第29話 お前の知らない宇宙
砕かれた小瓶の破片が高速で投じられる。
顔面を狙った目潰しか。
「ふんッ‼︎」
重心を落とし、しゃがみで回避。
同時、地を這うような低姿勢から居合の構えを見せるシバケン。
鋭すぎる紅い眼力がたしかに光ったように見えた瞬間ーー剣閃が天へと駆け上っていく。
喉元に迫る神速の不可視の刃。
その刃は速すぎるがゆえか、周囲の空気を縮ませスパークのようなモノを纏っている。
こんなモノを食らえば即死は免れない。
そう確信させる、この武神がたやすく斬り捨てられる鋭さを覚悟する剣撃。
狙われる首元に「
さらには同時に後ろへ自ら飛ぶ事で衝撃を和らげる。
俺のできる最善手だ。
ーーバァギィィンッ‼︎
「あぐ、ぅウッ!?」
凄まじい火花を散らして、舞う白花とともに遥か後方へ俺はぶっとばされる。
大気の爆発がおこり、俺以上に激しく、プラズマに焼かれた白花たちが散り飛んでいく。
「ぐっ、ぼほぉッ‼︎」
首を斬られた。
傷は深く、うまく凌げたのは言いがたい。
俺の全力ガードと回避術を併せ持ってしてもダメージを避けられない事実。
ポーションの後味をかき消して、血の味しかしない口内。
それは絶望とともに、俺に感動を与えていた。
「ぅぅ、世界って広ぇなぁ……孤独の強さだと思ったが、こんな遠い場所で上にいる奴に会うんだからなぁ……がほっ!」
吐血、冷や汗が止まらない。
間一髪でのけ反って、致命の剣撃を
久々だ、自分よりも強い者との戦いは。
命の賭け引き、魂のぶつかり合い。
言い方はなんだっていい。
そうさ、思い出した。
俺が武を始めた時、俺は挑戦者だったんだ。
初めは世界中の格闘大会に出て、格下を倒すための技じゃなかったはずだ。
これが俺の望んだ戦いーー挑戦だ。
「いやはや、この歳になっていくつも新しい事に気づかされるな」
「俺の居合いを受けて息のある奴は久しぶりだ。いい目をしてる」
「はぁ、よし。やってやる……うぉぉお‼︎ 若造がぁぁ……年季が違うんだよ‼︎ オラ、いくぞクソガキ‼︎」
この体にも馴染んだとはいえ、半世紀連れ添った肉体との差は歴然。
操作性悪し、膂力は衰えたとはいえ遥かに元の体の方が良かった。全盛期には遠く及ばないだろう。
だが、だからどうした?
試合に常にベストコンディションで挑める奴がどれだけいる?
調子が悪かったら戦いを避けられるのか?
そんなのはスポーツマンだけだ。
俺は武の極みを求めたーー求道者たる
やってやる、戦いで死ぬのなら本望だ。
間合いを詰め、身につけたあらゆる技を行使する。
呼吸を合わせ、完全効率に打ち放った拳。
シバケンは流れるような所作で刃を合わせてくる。
刃と拳、一見こちらが不利だがそんな事はない。
しっかりと「鎧圧」で拳を覆えば、ガード時の刃をごときではどれだけ鋭くても斬れはしまい。
「俺は‼︎ この世界でやり直す‼︎ 修行も家族も‼︎」
「ミクルのことか? そんな偽物の親子ごっこをして何になるっていうんだ。あれはお前の娘じゃないぞ‼︎」
上段から振り下ろされる神速に煌めく光の刀。
地を蹴って飛び上がり、刃が加速する前に白刃どりでとめる。
上段からの速度が乗ったら絶対に避けられない。
同時、シバケンの顔面に蹴りを打ち込み吹っ飛ばす。
「どうしたァッ‼︎ もうバテて来たのか若造が‼︎」
「くっそ、はぁ、はぁ、まだ、体力が、はぁ……!」
荒く息をはき、狼姫刀を構えなおすシバケン。
俺の目から見ても、彼は見た目ほど元気ではない事は手合わせてすぐにわかった。
先ほどからどんどん剣速が落ちている。
巧みな手元の操作で誤魔化してはいたが、明らかにパワーが足りていない。
このシバケンという男もまたベストコンディションからほど遠い体調なのだろう。
およそ灰色世界での疲労からわずかに回復した程度であって、高重量の「
「ここら辺でやめとくか? 今なら顔面をボコボコに砕くだけで許してやるぜ、若造?」
「ほざけッ‼︎ まだ何も終わっていないさ、転生者‼︎」
シバケンは地に刀を差し、両手を構えた。
左手をだらりとさげ、右手を顎近くで引き絞った構えだ。
見た事はないが、ネオボクシングの一部の人間があんな構えをするというのを聞いたことがある。
「ほう、徒手空拳でこの俺と戦えると?」
「当たり前だろう。俺はレザー流狩猟術の継承者だぞ、ザコ世界の三流格闘家が」
「ほぉ、言うねぇ、試してみるかい」
シバケンは真っ直ぐに突っ込んでくる。
素早く左手がしなり、拳打のモーションにはいった。
跳ね上がるような軌道、鞭のようだ。
見切るのは難しい。
ここはガードだなーー、
ーースパバァァァンッッッ‼︎
鼻先で爆竹のような破裂音が発生。
「ぼ、へぇえッ⁉︎」
空気の層が破裂する小気味好い音が花畑に響きわたった。
血潮を噴き出し焼ける激痛に耐える。
おかしい、とっさに両手で顔面を覆ったはずだ。
なのに、打ち込まれる嵐のような拳撃に「鎧圧」が悲鳴をあげて、瞬きのあいだに砕かれた。
防御力を突破された前腕は晴れ上がり、皮膚が裂けて出血し始めているではないか。
「あり、えない、なん、だ、これッ⁉︎」
「ふぅぅぅ……俺の拳の味はどうだ?」
ジンジンと骨の髄まで痛む両腕で、牽制のワンツーを放ち、シバケンから距離を取る。
瞬きしていなかったはずなのに、俺は数十発の打撃を受ける事を許してしまった。
このアダム・ハムスタが?
打撃戦で剣士に遅れをとった?
そんなことがあり得るのか?
シバケンはそれほどの連打力と「鎧圧」を突破するほどの、超威力の拳を瞬間で打ち込んできたというのか?
「は、はは……遥か怪物、恐れ入った、ぅ……っ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……俺は人間だ……少し血が混じってるが」
畏敬の念を込めた褒め言葉のつもりだったが、妙な訂正をされてしまった。
自身が人間である事に誇りを持っている表れか。
「だが、おっさんも負けてられねぇな……ッ!」
気力を回復させ反撃ののろしを上げる。
縮地でシバケンに突撃し、おお振りの右ストレートを打ちこんだ。
もたろんこんなモノは避けてもらう前提の
「ぐぁ、そんなパンチ効くかぁ‼︎」
「あ、受けるのかい!」
簡単に避けられるはずの拳だったが、シバケンは腕を盾にしっかりガードしてしまう。
どうしてそんな事を?
もしや……もう避けるほどの体力すらないのか?
そう思った瞬間、思考の半分は正解だとわかった。
だが、もう半分の答えは予想外のところからやってきた。
「なに⁉︎ 衝撃力を⁉︎」
打ち込んだ右ストレートの衝撃がシバケンの「鎧圧」をつたって、彼の右腕へ誘導されていくのがわかった。
受けた衝撃力をそのまま跳ね返す「秘技・仙道返し」によく似た技だ。
「こんなもん、この世界じゃ珍しくもねぇぇよ‼︎」
シバケンは辛そうに吐き捨て、衝撃力の蓄積された
威力が相当乗っているのは明らかだ。
直撃すれば身体欠損レベルのダメージになるだろう。
俺は腹をくくった。
「やるしかねぇッ‼︎」
打ち込まれるシバケンの左拳を左手のひらで包み込む。
つたわってきたのは爆発しそうなほどの暴走衝撃力。
俺の右ストレートと、シバケン自身の膂力が上乗せされたスペシャルパンチというわけか。
カウンター時に自分の分の力も乗せれば、さらに威力が上がると……なるほどな、勉強になる。
感心しながら、左手のひらからつたわる衝撃を自身の「鎧圧」へ逃がす。
ここでキメなきゃ男じゃない。
喰らえよ「秘技・仙道返し」ーー!
「あぐ⁉︎ クソ、返力がはえぇ⁉︎」
スペシャルパンチの威力を巡らせ、全てシバケンの左腕にお返しする。
たまらず、返された威力は暴走してシバケンの手首、肘、肩関節を同時にに爆発させ、砕け散らせた。
「ぐぅぁあッ‼︎」
白い花畑が一転ーー朱色に染まり、血肉の香る凄惨な現場が出来上がる。
シバケンは激痛からか左腕を抑え膝立ちに。
その瞳にはいまだ戦う意思が宿っている。
「動きが鈍い、繊細さも落ちてきている。シバケン、勝負あったな」
「ぐぅぅ、はぁ、はぁ、腕一本砕いたからって勝ち誇ってるんじゃねぇ……はぁ、はぁ」
強気に言い返してくるが、俺とシバケンの余力の差は歴然としたものがある。
そんなこと素人目に見てもわかるだろうに。
誰か、誰かにこの戦いを止めてもらいたい。
でなければ、俺はシバケンを殺すまでこの男に降伏させる自信がない。
俺は、コイツを殺したくはないのだ。
「そこまで、シバケン。もうあなたの負けよ」
俺の懇願に応えたかのような間のいい声が花畑に差しこまれた。
背後、遺跡階段のうえから聞こえるのは高い声。
それは愛らしい響きを持つ少女特有の声音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます