22時間め:ベビードラゴンと宝探し
マリアはベビードラゴンを抱き上げると、3人を振り返った。メイとビルのツタは取り払いずみだ。少し痛かったのか、メイの腕が赤くなっている。
その腕にキュアをかけると、メイが顔を曇らせた。
「その……、悪かった。痛むか?」
歩き方でわかったのだろう。キュアをかけ返してくれる。あまり魔法が得意ではないのか、その手つきはぎこちない。
メイは眉間にしわを寄せたまま、マリアの体の傷に手を当てる。手から放たれる気は弱々しいが、とても温かい。
「大丈夫よ。ありがとう」
──ママ、いたいいたい?
心配そうに聞くリリアの声を思い出す。
メイの泣きそうな顔に思わずリリアを重ねて、頭をなでてしまう。途端にメイの顔が真っ赤になった。
「ど、どういたしまして!」
照れ隠しの挑むような仏頂面に、マリアは思わず微笑む。いつか、大きくなったらリリアもこんな表情をするのだろうか。
リリア、今いくね。
マリアはベビードラゴンを抱く手に力を込めて、気合を入れて背筋を伸ばす。
「あなたたち、覚悟はいいわね?」
相槌を打つように、ベビードラゴンがスピーと寝息を立てる。
マリアの笑顔とベビードラゴンのその声に、メイとビルがビクリと肩を揺らす。
「あ、あたりまえだ! 俺は約束は守る」
「オ、オレは、やめちゃおうかなあ……」
スキンヘッドが尻込みするように言う様子をメイが冷ややかに見つめる。沈黙に耐えかねたビルが「テヘ」と首をかしげると、メイは自分のはるか頭上にある顎に思い切り拳を入れた。
「──!」
「大丈夫だ。こいつもやる」
うずくまるビルを冷ややかに見下ろしながら、メイが力強く宣言する。
「大丈夫よ。少なくともこの森のモンスターたちは、よほどのことがない限り、無闇に攻撃したりしないわ」
草食のモンスターが攻撃してくるのは、何か理由があるときだけ。
「ここは、モンスターの住処で家族が住んでいる場所。それを絶対に忘れないで」
自分の身を守るか、家族の身を守るか、そういうときだけだ。
メイとビルが硬い表情のまま肯く。ガイは憎々しげな表情だ。
きっと、何を腑抜けたことを言ってるんだ、とでも思っているのだろう。
でも、ここは譲らせない。
「じゃあ、作戦を言うわよ」
何も難しいことはない。ちょっと、モンスターの近くに行くだけ。それだけだ。
作戦を伝えると、メイとビルは顔を青くし、ガイは表情を険しくさせた。
「お前な、非常事態だから仕方なく協力してるだけで、俺はモンスターと一緒に闘うなんざ、本当は死んでもごめんだからな」
ガイが憎々しげにベビードラゴンを睨みつける。相当険しく睨み付けるも、ベビードラゴンはすやすやと寝息を立てているばかりで、毒気を抜かれたのかガイは首を一つ振ってそっぽを向いた。
「早くしろ。馬鹿でかい落とし穴があるわ、変な二人組はいるわ、お前はなんか抱いてるわ、これじゃあニール様を呼びにも行けねえじゃねえか」
ガイは、森からの大きな音に異変を感じ、ニールを置いて先に調査しにきたという。
「まさか、研究所の方に怪我でもあったら、マオ様がまた肩身が狭くなるからな」
ニールにあれだけへりくだっていたのは、そのためか、と合点がいった。
ガイがこの村にきたのは、マリアがコントラクターとなり、村を離れていた頃で、詳しい事情は知らない。当時、ガイはガリガリの痩せっぽっちで、その男の子を護衛だといってマオ婆が連れ帰ってきたことを、誰もが驚いていたとカザミが言っていた。
「ついでにそのまま帰ってくれたらいいわ」
そういうわけにはいかない。ガイの目がそれを物語っている。
これだけの騒動が起きていることについて、調査しないわけがない。
リリアを探し出したとしても、新たな火種が待っていそうだ。
「早くケリをつけるぞ」
ガイが空を見上げる。
少しずつだが、空が朱色に染まってきた。夕暮れだ。夜の森はリスクが高い。
「え? もう行くの?」
「時間がないわ。手はず通りによろしくね」
「本当に、行くのー!?」
いまだに駄々をこねるビルを、メイが無言で引きずっていく。
3人が森に散ったところで、マリアは「さて」と胸の中のベビードラゴンを抱き上げた。
「ごめんね。起きて」
スリープをとく。ベビードラゴンが熟睡から微睡へと様子をかえる。
「リュー…」
完全には起きていないが、ウトウトしているくらいだ。
「あなたの力が必要なの」
ゆっくりと開く瞳が夕陽を照らして黄金に光る。
「リュウ〜」
大きく伸びのように体を伸ばし、ゴシゴシと手で顔を擦る。ついでとばかりに、マリアの服にも顔を擦り付けた。
「おはよう」
「リューク!」
すっかり元気になったようだ。安堵しつつ、マリアはベビードラゴンにゆっくりと話しかける。
「ねえ、ちょっと宝探ししようか」
「リュク?」
これからしようとすることは悪手かもしれない。下手をすると、ベビードラゴンやリリアを危ない目に合わせるかもしれない。
この作戦を伝えた時、ガイにも言われた。
でも、できる。
マリアは深呼吸をする。
ここからが、勝負だ。
「ちょっと練習しましょうね」
あまり時間はない。マリアは近くの低い木々から赤い実をもぎ取る。
「これは、ガマグミというの。覚えてるかな? あなたが最初に飲んだジュースの実よ」
「リューク!」
覚えているらしい。食べることを覚えたドラゴンの眼がキラキラと輝いている。
頭上の木にそれを放り投げた。オオリスが実が飛んできたことに驚いて、ガサガサと木々の上を動き回る。
「ほら、木の葉っぱが動いているでしょう? こうやって動いている木を見つけたら、美味しいものが手に入るの。いまだとガマグミ」
ベビードラゴンがガマグミに吸い寄せられるように木の上に飛んでいく。
ガヤガヤとオオリスが走り回る音がしたあと、ベビードラゴンがほくほくとした顔でガマグミを手に持って帰ってきた。
「リューク!」
満足気に見せるベビードラゴンを思わずなでる。
「上手ね。食べていいのよ」
ベビードラゴンが舌でペロペロとガマグミを舐める。飲むものだと思っているのだろう。
「口に入れていいのよ」
マリアが手に持っていたガマグミの一つを口に入れて食べてみせる。
「リュ?」
ベビードラゴンもマリアと同じようにガマグミをつまもうと掌に力を入れている。
グググっと指と言えるかよくわからない爪先を使って、ガマグミを持ち上げる。
と、ぶちゅっとガマグミが潰れてしまった。
「リュクー」
あからさまに下がる尻尾と頭に、マリアは思わずリリアを重ねる。
「あーん」
優しくそう声をかけると、ぽかんとした表情でベビードラゴンが上を向いた。
すかさずガマグミを口の中にいれる。
もぐもぐと口を動かすと、
「リューク!」
ベビードラゴンは嬉しそうに尻尾をふった。
「わかったかな?」
「リュー!」
頼もしい返答にマリアが大きくうなずくと、ドン! と大きな音が森に響いた。黒い狼煙が森の三方から空に上がる。
ビクリとベビードラゴンの尻尾が逆立ち、木の上に止まっていたのだろう鳥モンスターたちが空に向かって羽ばたいていく。
「大丈夫よ」
ベビードラゴンの背中をなで、バタバタと忙しなく空へ向かう鳥たちに心の中で謝る。
騒がしくしてごめんね。
飛び立った拍子に揺れた木々の動きが、やがてゆっくりとおさまっていく。葉は凪いだ風にわずかに揺れるくらいになった。
「じゃあ、宝探しよ」
ベビードラゴンにステルスをかける。
「リュク?」
ここからがスピード勝負だ。おそらく、敵はそろそろ動き出す。そして、オオリスが止まっている時間はもう少し。
「飛んで。上から見て、揺れている木があったら、そこにきっと美味しいものがあるわ」
「リュクー!」
ベビードラゴンが空高く飛び上がる。
マリアは足に身体強化の魔法をかけると、少しだけ刺繍として服に縫い付けてあったモリノガをちぎって口に含む。
体にエネルギーが満たされるのを感じる。
行ける。上を見上げると、ベビードラゴンが早速何かを見つけたのか、すごい速さで木々の上を飛んでいく。
──絶対、見失わない!
マリアは柔らかい土を思い切りよく蹴った。
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