第39話 起死回生の凶手

 夜が明けて。


 少しは精神状態が回復した私は、両親が止めるのを(能力で)押し切って、四階の室内展望スペースへ来ていた。


 なぜなら、ここが新たな情報交換の場として決まったから。





 私が駆けつけた時には、既に高羽さんとスマホの人、それに俊平君以外は集合していた。


「遅かったな」


 秋津さんは、私を目に留めるなり、そっけなくそう呟いた。気遣いの言葉などは一切なかった。


 アクターである以上、こういったことと出会うのは少なくないはずで、いちいち気遣いなどする必要を感じないのだろう。それが理解できるから、不満はない。むしろ、あ・の・程・度・の・こ・と・で、精神の均衡を崩してしまったのを恥ずかしく思う。


 それはつまり、アクトレスとしての覚悟が足りなかったということなのだから。少なくとも、私にとっては。





 ふと視線を感じて顔を向けると、谷村さんが目で『大丈夫?』と気遣ってくれていた。


 気遣いに感謝しつつ、微笑みを返しておく。弱々しい笑みになっていないといいのだけれど。余計に心配をかけたくはないし。





「よし、では方針説明だ」


 協調性がないという情報は聞いていたのか、残り一人を待たずに、秋津さんが話を始める。


 皆の様子を見る限り、どうやら昨日の件については全て説明が為されていたらしい。


 ・・・ところで、秋津さんは、仕事の方は大丈夫なのかしら。





「まず、高羽の怪我の具合だが、正直よろしくない。船上だと、処置にも限りがあるからな。かといって、病院まで空輸という手段は取らせるわけにはいかない。この世界は、おそらくこの船と大海原が全てだ。仮に、空輸のためのヘリが飛んできたところで、運ぶ先はないに違いない。となれば、他のモブ達のように退場させられるのは必然。世界の境界線まで飛んで行った挙句、そこでヘリは消失、高羽は海の藻屑なんて可能性が高い」





 今のところ、応急手術でどうにか持ちこたえているらしいけれど、それもいつ急変するかわからないという。





「次に、もっと切迫した問題として、高羽は能力を夢魔の目の前で行使している。つまり、アクトレスだとバレている。夢魔としては、息の根を止めておきたいところだろう」


 俊平君がいないのは、高羽さんを傍で護衛するためだとか。


 流石に、医療スペースで待機するのは無理だったらしく、その入り口を見張れる位置で待機しているのだとか。





「そして、最後の状況説明だが、既に殺人未遂があったことは船上全員の知るところとなっている。乗客は皆、警戒心を強めている。行動するときは、その点に留意して目立つことは避けるべきだろう。ちなみに、応援として警察のヘリを呼んでいるといった情報は、今のところない」





 そこで一度言葉を切ると、私たちの顔を見まわす。


 目が、『理解できたか?質問があれば今しろ』と語っている。


 雫ちゃんが、おずおずと手を上げて口を開いた。


「その、高羽さんの体は、現状でどの程度の期間、持ちこたえられるでしょうか」


「俺の予想でしかないが、二日を超えると保証外と言ったところだ」


 つまり、この後昼から行動するとして、猶予は一日半と言ったところね。





「そこで、これからの方針だが。まずは高羽をこの夢から脱出させることを優先したい」


「それはつまり、夢魔を積極的に探して、打倒するということでしょうか?」


 谷村さんが、最も理想的な解決方法を提示する。ただ、声音にも言葉にも表情にも疑問符がついていた。


 自分でも、自分の発言が正鵠を射ているとは思っていないといった感じ。


 まあ、そうでしょうね。もしその案で正解なら、始めから回りくどい言い方をせず、早急に夢魔を打倒すると言った方がわかりやすい。


 私が思い浮かべていたのは、もう一つの手段。そう、あの時、蛍斗が水菜を救うために取った選択肢。


「いや、この夢をリセットする。具体的には、主役である少女を絶命させ、夢をリセットさせる」


 夢がリセットされれば、私たちアクターの状態も、夢に入りこんだ当初の状態にリセットされる。これを利用して、高羽さんの傷をなかったことにしようという策。


 一見すると、最も実現の可能性が高く、最有力となるべき選択肢。


 けれども・・・


「それは、私たちに、人を殺めろ、と?」


 雫ちゃんが、震える唇でどうにか言葉を紡ぐ。





 そう、それは人殺しだ。まして、夢世界の作られた人形ではなく、現実に生きている少女が標的。


 実際には、夢世界がリセットされれば、何事もなかったかのように主役の少女も生き返る。


 理屈ではそうだ。


 しかし、殺人、同族殺しは人間の倫理だけでなく、ヒトという、動物の種としてのタブー。


 これまでの人生で、殺人は犯罪だ、最もしてはいけないことだという価値観を刷り込まれた私たちに、はたしてそれができるのか。


 理屈など関係なく、感情・・・いいえ、本能のレベルで抵抗があるはず。





 少女を殺さなければ、高羽さんの命が危ない。


 少女は殺されても生き返るが、高羽さんは死んだらそれっきりなのだ。


 そんな理屈は分かっている。けれど、だけどと心がそれを受け入れない。





 そもそも、主役の少女を殺めることは、殺人をしたということになるのだろうか。


 ここは夢の中で、少女はここで一旦は死んでも、現実では死んでいないわけで、それは殺人を犯したことになるのだろうか。


 ・・・いや、少女は現実に存在し、現実での名前、現実でも居場所のある人間なのだ。それを夢の中とはいえ、勝手な都合で正当化して、自分の意志で殺すのなら、現実での殺人犯と変わらない。


 いや、そもそもこの世界は現実ではなく・・・。





 思考がグルグルと回って気持ち悪い。


 考えれば考えるほど、迷路の袋小路にはまっていく。


 そんな中で唐突に思い出すのは、かつての護衛の虚ろな表情。


 この場合でも、命の価値は同じだと言えるのだろうか。


 理屈で考えれば、高羽さんの命の価値の方が高いと思う。


 しかし、それは自分のエゴイズムではないだろうか。


 蛍斗に首をはねられた時、私は確かに死を体験したのだ。


 少女は、リセットして時にその記憶を失くしたとしても、私の心はそれを永遠に覚えているだろう。


 そんな罪悪感に、私は一生耐えられるだろうか。


 仮に、少女を救えたとしても、私はあの子の目を見て、笑うことができるだろうか---。





「---ちゃん!シルフィちゃんっ!!」


 強い口調で名前を呼ばれて、意識が目の前の現実ゆめへと帰ってくる。


 他のみんなが、心配そうな顔でこちらを見ていた。


「顔が真っ青よ?大丈夫?」


「ええ。ありがとう。思考に集中しすぎた挙句、勝手に雁字搦めになっていただけです」


 額や手に冷や汗をかいていた。目をぎゅっと瞑り、精神を落ち着かせる。


「お前らの気持ちは、わかるつもりだ。俺も、初めてこの世界で人を手にかけたときは、一晩眠れなかった」


 意外にも、秋津さんの口からフォローの言葉が出ていた。表情からは、様々な思いが混ざり合って飽和している様子も伺える。


 それだけ、彼にとってもその記憶は苦いものなのかもしれない。





「お前たちが、それを背負うのはまだ早いかもしれない。だから、今回は強制はしない。だが、最低限、その少女を見かけたら情報を回してくれ。できれば、部屋番号などがわかると助かる」


 それはつまり、情報さえくれれば、少女の始末は自分でつけるということだ。





 全員が口をつぐんだまま頷いて、その場は解散となった。





 今にして思う。私に刃を振るうことを決めた時、そして実際に振るった時の蛍斗の胸中には、どんな思いがあったのだろう。やはり、躊躇いや罪悪感はあったのだろうか。それとも、そんな感情が摩耗するほどに、そんなことを繰り返してきたのか。





 どちらにしても一つ言えることは、それが最善だと判断した上で、実行に移したことに尊敬の念を覚えるということ。


 たとえ本来ならば、決して褒められるような行いではないとしても・・・。

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夢幻の終演者(仮題) PKT @pekathin

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