リリア救出

「リリア!」

 リリアはゼリーのようなもので包まれて、目を瞑っていた。抱き上げようとするが、スルスルと手から抜け落ちてしまう。

「リリア……」

「ボーッとするな! マリア!」

 後ろから追いかけてきたガイが気を纏わせた石を放つ。

 ゴフッと鈍い音が響いた。顔をあげると、痩せた男が額を押さえ、赤髪の男がニヤニヤしながらマリアを見ていた。

「追いつかれちまったな」

「俺は最初から逃げるより、やっちまう方がいいって言ってただろ」

「いいじゃねえか。これで大義名分ができるってもんよ」

 二人の男が立ち上がる。ガイの攻撃は石とはいえ、大気の気を纏わせたものだ。攻撃力もかなりあるはずなのに、脳に衝撃を受けてすぐに立ち上がれるはずがない。

「マリア! 伏せろ!」

 ガイの声とともに、リリアに覆いかぶさる。大砲の弾が頭上を通っていく。ビルの大砲だ。

 リリアの寝顔が目の前に広がる。顔に触れて抱きしめて声を聞きたいのに、それもゼリーに阻まれて叶わない。

「リリア……」

 許さない。

 マリアの髪の毛がふわりと浮き上がる。

 ビルの弾を二人の男が避ける。

「うお! やっぱ、避けちまうな」

「おめえら! 寝返りやがったな!」

「お前らの仲間じゃねえよ!」

 メイが大鎌を片手に飛び上がり、マリアの頭上を飛び越えていく。遠心力を使って、小さい体とは思えない速さで赤髪の男に斬りかかった。

「おっと。危ねえな」

「なっ!」

 鎌を手でいなした赤髪が、ざっくりと切り裂かれた手の平を平静な顔で見る。

「本当に、痛くねえ」

 ニヤリと顔を歪める。

「チビ、退け!」

 ガイが今度は大剣で赤髪を斬りつける。それを難なく交わした赤髪が、腰から二刀の短剣を引き出した。

 痩せた男に気が集まってくる。

「ガイ! 危ない!」

 飛んできた空気の弾がガイに向かってくる。

「そんなものがあたる訳ないだろう!」

 ガイが避けようとしたその時、放たれた弾が途中で分裂した。

「グォ!」

 そのいくつかがガイに命中する。

「ガイ!」

 あんな芸当ができるのは、かなり上級の魔道士だ。ただ、それにしては魔法の気が小さい。

「ふはは。いい。いいな。この力」

 痩せた男が薄ら笑いを浮かべる。嬲るような4つの目がガイ、メイ、ビル、マリアを見る。

「死ね」

 呟いた声とともに、痩せた男が数多の弾を放った。赤髪の男はそれにあたることも厭わずに、メイに照準をあて斬撃を繰り出してくる。

「こ、いつ!」

 弾を避けながら二刀の剣をいなすのは短剣といえど難しい。メイも押されに押されている。

「メイ!」

 ビルが大砲を抱えたままメイを助けようと走り出す。

「うおおおお!」

「ビル! 突っ込んじゃダメ!」

 マリアの制止も虚しく、大砲を鈍器として振り上げたその腹に空気の弾がめり込んだ。

「ビル!」

 痩せた男が手を宙にかざしている。

 ──飛ばした弾を操作している!

 あり得ない。放出された魔法の軌道を変えるのは、何もないところから魔法を出すのと同じくらいあり得る話ではない。

 マリアは腕の中のゼリーに包まれたリリアを横たえる。呼吸とともに規則正しく肺が動いている。

「ちょっと待っててね」

 ゼリー越しにリリアの顔に手を伸ばす。傷こそない。

 リリアを残したまま、地面に倒れ込んだビルに駆け寄った。衝撃に気を失っているだけなことを確認し、ビルの頭とお腹にキュアをかける。これで、気付けにもなるはずだ。

 許さない。許さない。

 ビルに手をかざしながら、マリアはふつふつとお腹の奥底で炎がたぎるのを感じていた。

「っに、してくれて、んだ!」

 赤髪がマリアに振りかぶった剣を、ガイが大剣で受け止める。

「お前の相手は俺だっての!」

 振り払った短剣ごと体をバク転させ、赤髪が後退する。

 体のあちこちから血が出ているのに、身のこなしは鮮やかだ。

 ガイが赤髪が着地した一瞬を見逃さずに大剣でその足を払った。体勢が崩れた赤髪をそのまま斬りつける。一連の攻撃が型どおりに赤髪を襲う。

 これで、一人。

 ビルを癒しながら、マリアは自身の目を疑った。

「ありえない……」

 赤髪が何事もないかのように立ち上がる。斬り付けられた傷は致命傷ではないまでも、立ち上がれるはずがない。だらだらと流れる血が地面を汚し、けれど赤髪の男だけがその傷が幻覚かのように平然としている。

「メイ!」

 気がついたのか体を起こしたビルが立ち上がると同時に駆け出した。

「ビル!」

「うらああああ」

 その先には、痩せた男に弾を浴びされながらうずくまっているメイがいた。

「メイから!」

 いくつもの弾をものともせずに、ビルがメイに一直線に進んでいく。

「離れやがれ!」

 大砲を担いだまま飛び上がったビルは、痩せた男の頭上目掛けて大砲を振り下ろした。

 鈍い音があたりに響く。痩せた男が衝撃で地面に倒れ込んだ。

 はあはあ、というビルの荒い息の向こう側で、痩せた男がゆっくりと立ち上がる。

「痛いじゃないか」

 うっすらと口元に残虐な笑みが浮かぶ。

「ビル……。逃げろ。ッグ、アアァ」

 メイの頬を痩せた男がグリグリと踏みにじる。

「メイ!」

「黙ってろ。気が散るだろ」

 痩せた男の周りに、空気の弾がいくつも浮かび上がる。十、百、千……。

 その数と同じスピードで、マリアの気も高まっていく。

 許さない、許さない。許さない。

「おいおい、あの数が飛んできたらただじゃすまねえぞ」

 ガイが赤髪と剣を交えながら、後退する。顔や腕に傷ができている。メイは地面にうずくまり、ビルは先ほどの腹への打撃のダメージが響いてきたのか、立っているのも辛そうだ。

 傷は確実にできている。それをダメージと感じないだけなのだとしたら。

 ──まさか。

「ガイ、リリアをお願い」

「マリア!?」

 赤髪がガイの剣を弾く。カラカラと地面に転がった剣とともに、ガイが地面に転がり、リリアのもとへと走る。それを横目で確認しながら、マリアは身体中にさらに気を溜めた。

 大地や大気、そして自分の中に眠る生命の気。

 マリアの髪やローブが重力に逆らってふわりと浮き上がる。

 ゼリーに覆われたリリアを見る。駆け寄るガイ。倒れたメイとそのメイに覆いかぶさろうとするビル。

「シールドでも張ろうってのか? 無駄無駄無駄!」

 許さない。

 嘲笑する男を見据え、右手をスッと前に出す。

 怯む様子のないマリアに怒りの琴線が触れたのか、痩せた男がマリアを睨み付ける。

「八つ裂きにしてやる。俺たちは強い!」

 痩せた男が弾を放ち、赤髪がリリアに駆け寄るガイの背中に向かって短剣を振りかぶる。

「デリート!」

 放った言葉はマリアを中心に爆発的な気を帯びて地面を走る。

 風が地面を駆けるように放たれると、痩せた男と赤髪に衝撃波としてぶつかった。

「何をやっても──」

 笑みを浮かべた男たちの顔が苦痛に歪む。

「う、うがアアアあああ」

 うずくまり地べたを這い回る二人を冷ややかな目で見つめる。

「加護は私には効かないわ」

「ッグ。話が、ちが」

 解除魔法。デリート。

 治癒などの状態変化を得意とするマリアの特大魔法のひとつ。

「この加護を誰にかけてもらったの?」

 男たちのダメージが入らない特異な状況は、異常魔法と対をなす加護魔法によって作られたものだ。リジェネも治癒系の加護魔法にあたる。だが、普通はいくらかのダメージを軽減するだけで、ここまでダメージを無効化できる加護魔法なんて聞いたことがない。 

「は! だ、レ、が」

「デリート」

「うぐ!」

「デリートは段階的にかけられる魔法なの。一気に解除したら死ぬわよ?」

 にっこりと笑いかけると、二人の男の顔が引きつる。一つも避けずに攻撃を受けていたのだからあたり前だ。しかも、それを一気に受けるとなると体にかかる負担は致命傷になりかねない。マリア自身にも負担がかかるので、普通はやらないが、今はべつだ。

「マリア、まさか、怒ってる……?」

 メイの小さな声が漏れ聞こえてくる。

 そう、許す気はない。

「私の子どもと仲間たちにしてくれたことを思えば、一気に解除してもいいんだけどね」

「ぐ、こ、んな、はずは」

「が、ぐ、いた、いたい、いたい」

 地べたに血が染み込んでいく。その様を見て、マリアは一つ息を吐いた。二人の近くに腰を落とし、手をかざす。

「おい、マリア!?」

「少しだけよ」

 ガイが信じられないと首を横にふる。わかってはいるが、リリアを抱きしめる手は正しいと思える手でありたい。

 二人にキュアをかける。少しは体が楽になるはずだ。

 驚きからだろうか、二人の男の目が見開かれる。

「お人好しすぎでしょ……」

 ビルが呟く。ビルとメイにもあとでキュアをしてあげなければ。

「誰が後ろにいるの?」

 ダメージを無効化し、おそらく他人の魔法能力さえも向上させるほどの加護を与える魔法。

 そんなことができる人間がこの世にいるだろうか。

「クリア、ウネさ、ま」

 呻き声をあげ続ける男たちが一人の名前を呼ぶ、と同時に何かの衝撃が体を襲ったかのように、体が大きく跳ねた。マリアが思わず退くと、二人はしばし痙攣し、そのまま、がくりと事切れる。

「……自爆魔法か」

「禁忌魔法の一つね」

 クリアウネ。それが、黒幕の名だ。

 二人の見開いた目をそっと閉じると、手を合わせる。

 立ち上がると、ガイとメイとビルも目を瞑っていた。

 ゆっくりと立ち上がる。何も、終わっていない。

 私がずっと求めていたものは。

 振り返る。ガイの横でリリアを包んだゼリーがゆっくりと揺れている。

 あれをなんとかしなければ。リリアを抱きしめられない。

「マリア……」

「ガイ、リリアを守ってくれてありがとう」

 リリアの横に座る。手をかざし、魔法を放つ。

「デリート」

「……マリア」

 手から血が噴き出す。

「キュア」

「マリア」

 そうか、そろそろ限界か。

「ストップ」

「マリア!」

 ガイがマリアの腕を掴む。ポタリとガイの腕に滴が落ちる。

「やめろ。さっきのデリートでほとんど魔法は使い切っているはずだ」

 ゼリーの上に顔を埋める。

 起きて、起きて。

「ごめん、ごめん、リリア。どうしたら、起きてくれるの?」

 安らかに眠るリリアの頬に触れることもできない。

 おはようを言って、頬擦りをして、いただきますをして。

 起きて。リリア。

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ベビードラゴンの食育の時間 上丘逢 @ookimg

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