―九尾の間―

「では、定例会議を始める。」

暗闇に老人の低い声がこだまする。何とも不気味さの漂う空間だが、身内とはいえ顔をさらすことは出来ない。祓穢組ではこうして上層部で定例会議が行われ、方針や嘆書の作成などが進められている。

「最近、阿巴良衣の連中が活発になったようで、各地で事件の発生件数が大幅に上昇している。これについて、何か意見は。」

「一度警視庁と合同でローラーをかけるしかないでしょう。」

「大掛かりに動くのは面倒だ。それに、例の件もあるだろう。」

「あの『緊急措置』ですか。」

苦々しいようで、どこか他人事のように一人が言い放った。

「そう。荒いらしいじゃないか、最近の現場は。」

捕縄措置とは、その名の通り憑依された体ごと捕らえ、処理する措置で、比較的軽微な罪を犯した穢者に為される。しかし、危険な穢者に対面した時、現場の判断で措置を上げることができる。それが緊急措置だ。

「しかし…捕縄ではどうにもならんときもあるでしょう。」

「そのせいで登録穢者にまで不安が広まってるんだ。情報は絞ってるはずだが、大方阿巴良衣の連中が漏らしているんだろう。」

「憎らしい奴ですな。で、結局のところ…捕縄措置の場合は『緊急』はナシで。」

この決定に異議を申し立てた者がいた。

「いやぁ、それで現場に叩かれるのは私です。認めるわけにはいかんね。」

これに続いていくつか反対意見が出て、責任のなすりつけあいがはじまる。祓穢組のトップ、綯縄はこれを静観する。

(九尾の間も、今では一匹の狐ではなく、蜥蜴が集まっているだけだな…)

かつては全体で個として存在していたこの会議も、今は見る影もない。

「…綯縄として命ずる。今後しばらくは試験期間として、捕縄措置の厳守を命じる。以上。」

9匹の蜥蜴は、それぞれ何事かこぼしながら退室していく。綯縄からの命令はほぼ絶対であり、それ故に責任も綯縄にだけのしかかる。結局は自分から切られてくれる尻尾を探すだけの会議だった、と綯縄はため息を吐く。

「お疲れ様、地区長。」

「その呼び方はやめろと言ったはずだぞ、猩々。」

出口にはスーツを着た猩々が待っていた。

「で、何の用だ?」

「兄妹の件だが、上手くやってますよ。妹の方は少し走り気味ですが。兄貴の方は今のところ現場にも出ず、問題もないようです。」

「…ならいい。引き続き見張ってくれ。特に兄の方に。」

「了解。…他の面子がああじゃプレッシャーもあるでしょうが、あまり根を詰めると、旦那さんに怒られますよ。」

「余計なお世話だ。そういう態度が皺を増やすんだぞ。」

猩々はふ、と笑って返し、真面目な顔で報告を続ける。

「それと、先日報告された、穢者と被害男性が消失した件、唯一わかったのはこれです。」

「…?」

見せられたのは一枚の写真だった。街角で、顔のぼやけた男と、青年が話しているように見える。顔のぼやけている方は阿巴良衣だ。特殊な能力があるのか、直接会った穢者も、顔はほとんど覚えていないという。

「この男、消失した男と同一人物です。」

「なに…?」

「会議で上がっていた、『登録穢者に接触して、祓穢組の内情を教えている者』です。」

思わず綯縄も目を見張った。目で猩々に問いかけるが、本気らしい。

「噂の、阿頼耶識の男かもしれません。」

「続けてくれ。やっと尻尾が掴めるかもしれんな。」

「ええ。あいつも、。」

暗い廊下に足音が二つ響いてゆく。


―江和地区屯所―

「…というわけで、今日から一か月間、捕縄措置は厳命、それ以外については黙認ということになりましたー!よろしく!」

「っざけんなよ!オイ地区長!いいのかそれで!」

微塵もビビっていなそうな態度で柳也は答える。

「んー、まぁ納得してない部分はあるけど、しょうがないかなって感じ。」

結雨子も反感を持ったようで、ぶぜんとした表情だ。

「しかたねえだろ…明らかにやりすぎてる時だって多かったぞ?特にヤンキー婦警。」

稲賢狐が書類に目を通しながら出てきた。口には禁煙パイポをくわえている。

「な…そんな事ねえよな!?」

「いやぁ…」「やりすぎ。」

「おま…っ!」

とそこへジリリリリリ!と警報が鳴る。これは普段鳴ることはない。これが鳴るときは、どうにも対処しきれない、個別に対応が必要になる緊急事態ということだ。


『こちら杷田地区!19: 28 管内で暴走穢者が発生!杷田E-6へ至急応援を要請する!繰り返す!E-6へ至急応援を!』


「…聞こえたね?祓穢士は僕以外全員出動。それ以外はサポートに回れ。」

「E-6なら細道を抜けていった方が早い。ナビは俺がするから、無線とGPSは起動しとけ。」

「りー、椿、出るぞ!一応上着もってけ!」

この場合の上着は、Exorに使われている聖油と同じ効果を発揮する特殊なコートを指している。

「了解!」「了解」


 3人は車に乗り込み、賢狐のナビを聞きながら、各々緊張していた。特に結雨子は。

(エマージェンシー…確実に仲間が…クソ!化け物が…!)

「…椿、逸るなよ。現場に着いたら、私の指示を聞け。」

「でも仲間が…!」

「そりゃそうだ。だがな、この仕事を始めた時点で誰もかれも、早死にするのはわかってんだ。そんなことに囚われるなよ。」

「秋子さん…!人を何だと思ってんの!?」

助手席から後部座席にグイっと手が伸び、結雨子の胸倉を掴んで波流山が言い放つ。

「てめえがバケモン憎んでるのも、人が死ぬのが悲しいってのも知ってる。でもな、そんなもんてめえの気持ちでしかない。『こいつが個人的に許せなくて嫌いだから殺しました』は通用しねえんだ。アタシらは兵隊。言われたことをこなす。その上で上に文句言うもんだ。わかったかガキが。」

グッとすごまれ、里狸は縮こまり、結雨子は更に睨み返した。

「…!」

「あ、あー!もう着きますよ!ほらほら!『仕事に私情は挟まない!』でしょ!ね!」


―杷田地区E-6

「おいおい…こいつぁ…」

「江和地区の者か!すぐ来てくれ!」

広い運動グラウンドの中央に、巨大でグロテスクな塔が立っており、そこから穢者の一部が、人型になって大量に湧いてきているようだ。皆必死の形相で、塔を囲んで斬ったり殴ったり撃ったりしている。

「双子の仕事ですよね…」

「仕方ねえ!りーはデカブツに持ち替えて適当に真ん中の塔に打ち込め!結雨子とアタシは突っ込むぞ!」

「「了解!」」




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祓穢組奇譚—穢れを祓う者ども― 郡青 @koriblue

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