最終話 楽園のティムとフウカ
地上では、もはやガレクシャスを除いて、動く者はいなくなっていた。
刃向かう全員が叩き伏せられ、あるいは吸収され、地へ伏している。
「まだだ……これでは足りんな。ニホン村を喰らい尽くした後は、他の村も――」
そう呟きかけたガレクシャスは、背後で響く、這いずるような物音に振り返った。
そこには、ただ一人、ティムが立っていた。直立する事も困難な程に痛めつけられて、なお、ガレクシャスへ向けて足を踏みしめ、身構えている。
「お前は……まだ無駄な抵抗を続けようというのか」
「……無駄なんかじゃない」
ガレクシャスの蔑みを含んだ問いに、ティムが小さく応じると同時。
その身体がうっすらと白い粒子を纏い、ゆらりとした鬼火めいて立ちのぼり始めたのである。
ガレクシャスは身をこわばらせ、信じられないようにティムを見つめた。
――似ている。
光の勢いや厚みはガレクシャスに遠く及ばないし、色も違うが、それでも分かる。
「パワーコアの、輝きだと……!? お前のような何の機能もない量産型が、なぜ……!」
「量産型、だからさ」
一歩、ティムが踏み出した。無意識に半歩、ガレクシャスが後ずさる。
「そして、フウカは未来に進もうとしてくれた。ぼくと……みんなと一緒に。だから」
あり得ない。ティム如きがパワーコアの力を――接触してすらいないというのに。
能力の程はどうだ。パワーアップしているのか? それとも得体の知れない御業でも披露してくるか。
「この現象……かつてキキ・リューピンから胎児であったフウカへ、パワーコアの一部が移った時と同じ……なのか?」
塹壕のようになった残骸の山へ隠れながら、一部始終を見守るワガハイが漏らす。
「当時、そう成った理由は恐らく――親が子へ抱く、ある種の強烈な感情ゆえだ」
そして今ここに、フウカもまた同じように。
ティムへとパワーコアの一部――否、本体そのものの力を伝播させ、共振させた。
お互いを信じ、支え合う気持ちが織り成した、人の描く優しき御業。
「心をつなげる一つの力。古い人はそれを……愛と呼んでいたらしいな」
ガレクシャス、とティムが口を開く。
「エデンは敵じゃない。それどころか、ぼく達を作ってくれた……」
「敵じゃない、だと?」
何かが琴線に触れたのか、それまでの無感情から一転。
途端にしてガレクシャスは激昂もあらわに、オーラの激しさを何倍にも膨れ上がらせ、拳を握る。
「よくもそんな戯言を! かつては連中を守るための弾よけとして利用された! その上使い捨てられ、忘れ去られた! 連中が戻ってきて、同じ事をしないとなぜ言える!」
「……ガレクシャス……」
「もう誰かの都合で支配されるのはたくさんだ! 何も信じない! 力こそが全てだ!」
「君は本当にこれから一人で、生きていくつもりなの……?」
「そうだ、俺の行く道は俺だけが決めるッ!」
「ぼくが今ここにいられるのはみんなのおかげ……フウカが信じてくれたおかげなんだ」
ティムは訴える。それは違うと。悪意があろうと善意があろうと、ロボットだろうと古い人だろうと、一人で生きていく事などできないと。
「君だって、そうじゃないかな……っ。古い人達と一緒にいた時は、本当に辛い事ばかりだった? 許せない事だけだった……?」
「……――ッ!」
ガレクシャスの眼が、ほんの刹那、渦巻くように様々な色を映し出す。
――あなた、おっきくてかっこいいね! わたし、フウカ! よろしくね――
「……うおおぉぉおおあああぁぁぁぁぁッ!」
ガレクシャスは咆哮し、駆け出した。地が割れ、瓦礫が逆巻き持ち上がっていく。
ティムも同じように踏み込み、相手の懐へ肉薄する。
業火の化身さながらに、轟々と覇気を迸らせるガレクシャス。
対照的に、水を打ったように穏やかで、されど決して滅びぬ光を宿すティム。
互いに打ち込まれる拳が激突した瞬間、恒星のような鮮烈な光の奔流が巻き起こる。
螺旋状に折り重なった二つの純粋な思いは、時に反発し合い、絡まり合い。
やがて一つの、先へ進まんとする大きな力を生み出して――星を断絶する異次元の壁を、木っ端微塵に粉砕した。
フウカが戻って来ると、地上はすっかり暗くなっていた。清々しいばかりに瞬く満天の星空は、こんな時でなければ目を奪われてしまいそうな程に。
「ティム!」
少し奥まった広場で、ティムが背を向けて佇んでいるのが見えた。
さらにその向こうにはオーラの消えたガレクシャスが膝を突き、俯いている。
「あ、フウカ」
ティムが振り返った。身体中傷だらけで立つのも辛そうなのに、常日頃通りのけろりとした態度がフウカを安堵させ、それと同じくらいちょっと脱力させた。
「フウカ……ありがとね」
「私? でも私は、何も……」
「そんな事ないよ。フウカが下で何かしてくれたから、ガレクシャスを止める事ができたんだ。それにね、ぼく……」
ティムはこそこそと小声になって、とっておきの秘密を打ち明けるようにフウカへ囁く。
「実はさっき、フウカの声が聞こえたんだ。近くにはいないはずなのに、これって……変だよねぇ? わ、笑わないでよ……?」
それを聞いたフウカは、きょとんとしてから――たまらずくすりと吹き出した。
「あ、笑わないでって言ったのに、ひどいよー!」
「違う違う、そうじゃなくて……」
ひらひらと顔の前で手を振り、決して馬鹿にしたわけではない事を断ってから。
「私も……聞こえたの」
「フウカも、自分の声が?」
「違うよ。ティムの声――ティムが励ましてくれたから、私、一人でも頑張れたんだ」
だから、フウカは満面の笑みを作る。
「ありがとね、ティム」
「……うん。こっちこそ」
その直後、あたりからもぞもぞとした動きを伴い、うめくような声が湧き始める。
「や、やられちまっただロ~……誰か、助けてくれだロ……」
「おぉ、あそこにおるはフウカではないか。老い先短いこの身じゃ、ワシを一番先に直してくれんかの……?」
「あーっ、長老さんずるいだロ! 俺の方が怪我がひどいし、俺を先に直してくれだロ!」
我も我も、と気絶していたロボット達が意識を取り戻して大儀そうに半身を起こし、ゾンビ映画顔負けにずるずるとフウカの方へ這い寄ってくる。
「わ、わ……分かったから、みんな! お、落ち着いて……」
「ワン! ワン!」
「あ、カイン! 君も無事だったんだね……良かった……っ!」
小型に戻ったカインの隣では、土や埃で鎧がまだら模様になったアイアンホワイトも歩み出していた。
「ガレクシャス……」
そうして視線を送った先には、よろよろと立ち上がるガレクシャス。
その周辺には、ガレクシャスに吸収されていたはずのロボット達が倒れていた。
恐らく、パワーコア同士がぶつかり合う天文学的な威力の衝撃で内部機関にまでダメージが及び、吐き出す事になったのだろう。
彼らも各々再起動したり、他の仲間に助け起こされ、後遺症はないようだ。
「相殺……痛み分けか」
ガレクシャスが呟き、それから自嘲するようにかぶりを振った。
「いや――俺の負けだな。お前に……お前達に」
「勝敗なんてどうでもいいよ。ガレクシャス、怪我はない?」
ティムの質問にガレクシャスは応じず、次第に目を覚ましたロボット達が放つランプの明かりや賑やかさから背を向けて。
「……その輪へ入るには、俺は少々失いすぎた。敗者は疾く去るのみ」
だが、と肩越しに冷ややかな一瞥を投げてくる。
「自由を侵略するものには必ず立ち向かう。たった一人になったとしても、何度でもな」
ぬくもりを振り払うように歩き出すガレクシャス。
ティムの隣では、アイアンホワイトがそわそわと落ち着きなく目線を飛ばして来ていた。
ティムが心得たように頷きかけると、アイアンホワイトは一言、「礼を言う」とだけ残し、闇へ突き進むガレクシャスを追って走り出す。
「待て、ガレクシャスっ。わ、私も……私も共に行こう!」
強引に肩を並べるアイアンホワイトを、ガレクシャスは取り立てて拒まなかった。
「……好きにしろ」
数日後。
ティムとフウカはその日、久しぶりにシュシガーデンで、日が暮れるまでシュシと花の世話に精を出している。
シュシガーデンの花々は毎日丹念に育てられ、大輪の花が咲き誇る庭園になっていた。
ガーデンは五つのエリアに分かれて仕切られ、俯瞰すれば緻密な幾何学模様を描いているのが分かるだろう。
北西にはみずみずしい果物が実をつける果樹園、北東には観葉植物や盆栽など観賞用の花壇が並び、南東には食料ともなる新鮮な菜園が青い芝生を作り出し、南西は水草の浮く池と橋があり、庭園のような佇まい。
そして中央には、フウカ達とシュシが協力して栽培された、一番最初の花畑が活力に満ちて咲き乱れている。
花畑の中央に足を揃えて座るフウカは、膝先で揺れる花々を何ともなしに眺めている。
暖かい風が吹き抜け、豊かな色合いの花達が、安らぎを醸し出す綿のように揺れた。
朱色の空に影が伸びて、白い光が瞬くように輝く。
星だろうか。ティムは自分の指先を透かすように見上げた。
ずっと昔に聞いた、うるさいくらいのエンジン音が、近づいて来る。
空から地上へ向けて浴びせられるライト。降りて来るのは、数多くの宇宙船団。
その窓辺には、何人もの古い人達が並び、二人を迎えるように見下ろしていた。
風花とココロのプラネット 牧屋 @ak-27
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