第28話 最後の仕事
「良い場所だ。この可愛らしいお花が怪我に良い薬草だったりするのか?」
肩をすくめロマンチックの似合わないシバケンを揶揄するにようにからかう。
「……」
けれど、普段のお調子な返答はなかった。
シバケンならにくまれ口で返してくると思ったのだが、なんだか肩透かしをくらった気分だ。
シバケンは白の花畑の中央までくると足を止めた。
そして踵を返し、おもむろにこちらへ振り返った。
「アダム、仕事は完了したな。約束の報酬を受け取れ」
「なんだよ、花束なんて貰ったって嬉しくないぜ?」
「ふん、そんなスカした報酬を用意する気はない。安心しろ」
シバケンは薄く微笑むと俺を指差して言葉を続けた。
「求道者たるアダム・ハムスタが一生遊んで暮らせる報酬ーーそんなものは限られている」
「というと?」
「その体、このセントラ大陸がゲオニエスに生まれ落ち生きてきたアダム・ハムスタの体以外ないだろう」
「ほう……それはつまり」
なんだか胡散臭くなってきたシバケンの喋り方に嫌な予感を覚える。
「そのとおり。報酬はその体だ。若く活力にあふれた肉体なら、武の探求もはかどるというものだろう?」
「最後まで詐欺師みてぇな野郎だな。お前とは一生契約しねぇよ」
途端に吹き出すように笑いが溢れててきた。
腹の底から楽しい気持ちが溢れかえってくる。
シバケンも堪えきれずいった様子でケラケラと楽しげな笑い声を白い花畑に響かせた。
やはり勘違いではなかった。
シバケンとは分かり合えていたようだ。
「あぁー、悪いな。なかなかトンチが効いていて良い報酬だと思ったんだが」
「はは、それはただのズルだろうに」
シバケンはひとしきり笑うと、スッと顔を引き締めた。そして懐から何かを取り出し放り投げてくる。
「稀代の錬金術師テルマンティの最高級ポーションだ」
「なんだ、持ってるなら初めから渡せばよかっただろ」
ポーション小瓶を受け取り、真っ赤に染まった液体をグイッと飲み干す。
苦く、辛く、とても美味しいとは言えない。
けれど癒しの効果は抜群だった。
体の内側から広がる熱が破壊された左足を急速に回復させていく。
「信じられん。こんな簡単に傷が治っちまうなんて。ありがとな、シバケン。これ返すぜ」
高そうな容器の小瓶を放り投げてシバケンに返す。
シバケンは小瓶を難なくキャッチした。
彼は受けとめた小瓶に視線を落とし、じっとそれを見つめた。
しばらく沈黙がつづくと、彼はおもむろに口を開いた。
「……夢はいつか覚めるものだ。そうは思わないから、アダム」
「夢、か。そうだな、夢とはいずれ覚めるものだ」
シバケンの詩的な言葉を肯定し、朝日を背後に佇むシバケンに笑いかける。
「そうだ。いつか終わるものなんだ。それが先の見えない悪夢でも、羨望した機会に立ち帰れた心地よい夢でもな」
「あぁそうだな。……む」
温かみを感じない平坦な声音。
シバケンは手に持つ小瓶をじっと見つめ、こちらを向かずに呟きつづける。
「アダム、俺の仕事はまだ終わってない」
「…………そうか」
彼はこちらの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。
俺はその紅い視線、呟きから彼の意思を敏感に察知し、知ったーーだからこそ、動揺した。
ーーチャキッ
しっとりした黒髪をかきあげ、男は鞘から輝く刃をのぞかせる。
それすなわち、シバケンは戦う気なのだーー俺と。
「シバケン……訳を聞いてもいいか?」
「言ったただろう、アダム、これはただ
「夢、か。ならばお前との間に感じた友情もぜんぶ幻かい?」
納得できない。
これが夢じゃないことなんてわかっているだろうに。
俺だって最初は夢か何かと思った。
だけど、これは現実だ。
俺はたしかに生まれ変わったはずなんだ。
「はは、勝手に呼び出しておいて、用が済んだら始末するってか? え? ずいぶんと良いご身分なこったな」
「そうさ、これは最初から決まってた事だ。世界に歪みが生まれれば、かならずそのしわ寄せがどこかに行く。だから大人しく死んでくれ、アダム・ハムスタ。そして元の世界で日常に目覚めろ」
「随分な言いようだ。そもそもだな、シバケン。不解を倒せないお前ごときに俺が殺せるとでも?」
三千階段を昇るだけでバテていたシバケンごときに、この俺が負けるはずがない。
この男は実力を取り違えているんだ。
シバケンは俺の発言に一瞬キョトンとし、大きなため息をついて薄く笑った。
「はぁ……物を知らないとは憐れな事だな。ふぅん、良い機会だ、アダム。
言葉が紡がれた刹那。
直立したままのシバケンから、力の波動がほとばしる。
「ッ‼︎」
果てしなき鋭利さをもった気迫。
研ぎ澄まされた一振りの鋼がごとき硬質な殺気。
シバケンはあの域にいるとでもーー?
ーーパリンッ
彼の手の内から聞こえたガラスの割れる音。
それがはじまりたった。
今、開戦の火蓋は切って落とされたのだ。
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