第7話 あいつの着想あたしの工夫

「具体的に説明しよう」

 アメギは穴の中から粘土を持ち出して、念入りなレクチャーを開始していた。

「まず粘土をよく練る。手だけじゃ不足だ。足で徹底的に踏むんだ」

「足で」

「そうだ、こうやって空気を徹底的に抜く。おまえんとこの粘土はなまじ質がいいから、ありえん発想だったろう」

 アメギがしてやったりという顔で実演してみせる。

「俺も、あいつがやらかすまで気づかなかったけどな」

 あれ、それって……?

 あたしの記憶に何かが引っかかっていた。

 え……と。

「あーっ! まさかあんた」

 あたしが粘土を踏んだの怒ってたわけじゃなくて!

「あの朝からずっと、足で踏んだときの効果を考えてた」

 なんじゃそらー!

 おいおいおいおい、すっかり心を閉じちゃってたと思ったら、いつものように没頭してただけかい!

「心配して損したっ。気にして大バカみたっ」

「それと、混ぜ物だな。壊れた土器のかけらや砂を大量に混ぜてあるんだ」

 あたしの憤りをあっさりスルーして、あんにゃろうは講義を続けている。

 ガイニ君も真剣に聞き入ってるしー。


「砂くらい僕の村でも混ぜるな。だけど、これは多すぎる」

 にっちゃにっちゃとガイニ君が粘土をいじって指摘する。

「普通の倍はあるだろうな」

 こともなげにアメギがいう。

「たしかに火には強くなる。しかし、粘土がボロボロになって土偶や土器の形を保てっこない……そう言いたいんだろう?」

 こくりとガイニ君がうなずいた。

「なめてみろ」

 今度は疑いもせず、彼は粘土をなめた。

――こ、これはッ。

 衝撃で声がかすれていた。

「ああ、そうだ。動物の骨からとったゼラチン質を混ぜて、十分な粘性を確保している」

「そんな方法が」

 東の村の少年は、身体の震えを押さえきれなかったのだろう、手にした粘土を握りつぶしていた。

「なんてことだ。そんな方法が……そんなこと思いつくはずがない……」

「それを教えてくれたのもあいつなんだぜ?」

 そしてまた、あたしに視線を送るんだけど、あたしももう驚かないからね。

「なるほどねー。あれの応用ってことね」

「あれって!?」

 焦らされたガイニ君が似合わず声を大きくした。

 あたしは大股で近づき、だまって胸元から革袋をとりだして押しつけた。

「……あたたかい」

「焼きたてだからよ!」

 別のあたしの体温ってわけじゃないぞ。

「ほら顔なんか朱なんか差すんじゃない!」

 軽く怒ってみせる。

「こないだのお詫びと、お別れのプレゼントだよ。開けてごらん?」

 ガイニが袋の口をおそるおそる広げると、あたりにほのかな油のにおいがただよった。

「土偶?」

「そ。クッキーだけどね」

 取り出されたのは、モス子オリジナルの土偶型クッキー。

「長旅の途中、食べてよ。シイの実が主成分ってとこだけど、甘くて栄養満点なんだから」

 秋に採取した木の実は、春にはほとんど食べ尽くしてしまう。

 その貴重な残りを、せめてもの餞別にこうしてつぎこんだ。

「なぁーんで、あたしの極秘レシピをこいつが知ってたのかは謎だけどね」

 この出歯亀野郎。あたしは心の中で悪態をつく。

 女子の仕事をのぞくなんてサイテーじゃないか。

「で、どう?」

 食べ終わってもほうけていたガイニ君に、あたしは声をかける。

「――おいしい」

 信じられないといった表情だ。

「これ、本当にクッキーかい?」

 もちろんと、あたしは請け合った。

「つなぎに鳥の肉や卵を混ぜてあるんだよ」


 かたや、食べ物だってのに土偶の形をデザインした白いクッキー。

 かたや、あたしのクッキーのように「つなぎ」を混ぜこんで焼いた巨大土偶。


 笑うしかないよね。

 うん。

 笑えってば。


 唯一、声をあげて笑ってくれたのは、他でもないガイニ君だった。

「負けたよ。完敗だ。きみらは凄すぎる」

「負けてないってことは全力で肯定するが、勝ったつもりもないぜ?」

 アメギがよくわからないことを言う。

「そうかい、それはバランスが悪い話だね」

 震える声でガイニ君はあたしたちに背を向けた。やっぱ男の子なんだろう。泣き顔を見られたくないんだ。

 すたすた置きっぱなしの荷物へ歩いていった。

「もう行っちゃうの?」

「もう……十分すぎるほど、餞別をもらったから……ね」

 そっか。

 せっかくわかり合えた気がしたんだけど、わかっちゃったから逆に一緒に居られないってこともあるんだろうね。

「俺は勝ち負けなんてどうでもいいんだ。ただ知ってほしいだけだ」

 心なしか小さく見える背中に、なおもアメギが話しかけた。

「俺たちが古いものを大切にする気持ち。それでも着実に前に進んでいるという事実を」

「わかってる」

 振り向かずに彼はこたえた。

「また東に帰るときは、この村に寄ってけな。おんなじくらい大きな土偶、作ってやるよ」

 アメギの提案に、去りながらガイニ君は右手だけあげてこたえた。


 ガイニ君のお母さんが亡くなっていたこと、どこでガイニは聞きつけたんだろう。

 でも、これくらい大きな土偶だもの。

 その人が眠る柱の下に埋めたら、効果テキメン、すぐにでも生まれ変われそうな気がしてくるよね。

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