして、それに合わせ頂上の部分がまた激しく回転を始めた。

それは、これから起こる新たな人類危機の始まりである事を今はまだ誰一人知るよしもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ムーンストーリー タンディガータンディ @ikekatsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ