五月晴

鳥位名久礼

五月晴

五月さつき晴れって、五月じゃないんだって」

 空を見上げて、ふと呟く。

「ほら、昔は旧暦だから一ヵ月遅れでしょ?」

 少し後ろを並んで歩いている彼の目線を感じて、私も歩調を落として振り返る。

「皐月は梅雨の盛り──五月のさわやかな日が続く季節じゃなくて、今日みたいな、梅雨の合間にちょっと晴れた日のことなんだって、もともと」

 淡く筋雲のかかった青空。穏やかな微風。

 昨日まで降り続いた雨が道に水溜まりを残し、葦の葉もしっとりと露を帯びている。

 こんな日が、続くといいな……。


 恋なんてしないほうがいい。友達だって見つけるのが大変なのに。

 ときおり、自分がひとりぼっちに思える。

 別段友達は少なくないけれど、心底気が合って、本当に私を理解してくれる人はいない。

 恋は友達付き合いよりも深い人間関係。少女漫画やドラマみたいに、心から理解しあいたい。

 そんな人、いないよね。

 だから私はお気楽に恋なんかしない。できない。

 そう、思っていたのに──。


 いつ頃からだろう。彼と帰り道をともにするようになったのは。

 別段なにを話すでもない。二人並んで帰るだけ。

 その些細なひとときが、無性にいとおしく思えた。

 無性に儚く思えた。


 日は長くなったといえ、さすがに暮れかけている。

 束の間の、さわやかな日。

 明日にはまた雲が立ちこめ、雨の続く日に戻る。

 そして梅雨が明けたら、とたんに厳しい日差しが降り注ぐ。

 だから、今はこの一歩をゆっくりと──

 通り過ぎてゆく春の面影を惜しむように。


 ぬくもりをもう少しだけ……

 五月晴

 今は刹那のこのひとときを──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

五月晴 鳥位名久礼 @triona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ