ひとりコックリさん
藤原アオイ
ひとりコックリさん
「こっくりさんこっくりさん、東の窓より入り私の元へおいでください。いらっしゃったら、<はい>まで動いてください」
最初はただの出来心だった。
ひとりこっくりさん。一時期ネットの掲示板で話題になっていたという心霊現象。A4サイズの紙と十円玉さえあれば、コンビニ感覚で霊を召喚できるというあれ。
スマホでその画面を見てしまった瞬間、やってみたいなと思ってしまったのが事の始まり。
本当に霊を召喚できるのか、それを知りたかったわけではない。ひとりでこっくりさんをしたときにどうなってしまうのか。それが気になって眠れなかったのだ。
幸いなことに、コピー機に補充するためのA4サイズの紙のストックはまだたくさんある。戻るなら今しかない。
でも本能が知的好奇心に勝てるはずもなく、真っ白な紙は部屋の中央のテーブルに置かれてしまう。間違いなく私の手によって。
ちょうどペンケースに入っていた赤いボールペンで鳥居を描き、その両端には黒で「はい」と「いいえ」という文字を書く。
「あとは五十音の表と、数字を書けばよかったんだよね……」
少し掠れた筆跡。このペンはもう使い物にならないようだ。もともと書類を書くには使えないペンだったからインクが切れてもそこまで困らないのが唯一の救いだろうか。
真っ黒なサインペンを袋から取り出して、小学校でしか見ない五十音表を書いていく。
あいうえお、改行。かきくけこ、改行。
ワ行まで書いてから、下に数字を入れていく。零から書こうか、一から書こうか。どちらにしてもそんなに変わることはない。だったら一から書いてしまおう。
中二チックなローマ数字ではなく、オーソドックスなアラビア数字。漢字で書ければ一番カッコ良かったのかもしれないが、そこに時間を割くわけにもいかない。
サラサラと紙を走るサインペン。書き心地は悪くないが、裏写りが少し怖い。油性のネームペンよりはずっとまともだけれど。
「ふぅ、完成。あとは十円玉をおく……前に窓を開けて……」
ネットの記事では一つ、もしくは二つの方角の窓を開けるべきだと書いてあった。そうしないとコックリさんが入れないらしい。
伝説にそんなリアルな設定を組み込む必要性を探しつつ、しっかりと窓だけは開ける私。ちなみにこの部屋には東向きの窓しかない。そのせいでカーテン選びは少し大変だった……という話は今する必要が無さそうなので割愛する。
「よし、これで準備完了っと」
緊張なんてしていない。ただ開いた窓から冷たい空気が入り、頬を撫でていくだけ。銅で出来た硬貨が映す部屋の電灯の光。
「それでは、始めましょうかっ!」
心なしか多くなっていくひとりごと。揺れ動くのは瞳に写る近くの風景。
「――こっくりさんこっくりさん、東の窓より入り私の元へおいでください。いらっしゃったら、<はい>まで動いてください」
赤い鳥居、その上に乗せられた十円玉がゆっくりと動き出す。行き先はもちろん〈はい〉という文字。とりあえず成功ということだろうか。
「コックリさんコックリさん、鳥居の位置までお戻りください」
素直に赤い鳥居に向かう指。もちろん力を入れるなどといったズルはしていない。
「それじゃあ、質問始めようかな。コックリさんコックリさん……まずは私の年齢を教えてください」
まずはベタな質問から。同級生とお役所の人くらいしか知らないであろうこのクエスチョンであれば、コックリさんも答えられないに違いない。
その証拠に、十円玉は一と二の間をふらふらと彷徨っているのだ。少し一の方に近づいたかもと思ったときには、二の方に動いていく。どこまで焦らされればいいのだろうか。
いろいろあってキレそうになる間近、唐突に指が二という数字の上に動く。十の桁は二、一の桁は一。コックリさんは確かにそう言った。悔しいけれど大正解。
「コックリさんコックリさん。鳥居の位置までお戻りください」
悔しがる私を見て満足したのだろうか。コックリさんはゆっくりと赤い鳥居に戻っていく。鳥居の上で硬貨が小刻みに震えたのはきっと気のせいなのだろう。
「コックリさんコックリさん。アメリカの第三代大統領を教えてください」
こんな意味不明な質問だったり、
「コックリさんコックリさん。猫耳と犬耳のどちらが可愛いか教えてください」
こんな刺さる人にしか刺さらない質問もしていた。ちなみにコックリさん的には狐耳がいいらしい。
もうかれこれ数百問は聞いた頃だろうか。窓から入ってくる風が氷のように冷たくなっていた。もう朝なのか、そう思いながらコックリさんを終わらせようとする。
「コックリさんコックリさん。ありがとうございました。どうぞお戻りください」
すぅーっと滑っていく硬貨。この感覚にもいつの間にか慣れてしまっていたらしい。目的地はきっと「はい」と「いいえ」に挟まれた鳥居。
これで終わり。そう思った瞬間に、鳥居の上で硬貨が暴れだす。コックリさんのルールとしてそこに置いた硬貨を自分の力で動かしてはいけないというものがあるから、下手に動かすことも出来ない。
しばらくすると、暴走は嘘のように収まっていた。だが、コックリさんは終わっていない。そう思わざるを得ないことが起こってしまったからだ。
「こ」
「れ」
「か」
「ら」
「も」
「よ」
「ろ」
「し」
「く」
「ね」
書いてあったはずの鳥居は、コックリさんの帰り道は、熱によって跡形もなく消されていた。
ひとりコックリさん 藤原アオイ @no_title_Aoi
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