蹂躙!姫騎士カレン オークに不意打ちされて……

ロバート・フランケル

姫騎士蹂躙! カレンVSオーク

 穢れを知らない歳若い娘がオークに犯された。

 その報を聞かされた姫騎士カレンは静かなる怒りを宿した。

 カレンは自分の住まう王国が好きだ。

 豊かな自然も、意気揚々と暮らす国民も全てが好きだ。

 国王である父は精悍で王としても父としても尊敬でき、母は慈悲深く、万人に愛される王妃である。カレンはこの国を、この国の国民を愛していた。

 だから、少女の純潔を奪ったオークが許せなかった。

 オークに襲われたという森。この森は普段、旅人や商人などが利用する道となっている。

 ここにオークが現れたのであれば一刻も早く討伐しなければならない。

「ぐへへへ……かわいいお嬢さん、こんな所で何してるんだぁ?」

「ぶひっぶひひひっ、前の女よりもいいケツしてるぜぇ?きひっ」

「ぐへへへ、またまた上玉じゃねーか犯そうぜぇ」

 木々の間から緑色の人型の何かが不気味に出てくる。腰に布一枚のみを巻き、生半可な武器では傷一つ着かない屈強な肉体を持つモンスター、オーク。それが3頭。しかし、カレンはこいつらを殺しに来たのだ。

 カレンは腰から美しく鍛え上げられた片手剣を引き抜く。

「ぶひゃはっはぁ! その細い剣で戦うつもりか~? ぶひゃひゃはっ!」

「あひゃひゃひゃ! コイツはとんだ馬鹿だぜぇ! それとも犯されに来た変態かぁ!?」

「ぶひひひ!また女だぁ! 犯して孕ませようぜぇ! コイツはどんな声で鳴くんだろうなぁ! ぶひひ!」

 カレンの引き抜いた片手剣は傍から見たら頼りのない剣である。しかし、この剣は名工の匠が鍛えぬいた逸品である。ただただ相手を斬ることのみを追求したものであり、使い手の技術に依存するが、岩をも容易く切り裂く事が出来る。オークを切るには十分すぎる得物である。

 カレンは駆け抜ける。一瞬の疾風のように。いや、疾風、というにはあまりにも速すぎる速度で。駆け抜ける速度はまず並みの者では反応すら出来ない速度。視線すら追いつかない、見ることすら届かない速度。

 オークたちはいきなり消えたであろうカレンに驚いたであろう。

 カレンの右手にある一頭のオークの生首がそれを物語っていた。

「まず一匹目」

「ぶひゃ」

 それがカレンの右手に持つオーク生首から最後に出てきた音だった。

 カレンはオークの生首をゴミのように放り投げた。

 一瞬の静寂。何が起きたのか分かっていない2匹のオーク。

 2匹のオークはやっと仲間の一人のオークの生首が地にあることに気づいたようだ。

「て、テメェ……え?」

 再びオークの視界からカレンは消える。またしても一瞬で消えたことに驚きを隠せないのだろう。

 しかし、残念なことにカレンにオークの醜い顔を見続ける趣味は無かった。高らかに振り上げた剣を一気に縦に一閃する。

 ずりゃ、とオークの肉体が綺麗に二等分にされた。綺麗に脳天から内臓、股にある巨大なイチモツまで一直線に分かれる。

「二匹目」

 最後の一匹に向かって呟く。

 オークにとってみれば「次はお前の番だ」という死刑執行人の言葉。

 醜いオークの顔が恐怖でさらに醜く歪んでいく。

「お、おい待ってぐれッ! 俺はまだお前に何もしてないっ! 殺さないでくれっ!」

「そう、なら命乞いをしてみたら」

「ぶ、ブヒィッ! ブヒィ!殺さないでください! 助けてくださいっ! ぶひぃ! 何でもしますからぁ!」

 カレン自身もこれほどまで冷酷になれるとは思っていなかった。

 しかし、静かなる怒りは収まらない。

 オークは生きる希望を得る為にすぐさま四つん這いになり、その場で命乞いを始めた。オークの必死の形相もあり、惨めに命乞いをする家畜の様であった。

 それが我慢ならない。何故、うら若き乙女の純情をなぜこのような汚らわしいオークに奪われなければならないのか。

 怒りで頭が沸騰する。言葉のとおりカレンは激昂していた。

 酷い臭いだ。ある程度離れていても、微かに臭うオークの体臭。嫌悪感が全身を駆け巡る。

 もはや見るのも毒だ。

 斬首刑を行う執行人のようにカレンはオークに近づいていく。

「ぶっ、ブヒィッ!」

「何でもするというなら潔く死ね」

 カレンはギロチンの如く剣を振り落とした。ただただ、力任せに振り下ろした一撃。技術やテクニック等は一切無い暴力の一撃。

 剣はオークの脳天を切ることなく、めり込んだ。

「ゥ………グゥ……」

 オークは僅かながら命を紡いだが、もはや長くはない。

「死ぬまで後悔し続けなさい」

 今すぐ死ね。そう思うも、血を払い、剣を鞘に戻す。頭に血が上りすぎていたかもしれない。

 本来であれば、命乞いなどさせず、すぐに殺すはずだった。

 しかし、簡単に許す事は出来なかった。

 感情に流されてはダメだと思っても体は欲望に素直だった。

 命乞いをさせ、生き残る希望を見せ、絶望させる。

 とても人として許される行為ではなかった。

 しかし、それでも、そうしなければ怒りは収まりそうも無かったのは事実だ。

 カレンは来るべき相手のために操を立てている。

 だからこそ無理やり犯された少女の事を思うと怒りが収まらない。

 あんな汚らわしいオークのために操を守ってきた訳ではない。

 もし、自分があのオーク達に犯されたかと思うと全身に鳥肌が立つ。

 正しい行いであったのか?疑問と自己嫌悪に苛まれてしまった。

 故にカレンは襲撃に気付くことが出来なかった。

「ヴゥルァ!」

「えっ―――」

 獣の声と思える声が耳に入ってきた次の瞬間、カレンは空を飛んでいた。いや、飛ばされたと表現するのが正しいだろう。腹を殴られたのだ。その殴られた威力で空を飛んでいたのだ。

「がはっ!」

 受身も取れず背中から地面に落ち、背中が叩きつけられる。肺から酸素がごっそりと抜け落ち、呼吸が出来ない。口からは言葉にならない音が出ている。腹には鈍い痛みが襲っている。

 何が起こったのか。突然の出来事に思考が痛みに蹂躙される。

 痛みに耐えながら目を開けると視界に入って居たのはヘルムやレッグ、アーム等の鉄の鎧を身にまとった小柄な人影。しかし、ボディに鎧は無く、半裸であり、よく見れば肌の色は緑色、つまりオークである。

 だがそれをオークと呼ぶにはあまりにも異端すぎた。

「ウガアアァァッ!」

「ごほおぉっ!」

 マウントポジションを取られ顔面に一撃が入る。二撃、三撃、四撃。

 顔を中心に痛みという根が張りめぐらされていく。

 呼吸が出来ず、思考も、心も、全てが痛みで染められていく。

 意識が薄れていく。先ほどまで痛みが支配していたのに今は痛みを感じない。

 ただただ殴られ続ける。何故自分が此処に来たのかすら分からなくなっていた。

 死。これが、死というものか。カレンは朦朧とした意識の中で死を感じ取った。

 今までの記憶が駆け巡る。走馬燈というものだ。まさかこの若さで体験するとは思わなかったであろう。楽しかった思い出。悲しかった思い出。いろんなものが溢れてくる。

 魔物を決して侮ってはいけない。剣を教えてくれた父が何度も、何度も言い聞かせてくれた事だった。軽く受け止めていた訳では無かった。このままじゃ父に会わせる顔が無い――合わせる顔は無いけれど、このまま会えなくなるのはとても悲しい。

 まだ小さかった頃、夜の闇が怖くて泣いていた。母は優しく抱きしめ子守唄を唄ってくれた。母に抱かれた温もり――忘れていたわけではないけれど、それを思い出し、愛される暖かさを思い出してしまった。

 今までの記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、どこかへ消えていく。

 このまま私は眠っていいのだろうか……。

 自問自答する。答えなど、出ているではないか。

 全身に痛みが蘇る。まだ生きている証拠だ。目を開けば視界は血で染まっている。

 オークが依然としてマウントポジションを取っており、鎧を着けたオークの鉄拳がカレンの顔面に突き刺さろうとしていた。

 しかしオークの拳がカレンの顔面に突き刺ささる事はなかった。カレンの手が鉄製のアームガードごと腕を握り潰した。肉が潰れ、骨が軋む音がオークの腕から鳴る。

「ガ…アアアァァ!?」

 オークは咄嗟にカレンの手を殴り飛ばし逃げるように飛び跳ねた。

 死ぬ寸前であった相手が突然、復活したのだ。完全に死の底まで追い詰めていたはずなのだ。

 だからこそ、なぜ攻撃されたのか理解出来なかった。

 それと同時にオークは目の前にカレンが剣を構え、此方に斬りかかろうとしているのが理解出来なかった。当たり前だ。先ほどまで一方的に殴られ、寝ていた相手が、何故、此方に剣を振り下ろそうとしているのか。一体どうやって?どのように一瞬でここまでどのように距離を詰めた?

 この一瞬の思考がオークの未来を変えた。

 左肩から腹へ。カレンの刃がオークの血肉を裂いていく。

 湧き上がる様に、斬られた線から紅い鮮血が溢れ出し、地に勢いよく滝の様に流れ落ちる。

 オークの体が背から地に落ちると、傷口から溢れた血で水溜りを創りあげる。

「ガッ……ガウゥ……」

「私の……勝ちよ……」

 勝者はカレンだった。だが勝者のカレンも酷い有様であった。

 顔は血まみれで、意識も朦朧としているのか立っているのがやっとであった。

「不意打とは……汚らわしい……オークにお似合いね……」

「何トデモ……言エ……! 私ハ、仲間ノ……為……ナラ……何デモ……スル……!」

「仲間……?あんな……奴らが……? 信じられないわね……」

 このオークは仲間の為に戦ったという。

 カレンには信じられなかった。オークという汚らわしい存在が、仲間の為に戦ったと言う事実が。自分と同じ、「誰か」の為に戦ったという真実が。

「人間、オ前ラ……ニハ、分カルマイ……我ラ……一族ハ、仲間デアリ……愛スルベキ、家族……血ナド……継ガリ、無クトモ……!ソコニ……絆ガ、アル……!!」

 もはや死ぬ事しか残されていないオークが弱々しくも、それでいて力強く立ち上がり、殺意をカレンに突き刺す。

「私ハ、オ前ガ、憎イッ……! 仲間ヲ……殺シタ、オ前ガッ……!」

 仲間を殺したカレンが憎い。オークの顔は鉄仮面で見えなくとも、カレンに対する憎悪で溢れているのだろう。夥しい量の血が、悍ましいまでの殺意が、オークからあふれ出る。

 オークの命の火は風前の灯である。だが火は消える瞬間こそ激しく燃え上がる。

「そう……ならあの世で……あいつ等に……言っといてくれないかしら……」

 カレンは剣を構える。冷静に、ただ、殺すだけ。首を斬るだけ。

 このままオークは放置しておいても死ぬだろう。だが、それでは駄目だと。

 自分が殺さなければ駄目だと。カレンは何故かそう思った。

「私は愛する国民を傷つけたお前らが憎い……って」

 オークの首が飛ぶ。オークの体は重力に逆らえず、崩れ落ちた。


「私も……所詮はオークと同じか……」


 カレンは血に染まった世界で首の無いオークの亡骸を見て呟いた。

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