第30話 日常への帰還
「ッ、ミクル……! ちょうどいいところに来た。不甲斐ないが俺一人じゃ倒せないらしい。アダムの目を覚ますのを手伝ってくれ」
シバケンは早口にミクルへと戦闘に参加するようにうながした。
ビクッとして、ここでミクルに参戦されたらかなりやばい事になると悟る。
これはもう決着は置いておいて、逃げても良いんじゃないだろうか?
殺されなければ別に俺はいいんだ。
「私は参加しない、というかどっちかっていうとアダムの味方をするけど、それでいいの?」
「…………は?」
段上から散歩でもするような軽い足取り降りてくる少女は、信じられない言葉を平気ではきすてた。
「え、ミクル、俺の味方してくれるのか?」
嬉しさで顔がだらしくならないよう気をつける。
気持ち悪いとか言われたらショックで死んでしまうからな。
「うん。やっぱり恩人をみすみす見殺しにしたら夢見が悪いもの。私、悪夢嫌いなんだ」
「う〜ん、パパ嬉しいなぁ……」
「そのパパってのやめてくれない? 本気で気持ち悪いから、全然笑えないし」
「そんな言う……? 流石に辛すぎないかい?」
絶望に心も体も打ちひしがれた俺。
だが、ミクルはかたわらに来て、いたずらにニカッと笑ってくれた。
それだけでもはや、何を言われようと耐えられるような気がしてしまうのだから、本当に俺はどうしようもない男だと思う、
「待て待て……二人で解決するな……そいつを生かしておいたら、また悪夢が発生するかもしれないんだぞ?」
シバケンはよろよろと立ち上がり、汗の滲む辛そうな表情で訴えかけてきた。
「アダム、お前がいる事でこっちは迷惑なんだ、頼むからさっさと死ねよ」
「おい、段々雑になってきてるぞ、シバケン」
「シバケン、私があなたの味方してアダムを殺せたとしてーーまぁ楽にぶち殺せるけど、シバケンはそんなんで満足なの?」
ちょっと口調の厳しいミクルだが、俺を味方してくれてるという事実があるので良しとする。
「手段なんて関係ない」
「嘘が下手だね。ポーションなんて渡して回復させたのはどこの誰?」
「あれは空き瓶が使いたかった、だけだ」
しょんぼりして段々と、勢いのなくなっていくシバケン。
ミクルはこれでもかという程にキャンキャン、と追い詰めシバケンを完全に萎縮させてしまった。
「でも、ほら、俺、おじいちゃんとか同僚に報告しちゃうよ? ミクルが結社をぬけて駆け落ち逃亡しましたって。相手は中身おっさんのロリコンって」
「ッ⁉︎ 馬鹿な噂巻くなぁ‼︎」
ミクルの強烈なハイキックがシバケンの頭を弾き飛ばす。
「ぬーんッ⁉︎」
シバケンの体がふわっと浮き、数メートルふっ飛んだのち、動かなくなった。
「さて、と。行こっかアダム」
「ん、行くってどこへ?」
ミクルは
「そんなの、ロドニエス騎士学校に決まってるじゃん。朝のうちに寮に戻らないとまた外周させられちゃうからね」
馬に跨り、ミクルは後ろに乗るように手を差し出してくる。
驚くほど普通なことを異常な状態でいう。
すぐそばに片腕千切れて気絶する重傷者がいるというのに。
「彼は大丈夫よ。絶対こんなんじゃ死なないし、どうせ腕も生えてくるんだから」
「ぇ、生えるの、こいつ本当に人間なのか?」
「吸血鬼の血が入ってるし……それに、そいつ転生者だから特別なの」
寝転ぶ黒革コートの男を見下ろして、目が三つないか確認する。
まさかシバケン自身も俺と同じ別世界からやってきたいたとはな。
となると、存外に彼は俺より年上だったのかもしれないな。
「なにボーっとしてんの? それより求道するんでしょ? ならもっと鍛えて鍛えて鍛え抜かないと。
そうじゃなきゃ本気のシバケンには手も足も出ないと思うよ?」
ミクルの手を取り俺は馬に騎乗した。
小さな背中に寄りかかり、腰に手を回してしっかり掴まる。
途端、眠気がどっと襲ってきた。
このまま泥のようにいくらでも眠れそうだ。
ミクルは鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌で馬を発進させた。
こんな終わり方で良いのだろうか?
学校にいたらシバケン追ってくるんじゃないか?
色々考えなくてはいけない事が山積みだ。
けれど、今くらいは寝たってバチは当たらないはず。
規則的に揺られはじめる馬の背中。
俺は遠ざかるシバケンへ視線を送った。
「また悪い夢を見たなら、俺を呼べよ。いつだって助けてやる」
次回は自身の尻拭いも掛けた戦いだ。
生かしてもらった分、しっかりと働かなければいけまい。
それに、義理を抜きにしてもーーやつは友人だ。
困った時は助けてやるねば友達失格だろう?
「さぁ、ココアちゃん、『道』に入るよ‼︎」
「ヒヒィィィンッ‼︎」
「……ん?」
高らかにいななき。
突然の浮遊感に見舞われる。
あれ、そういえば花畑の端っこって崖だったような。
急速に冷えていく俺の肝。
怖気付きミクルの小さな腰をぎゅっと抱き寄せる。
「お前、向こう着いたら絶対に馬刺しにしてやるからなぁぁぁあ⁉︎」
「ヒヒィィィンッ‼︎」
白い花が咲き誇る断崖。
飛び降りた馬とその騎乗者たちは、ずっと遠くまで響く悲鳴とともに、どこかへと消えてしまった。
夢と悪夢の罹患者:若返った52歳の達人は二度目の人生も修行にあてるようです 〜完〜
夢と悪夢の罹患者:若返った52歳の達人は二度目の人生も修行にあてるようです ファンタスティック小説家 @ytki0920
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