第8話 食らえ必殺あたしの縄文クッキー

 転校生が去っていく姿をあたしたちはずっと見送っていた。

 彼の姿が夕焼けに完全に溶け込んだ頃に、アメギがふりむかずに言った。

「なんで、あいつに白いプレゼントを返したんだよ」

 あーあ、雰囲気ぶちこわし。

「さーてどうしてかな」

「別に黒いもの貰ってないだろ?」

「あー嫉妬?」

「違う」

「もーう、仕方ないなあ」

 あたしは麻袋をさらに胸からとりだして、マークを確認してアメギに渡す。

「ほい、あんだけ大きな黒いプレゼントされんだし、お返しもコレくらい量がなくっちゃね」

「お? やった、用意いいなっ」

「なんとなーく必要になる気がしてさ」

 まあ、本当はオテ美とビエ奈さんにあげるつもりだったんだけどね。二人分ってことで。


 さっそくほおばって「うひゃあうめぇー」とか豪快に喜ぶアメギ。

 おいおい、さっきの余裕ぶった大人の対応はどーしたんだ。成人式(抜歯)もっかいやりなおすか?

 と思ったら、粘土を踏んでこけおった。なにこれ、既視感バリバリ。

「天才職人様にお褒めいただき、あたくし恐悦至極に存じ奉りますよっと」

 地面にひっくり返ったままの男の近くにしゃがみ、その顔をペシペシとたたく。

 あーのなーと、幼なじみは口をとがらせた。

「もともと俺はそんなに器用じゃねえっての」

「あんたが器用じゃなかったら、いつも負けてたあたしは、なんなんよ」

 師匠じゃね?と即答するアメギ。

「俺はさ、小さい頃からずっとおまえを見てきてんだよ。先に始めたやつの失敗をさんざん観察してっから、後から追いかけるこっちが有利なのは当然だろ」

「なにそれ、ずっこい!」

 声を大きくしてから、はたと気づく。

 待てよ。こいつ、今なんつった?

 いままで素通りしてた言葉の意味に、今ようやく気づいた。

――あたしを、ずっと見ていた……?

 ぼぼぼっと顔から火が噴き出した。神酒を飲んだときよりも紅潮しているのがわかる。

 あれ、なんだろう。いままで全然気にしてなかったのに、このあほの側にいるだけで恥ずかしくなってきた。

「俺は十何年、お前を見つづけてるってのに、お前の方は一度も俺を振り向きもせずに、ただ前にがむしゃらに突っ走るだけだったな」

「あたしは泣くほど悔しかったんだからね!」

 なにをやっても追いつかれた。全然失敗しないアメギをねたんでいた。

 さっさと気付よ馬鹿女。

 この男のカラクリにも……愛情にも。


「よく疲れずにここまで走り続けたな」

「……ご、ごめん」

 のどがつまって、言葉がうまく出ないよー。

「本当は、もう疲れてたのかもしれない」とこぼす。

 あたし、すっごい馬鹿じゃん。

「たまには休めよ」

「うん」

 休むならここがいいな。

 そう決めて、あたしはアメギの傍らに座って、なんとなく粘土を拾った。

 うわーすっごい久しぶりの感触だよ。

 ちょとだけ童心に戻って、あたしは土をねりはじめる。

「なっにこれ、すっごく懐かしい」

 こねこねぐにぐに。

「ねえ、覚えてる? 最初あんたが作った土偶って、たしかナマコだったよね」

 そうだっけ?とアメギは目だけ向けてきた。

「へんなこと覚えてるな」

「昔にこだわる女の子ですから」

 昔といえば――。

「さっきのガイニ君にあげた白いプレゼントだけど」

「ん?」

 たしかに、あたしはガイニ君から何ももらっていないけどさ。

 あれは、ね。

「はるかはるかむかしに、黒い米を持ってきてくれた人たちへのお返しなんだよ」

 アメギは目をぱちくりとさせていた。

「なんのことだか、さっぱりわからん」

 まあ、あたしも整合性がないのは分かってるし、そういう歴史があったってことをアメギは知らないんだよね~。

「気持ちを受け入れられなかったお詫びに、ささやかなクッキーで労苦に報いたわけなのです」

「え、俺がもらったんも同じじゃん」

 がばりとアメギが起き上がる。俺の気持ちどうなるわけ?と目を三角にしていた。

 なんでこいつ、あたしと二人きりのときはこんなに子どもっぽいんだ。

「しょーがないなー。だったら特別に、あたしが手ずから食べさせてあげよう」

 アメギの抱えていた麻袋を奪う。

「その粘土をいじりまくった手で?」

 なんと、あたしのスペシャルなオプションにダメ出ししやがった。

 あんただって、さっき自分の汚れた手で食ってたじゃん。

「しゃーないな-」

 と、あたしは麻袋に顔を突っ込んでクッキーをくわえ、

「ふぉれ」

 と手招きをして、この幼なじみを狼狽させたのだった。

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ハイパー縄文人モス子ちゃん 「土器土器ホワイトデー到来!」の巻 モン・サン=ミシェル三太夫 @sandy

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