23時間め:発見
ベビードラゴンがみるみるうちに小さくなる。早い。さすが、ドラゴンだ。
マリアが見失ってもガイかメイ、ビルが追いかけてくれることになっている。
地面に足跡がないとしたら、彼らは木の上を伝っているはずだ。木が揺れるのはオオリスのおかげで不自然ではない。地面にも足跡が残らず、木の上はパニックになったら逃げるようなモンスターの方が多い。一石二鳥だ。
その作戦を話した時、ガイは渋い顔をした。
「その理屈はわかるが、そんなことあるか? リリアを抱えながら木の上を移動するなんて、簡単なことじゃねえぞ」
「そうよ。かなり戦闘に慣れた人物か、すごい魔道士か。どちらかね」
そして、そのどちらかだと、これまでの辻褄があう。
「これまで見つからず、足跡もない。さらには、巨大な幻覚。俺らが見た二人はそんなすごい奴らには見えなかったけど、あり得なくはないね」
落とし穴の件もある。メイとビルが見たのが二人なだけで、もう一人仲間がいてもおかしくはない。
「わかった。どうする?」
「きっと見つからないと思っているわ。そこをつくの」
ビルが大砲を打ち、オオリスが止まっている間に動いている木を探す。
「そこにいるはずよ」
「それをどう探すわけ? 走ってる間に、その、動き出しちゃうんじゃないの?」
オオリスが、だ。どうやらビルはモンスターの名前を極力出したくないらしい。
「そこで、この子の出番よ」
スピーとまだ寝ているベビードラゴンを3人の前に持ち上げる。
「ひっ」
ビルとメイが体を大きくのけぞらせた。今にも逃げ出してしまいそうだ。
「そいつ、なんなんだよ」
ガイが胡散臭そうにベビードランゴンを見る。
マリアは大きく息を吸う。
いずれバレるくらいなら、今。そう、今言ってしまった方がいい。
「ドラゴンの赤ちゃんよ」
空気が止まる。気持ち良さそうなベビードラゴンの寝息があたりを柔らかく漂う。
「は?」
「え?」
「う」
うそおおおおおおおお!
ビルの大きな声が森中に響きわたった。すかさずメイがゲンコツを落とす。
「ったあ。仕方ないじゃん。メイはびっくりしないわけ!?」
「したさ。するけど、お前が声上げたらあいつらにバレるだろ! 考えろよ!」
すっかりこちらのことを考えてくれているメイの言葉にマリアは思わず笑みがこぼれる。
「この子に上から探してもらう。すごい勢いで飛んでいくと思うから、みんなこの子を追いかけて。もちろん私もいくけど、見失ったら大変だから」
「お前、それが、ちゃんと探すと、そう思ってんのか?」
ガイがゆっくりと噛んで含めるように言う。いつも通りの声で、いつもよりも落ち着いたリズムで。それが逆に恐ろしい。一番に怒鳴りつけられると思っていた。
「するわ。大丈夫。策もあるから。それに、この子は賢いのよ。さっきも私を見つけて助けてくれたし」
ベビードラゴンがマリアを落とし穴から救ってくれた話をする。
「夢でも見たんじゃねえのか?」
「俺も信じたくないけど本当だ」
メイの口添えにガイの顔がますます苦虫を潰したようになる。ビルはといえば、黙ってうずくまっている。
「本当に悪魔の化身かよ。モンスターの手先にでもなったのか」
「手先じゃないわ。本当はモンスターとは一定の距離をとった方が良いと、私も思う。でも、この子は、自惚れじゃなければ、たぶん、私を仲間だと思ってくれてる」
マリアを一度は殺そうとしたメイやビルですら、こうやって一緒に探してくれようとしている。
「人間ならすぐに和解できて、モンスターならいくら助けてくれても、わかり合えてないっていうの?」
その言葉にガイの瞳が揺れる。ガイは普段森に近づかない。目の当たりにしたイメージと異なるモンスターに戸惑っているのかもしれない。
「俺は、それを信じたくない」
ガイの言葉が肩とともに地面に落ちる。
いつでもふんぞり返るほどに顔を上げて、不遜な表情でマリアに嫌味をいうガイは、かけらほども見当たらない。
メイとビルも黙ったままだ。
モンスターを悪とする3人にモンスターと協力してくれというのは無謀だったか。
「いいわ。信じなくて良い。私を信じて」
3人は地面を向いたままだ。ここまでか。
もう、時間がない。
「わかった。ごめん、ムチャを言ったわ。ビル、あとで大砲だけ打ってくれる?」
ビルの肩がビクリと震える。その姿に、マリアはそっと背中を向けた。
アンデスやベビードラゴンに助けられて忘れていた。
傷を負ったことのある人々は、もうモンスターを受け入れられない。
嫌いでも良い。ただ、排除しないで。
その言葉は喉元まで出かかったけれど、結局お腹の中に押し込めた。
「ちょっと森が騒がしくなるし、危ないかもしれないから、木陰に隠れていてね。あの落とし穴の近くなら、モンスターもあまり近寄ってこないと思うわ」
背中越しにそう伝えると、ドンという音とともに地面が揺れた。
「やるわ」
「ビル!?」
振り返るとビルが大砲を地面にめり込ませたまま、立ち上がっていた。顔が青いが、その表情には決意が込められている。
「メイが協力するって言ったんじゃない。要は、モンスターを使って探すってだけでしょ」
大砲を持つビルの手が震えている。メイもふっと顔をゆるめて立ち上がった。
「そうだな。俺を信じるってマリアはさっき言ってくれたし。俺もマリアを信じる」
「ありがとう。大丈夫。この子はあなたたちに危害を加えたりしないわ」
ガイが横でガシガシと髪をかきむしった。
「しかたねえ! リリアのためだ。俺はこれっぽちもマリアもモンスターも信じちゃいないが、それが手として有効なら仕方ない」
ガイも勢いよく立ち上がる。
先ほどまで丸まっていた肩と背が反り返るほどに伸びていた。
「ガイ……」
ありがとう、と言う言葉は小さくて聞こえなかったかもしれない。
「さあ、早く実行するわよ」
ビルの言葉を皮切りに、3人に急いで作戦を伝える。
ビルが大砲を打ち上げたら、ベビードラゴンの飛ぶ先を3人も追いかける。追う途中で不審な木があったら、それを優先して見ること。マリアはベビードラゴンを全速力で追う。
ベビードラゴンが木の中に飛び込んだら、赤い狼煙をあげる。
それが、今回の作戦だ。
「リュー!」
何かを見つけたのか、ベビードラゴンが歓喜の声をあげる。
──リリア!
地面を蹴る足に力が入る。リリア、もうすぐ行くからね。
途中でビルが合流し、マリアを追い抜きそうな勢いで隣を駆けていく。
「本当に飛んでいってる!」
信じられない、という声を出すビルだが、大砲を肩に担ぎながら、息も乱れずに走るビルもマリアからすれば相当信じられない。
ベビードラゴンが一直線に一つの木に向かって飛んでいく。
木の根を避けながら、ベビードラゴンの尻尾が見えたり隠れたりする。
ザン!
と一際高い一本の木にベビードラゴンが突っ込んだ。
「あれよ!」
「目を閉じて!」
ビルが煙玉を地面に打ち付け、赤い狼煙をあげる。
煙から抜け出ると──。
「リュークー!」
「おい! なんだ、こいつは!?」
「ま、待て! 落ち、落ちる!」
ドスン、と大きな音を立てて、二人の男とリリアが。
リリアが、落ちてきた。
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