21時間め:メイとビル
「うらあ!」
ガイが青髪の鎌を跳ね返す。
「マリア、お前の胸ん中にいるやつのことはあとで聞く」
ベビードラゴンのことだ。スリープで今はすっかり眠っている。
いくらドラゴンといえど、まだ赤ん坊だ。飛ぶのは疲れたのだろう。ましてや、マリアを持ち上げて運んでいる。マリアのキュアオールのおかげか、たまたま攻撃から避けられたか、ベビードラゴンには、どこにも外傷はなさそうだ。
ベビードラゴンがすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てるのを見て、ほっと息を吐く。
ガイに見られたのはこの際、仕方がない。なんとしてでもこの場を切り抜けて、リリアを探すのが先決だ。
「で、おめえらが、リリアを誘拐したのか?」
「誘拐? なんのことだ?」
青髪が失笑したように鼻で笑い、ガイを睨めつける。
「黙ってるとろくなことにならねえぞ!」
ガイがブンと大剣を振り回す。風圧で木々がさざめき、驚いたオオリスがウロウロと木々の間を駆け回る。驚きすぎたのか、ぼとりとオオリスが一匹宙返りして落ちてきた。
青髪の頭の上に着地する。
「あ」
大男が声をあげると、
「ぎゃああ!」
青髪の悲鳴が森中に響きわたった。
「取って、取って、いてっ! 早く取れよ!」
「え? 俺、取れないよ! 無理無理無理!」
ガイとともにマリアはぽかんと口を開ける。
青髪が悲鳴を上げながら大男をどやしつける一方で、大男も全力で両手と頭を横に振っている。
モンスターを根絶やしにするって言ってたけど。
「……モンスター、苦手なの?」
「うるせえ! いいから、取れって言ってんだろ!」
涙目になりながら、オオリスから逃れようと無茶苦茶に動き回っているが、かえってオオリスがそこから降りるすべを封じられて青髪の体を行ったりきたりしている。
チラッとガイを見ると、ガイも無言のまま頷いた。
「お前らが大人しく知っていることを話すなら取ってやろう」
「わかった! わかったから、早く!」
ガイがマリアに顎で指示する。
ハイハイ、と体を起こした。先ほどの馬鹿力で出したキュアオールが効いたのか、あちこち痛いが立てないというほどではなくなっている。
すやすやと寝ているベビードラゴンを見て、青髪を見ながら同じようにおろおろしている大男を見て、マリアはにっこりと笑った。
「この子、お願いね」
「え? 俺? 無理だよ、無理!」
「落としたら、オオリスをありったけあなたの上に降らせるわ」
大男は引きつった顔をしながら、押しつけられたベビードラゴンを恐々と掌に乗せる。まるで熱いものでも持っているかのような危なっかしさだ。
血の気が引いたその顔を見て、満足したマリアは一つ肯くと、両手を広げた。
──パンッ
破裂音にも似た音が響き渡る。
その音に、オオリスがピタリと青髪の肩で止まった。
「ヤダヤダヤダヤダ。イタイー! 早く取ってよお」
泣き声にまだ地団駄を踏んでいる青髪の足元にも停止魔法をかけて、青髪の動きを封じる。
「驚かせて、ごめんね」
そう言いながら、オオリスを抱き上げた。
青髪は恐ろしいものでも見るように、楽々とオオリスを持ち上げたマリアを見ている。
マリアに抱き上げられても、オオリスは微動だにしないままだ。浮遊魔法で、なんとか木の枝にまで持ち上げてやる。
オオリスは、争いを好まないモンスターの中でも特に臆病で、大きな音がすると、動きを止めて、気配を消して、呼吸音さえ最小限にしてやり過ごす習性がある。止まってしまうというのは、最大の弱点のようにも感じるが、耳の感覚器官はその分最大限になっており、危険を察知したときは素早く逃走できるようになっている。普段は木の上にいるので、その姿を認知されることがなくなるため、とても有効な習性だ。しばらくして、周囲が落ち着くと活動を再開する。
ただ、木の上にいなくとも止まってしまうため、地上にいる場合には、とたんに獲物にされてしまう諸刃の剣だ。だから、オオリスはほとんどを木の上で過ごす。
やがて、木の上に戻ったオオリスは、はたと気づくと、素早く木を駆け上り、地上からは見えない葉の茂みへと隠れて行った。
「おい、こいつどうする?」
ガイが、先ほどのオオリスと同じように固まっている大男をずるずると引っ張ってくる。大男は腕にベビードラゴンを抱いたまま、白目を剥いている。軽く失神したようだ。
「とりあえず、縛りあげましょう」
木からツタを引っ張り出して、青髪と大男に巻きつける。ツタは、強化魔法をかければ、立派な硬い紐になる。刃物を使わないかぎり、ちょっとやそっとでは取れない。
なるべく離れた対面の木にそれぞれ縛りつけ、青髪と大男の武器はさらに対角になる木の近くに置いた。隣にベビードラゴンをそっと寝かせる。もぞもぞと動くと、大男の腰ベルトの下へと潜り込んでいった。
大男は失神したまま眠りについたのか、大きなあくびが後方から聞こえてきた。そのあくびを背後に、青髪の停止魔法を解くと、待っていたかのように顔を下に向ける。
「笑えよ。モンスターが怖いのに、モンスターを根絶やしにするなんて、ちゃんちゃらおかしいよな」
マリアは青髪と同じ目線の高さにまで腰を下ろすと、青髪の額にキュア をかける。
「なっ、んなのいらねえよ!」
顔を背けようとする青髪の額を追いかけてキュアをする。
オオリスは頭を逆さまにしたまま木が降りられるように、爪が鉤爪になっている。青髪がオロオロしている上で、オオリスもパニックのまま青髪の体を行ったり来たりしたので、ところどころ切り傷がついてしまっている。
「鉤爪って結構痛いから。あと、女の子が顔に傷残しちゃダメでしょ?」
「!」
図星、という顔を青髪がする。
「あなたたち、口調が男女逆みたいよね」
「ちげえよ! あれは、あいつがそうして! くれてて……」
尻すぼみになっていく声が弱々しい。
口調をそれぞれ変えないといけないほどの事情があったのだろう。
「あいつは! 俺が舐められるから、俺の、盾になってくれようと、して……」
「わかったわ。大切な人なのね」
「ちっげーよ!」
青い髪の下で真っ赤に染まる顔に、ふふふ、と思わず笑みがこぼれてしまう。
「笑わないわ」
「笑ってるじゃねえか!」
ますます声を荒げる青髪に優しく笑いかける。
「さっきの話よ。モンスターが怖いからって笑わないわ。それだけ、辛くて苦しい思いをしてきたんだもの。当たり前よ」
「──知ったことを!」
青髪の顔が羞恥から憤怒の表情へと変わる。
「知ったことを言うな! お前にわかるか!? モンスターに殺された家族は墓にも入れられずに研究所送りにされて! モンスターから傷を受けた俺らは検体としてボロボロにされた挙句に、孤児院に放り込まれた。そこで俺は散々女として遊ばれて、あいつは俺を守るためにボコボコにされて──」
青髪の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「モンスターなんかに関わらなければ、幸せに暮らせたのに……」
どうして。
マリアも何度思っただろう。
どうして、こんなに辛い想いをするのか。
青髪の頭をそっと抱きしめる。
「わからないわ。けれど、あなたの辛い想いをわかりたいとは思う」
「ふん、きれいごとだ」
「そうよ。でも、あの子も、あなたも、私はわかりたいと思うの」
木陰ですやすやと寝ているベビードラゴンを見る。
ふん、と小さい声で言いながら青髪は鼻をすする。
「私にも大切な人がいてね。私の娘がさらわれたの。何か知らない?」
「俺たちは捨て駒の下っ端だからな。わかるわけないだろ」
ガイが横から手を伸ばして、青髪の胸ぐらを掴み上げる。
「ガイ!」
「お前は生っちょろいんだよ! リリアがどうなってもいいのか!?」
「それとこれとは関係ないわ! ガイ、やめて!」
「知らねえって言ってんだろ!」
ペッと青髪がガイに唾を吐きかける。
ガイが憤怒の表情で唾を拭うと、さらに強く青髪を木に押し付けた。
グッと青髪の喉がなる。
「こいつが信じられるって言うのかよ!」
「信じる!」
マリアの言葉にガイの手が緩む。そのすきに、青髪の前に回り込んだ。
「信じられるかどうかじゃない、信じる」
ガイがマリアを睨めつける。怯みそうになる心をおして、ぐっとガイの目を見続けた。
「そうして、裏切られたらどうする?」
ガイがゆっくりと青髪から手を離す。
「後悔してからでは遅いんだぞ」
大きな掌で目を覆うガイはいつものガイらしくない。
「ガイ?」
「おらああああ!」
ぶんと頭の上を大鎌が飛んでくる。
「ひっ!」
「メイになにしやがった!」
「あいつ、強化魔法かけたツタを引きちぎったのか!?」
スキンヘッドの大男が我を忘れたように突っ込んでくる。
「ちょ、ちょっと、待って!」
「と、止まれ! 止まらないと切るぞ!」
大男はまるでガイの声が聞こえていないのか、おおおおおー! と雄叫びをあげながら突進してくる。
「マリア! ストップかけろ!」
「無理無理、あの勢いには当たらない!」
そう言っている間にも大男が物凄いスピードで近づいてくる。
「本当に切るぞ!」
「ガイ、ダメ! そう、ほら! 軌道を変えて!」
「俺は闘牛士じゃねえ!」
「ビル、ストップ!」
青髪の澄んだ声とともに、大男がピタリと動きを止める。急に立ち止まったせいか、勢い余って土へと顔を突っ込んだ。ブヘッという間の抜けた声が聞こえる。
「ごめん、ビルは俺のことになると、見境なくなるんだ」
青髪──メイの肩が小刻みに揺れる。
「ふ、ふははは! 闘牛士! と、闘牛……」
ククククッとツボにハマったのか、メイの笑い声がなかなか途切れない。
「はあ、笑った。久々にこんなに笑った。いいよ。俺が知ってるだけのこと、教えるよ。でも、本当にそのリリアって子は知らないんだ」
信じてくれる? そう見上げたメイの瞳は澄んでいて、ガイはガシガシと頭をかくとその場にあぐらをかいた。
「縛ってるのは取れねえ」
マリアはその譲歩に頷き、メイに顔を向ける。
「俺はメイ。あんたが言ってた通り、女だよ。そいで、あっちのスキンヘッドはビル」
「メイ! 大丈夫!?」
スキンヘッドが頭に葉っぱを被せたまま、マリアを押しのけてメイを抱きしめる。
「お前はムチャがすぎんだろ。俺にまで鎌があたるとこだったぞ!」
「ごめーん。メイが縛られてるのを見たら、かあっとなっちゃって」
テヘッとスキンヘッドのビルがメイに笑いかける。
ごふっと音がすると、青髪がきれいにビルの顔にのめり込んでいた。
「い、いいの?」
「良い、良い。あいつめちゃくちゃ体が丈夫だから」
顔を押さえるビルを見向きもせずに、メイが話を続ける。
「俺たちは二人組の男に雇われて、この森に掘った穴にドラゴンを落として生け捕るっていう仕事をしてたんだ」
「お前ら、その仕事内容信じたのか?」
「まさか。嘘だと思ってたけど、すげえ報酬が良かったんだ。これで金が入れば、半年は何もせずに暮らせる。金がたまったら、もっと南に行く予定だったんだ」
メイが遠い目で空を見上げる。
そろそろ陽が落ちてきたのか、空がうっすらとオレンジ色になっている。
「南に何かあるの?」
「俺たちの村だったところ」
そこで、改めて家族のお墓を立てる予定だったという。
「やっと、自由になったから」
そう呟くメイの声が沈んでいる。マリアはそっとメイの肩をなでた。
「穴はどうやって掘ったんだ?」
「もう掘ってあったんだよ。あんな馬鹿でかい穴、俺たちが掘れるわけがない」
「魔法でも大人数かけないと無理だが……。そんな魔法を使ったらわかると思わねえか?」
ガイの問いにマリアはうなずく。ここはそこまで深部ではない。それだけ大きな魔法を使えば、森の気に何かしらの異変を感じたはずだ。
「リリアって子はわからないけど、村の偵察はしてたみたいだった。何かをおびきだすっていうのは聞いた」
「なんか、すごい希少価値のあるモンスターがいるから、絶対捕まえたいって言ってたよ」
今度は顔を泥だらけにしたビルがメイの横に顔を出す。
しゃがんでいても体が大きい。そして、口調が顔とあっていない。
「お前、どこでそれ聞いたんだ?」
「どこって盗み聞き。あんた、騙されて売られそうになったこと、何回あると思ってるの? 盗み聞きでもしないと、おちおち仕事もできないよ」
ビルは思っていたよりも頼りになるようだ。
「盗み聞きにも気づかないようなら、その二人もボスとは思いがたいが、リリアを連れ去ったのは、その二人だろうな」
「どんな格好の人だった?」
「一人は黒髪の痩せた無表情な男で、もう一人は赤茶の髪によく喋るのっぽな野郎だった」
マリアが立ち上がる。もう森を探せる時間も残りわずかだ。
「マリア、どうする?」
「私を誰だと思ってるの? 森は私のフィールドよ。絶対に見つけるわ」
だから、協力してね、とマリアが3人に笑いかけた。
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