第10話 悪い子

 学校に着くなり、まずは彼の上靴を探すことから始めます。律儀にも毎日のように繰り返されるこれには、もう慣れすら感じます。

「あ、あった」

 今日は傘立ての後ろに隠れていました。

「ん、サンキュ」

 教室に入ると、一瞬だけ音が消えます。そして、沢山の目がこちらを見ます。この感じは何回やられても慣れません。

 続いては、彼の机を2人で掃除します。もったいない事に、チョークをふんだんに使って机に書かれた言葉たちは、お世辞にも綺麗とは言えません。

「サンキュ」

 掃除が終わると、ようやく席に着けます。彼の席は窓際の1番後ろ。私はその隣です。運がいいことに、4年生になってから何回かあった席替えは、ほとんどが彼の隣でした。

 さて、そろそろ、なぜこんな事になっているかを説明しましょう。それは、4年生になってから2ヶ月程がたったある日のことでした。


 クラス替えをしてから、何人か友達が出来ました。一緒に遊んだり、帰ったりした友達です。その中でも、1番仲が良かったのが、当時近所に住んでいた、浅部詩音あさべしおんちゃんです。彼女は、喉の病気で声が上手く出せなかったため、学校では一人で本を読んでいる事がほとんどでした。でも、ある日私は、彼女が読んでいる本が気になりました。彼女というよりも本が気になったのです。たったそれだけでした。

 話してみると、思ったよりも面白い子でした。話すと言っても、彼女は喋るかわりにノートに言いたいことを書きます。1ヶ月が過ぎたくらいには、私達はとても仲良しになっていました。

 そんなある日の事でした。彼女のいつも使っているノートが無くなりました。それも、一回だけではありません。詩音ちゃんも、分かっている様でしたが、あまり顔に出しませんでした。

 そして、私は見たのです。多目的室の中。ゴミ箱の前。3人いる女の子全てが同じクラスの子と、一目で分かりました。その子たちの中の1人の手には、一冊のノート。



 自分でもビックリするくらい怒りました。何と言ったかは覚えていません。でも、頭の中に思いつく限りの罵声を浴びせたと思います。手は出しません。それは幸太との約束だから。ノートを捨てようとしていた彼女たちは、もちろん驚いていました。中には泣いてる子もいました。その中で一人、私に襲いかかってくる子がいました。

 叩かれて、殴られて、髪を引っ張られて。そんなにしたら、せっかく寝癖が治った髪がまたボサボサになってしまいます。でも、まだやめません。引っ張って、引っ張って、叩いて。

「いい加減に...」

 そう言いかけた時、その子が横に倒れました。どうやら、近くにいた男の子が突き飛ばした様です。倒れる時に私の髪も引っ張られてちょっと痛かったけど。その男の子に腕を引かれて、そこから逃げました。その男の子こそ、隣の席の彼なのです。


 それからの生活は、嫌なことばかりでした。クラスの中心的な女子から伝わった偏見で、毎日陰湿なイジメにあう彼。詩音ちゃんはその後すぐに転校してしまいました。私は結局、最後まで何も出来なかったのです。幸太にもすごく心配されました。人の嘘が分かってしまう私は、嘘にとても敏感です。そんな私が、「大丈夫だよ」なんて、嘘をついてしまいました。


 なんて、悪い子なんでしょう。


 彼は私に、いつも小さくお礼を言います。

『サンキュ』

 私のせいで、こんな事になってるのに。

 何で私にお礼など言うのでしょう。

 何で、私にお礼など言われる資格があるのでしょう。

 何で、こんなに心が痛いのでしょう。

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ミライニサチアレ 手田リュウ @hirokawaari

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