赤い目のおばあさん
イネ
第1話
村のはずれの古い水車小屋に、いつか一人のおばあさんがやってきて住むようになりました。長いこと汚れていた小川のゴミが取りのぞかれて、昔のように水車がゴトゴト動きはじめると、村人たちは珍しがって様子を見に行きました。
ところが水車小屋をのぞき込んで、みんなはギョッと顔を見合わせました。そのおばあさんの目は両方とも、血のように真っ赤だったのです。
「人間の目があんなに赤いものか。あいつは化け物に違いない」
誰かがそうささやくと、あっという間に村じゅう大騒ぎになりました。子供などは本気で怖がって、昼でも夜でもおばあさんの姿を見つけると急いで隠れるようになりました。大人たちもひそひそ噂し合って、それぞれ自分の身を守るためにいつでも草刈り用のカマを持ち歩いたり、水車小屋の前を通るときにもさもなんでもないふりをしながら、握りのいい石や、先の鋭くとがった棒っきれを拾ったりしてみては、おばあさんの様子をこっそりうかがったのです。
おばあさんは、天気のいい日には庭へでてひなたぼっこをしましたし、人間と同じように、水車で粉をひいてパンを焼いたり、自分用に編み物もしたりしました。納屋では毎朝ニワトリが卵を産みましたが、そのうちにキツネがやってきてどうしても卵を盗むようになったので、おばあさんはしょうがなくニワトリをつぶして焼いて食べました。すると小さな子供らはそれを見てやっぱり怖がって、うわごとのように「赤い目のおばあさんがくる、赤い目のおばあさんがくる」と言って泣きました。
それから村では、たびたび嫌なことが起こるようになりました。水車小屋のそばで今度はキツネの死骸が見つかったり、あっちでもこっちでも病人がでたり、庭につないでいた番犬がいなくなったり、山へ遊びに行った子供が帰ってこない、というようなことです。
「あいつの仕業だ。赤い目のおばあさんだ」
「キツネ食ったな。犬も食ったな」
「くやしい、くやしい。子供までとられた」
村人たちは怒りにふるえました。
ある日、数人の子らが集まって、おばあさんの玄関先に飾ってあった上木鉢を石を投げて割ってしまいました。いつものように噂ばなしが盛り上がって、誰かが「化け物退治だ!」と言ったのを合図に、収まりがつかなくなってしまったのです。
おばあさんはその石を拾い上げると、真っ赤な目から燃えるような涙をぼろぼろこぼし、狂ったように叫びました。子供らは恐ろしくなって、急いで木に飛びつくと、高い枝の上から、持っていた石を残らずおばあさんにぶつけました。おばあさんはあちこち傷だらけになって、なお悪魔のようなうめき声をあげ、最後はズルズルと這って家の中に入っていきました。
そのすぐあとのことです。朝早く牛乳を配達に行った若者が、おばあさんに捕まって頭にひびが入るほど殴られたのです。もう村人たちは黙っているわけにはいきませんでした。
男たちはすぐに、自分の家から鍬や鉈や猟銃を持って出てきて言いました。
「あれは鬼だ、妖怪だ、化け物だ!」
「みんなで力を合わせてやっつけよう!」
「赤い目のおばあさんを殺そう!」
村人たちは一致団結して水車小屋へ向かいました。女も、子供も、「殺せ! 殺せ!」とあとに続きました。
そうして一瞬の後には、おばあさんはもうおかしな形になって、べったりと地面につぶれていたのです。死んですっかり目を閉じてしまうと、果たしておばあさんの姿は、本物の人間と少しも違わないのでした。男たちは急に恐ろしくなって、怒ったり笑ったりしながら、ふらふらと自分の家に帰って行きました。
それからしばらくの間、水車はひとりでまわり続けていましたが、けれども上流のほうで倒木があり、そのかけらが小川をせき止めてしまうと、もうそれまででした。
子供らはどうにも気分が優れずに、おばあさんの上木鉢や、止まってしまった水車や、濁った水底をのぞき込んだりして、ようやく重い口をひらきました。
「あのおばあさん、いつか野良猫の手をとって踊っていたことがあったろう。あんまりおかしくて、ぼく、言ったんだ。おばあさん、猫は二本足では歩けませんよって」
「ああ。あのときおばあさんは、怒鳴ったんじゃない。確かに笑ったんだ」
「ぼくたち、なんてことをしちまったんだろう」
すると大人たちが、酒場からよたよたと出てきて血相を変えて怒鳴りました。
「何を言うか。あれは恐ろしい魔女だ。みんなひどい目にあっただろう」
「人間だったはずがないんだ。殺したって悪くないんだ」
「そうさ、みんなで正しいことをしたんだ。でなきゃ今頃はお前たち、あの化け物に食べられていたよ」
「さあ、このことはもう黙っていろ。すべて忘れるんだ。わかったな」
大人たちはまるでなにかに憑かれたように、またよろよろと酒場へと戻っていきます。その中に、自分たちの親兄弟の姿もあるのを見つけて子供らは、ギョッと顔を見合わせました。村人たちの顔は幽霊のように青ざめ、その目はみんな、血のように真っ赤だったのです。
赤い目のおばあさん イネ @ine-bymyself
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