第7話 ドラゴン・リング

「レオニス様! これは一体?」


 大火力で焼き払われた様な風景に目を丸くする警備部隊に、レオニスは嘘の情報を教えた。


「客人にヤメスの領内を案内していた所、不審な奴らがいてな。

 ほら、最近国境近くで人さらいが出ると噂になってるだろ、何をしてるか尋ねたらいきなり襲い掛かってきたんで、ちょっとな」

「それにしても、一体どれほどの火炎魔法を使えばこれほどの事に?

 サラ様でもここまでの魔法はお使いになれますまい、レオニス様お強うなられましたなぁ」


 幼少の頃に剣の手ほどきを受けた事もある警備隊長が感激するのを見て、レオニスは慌てて否定する。


「あ、いや、やったのは俺じゃなくて……、えっと、ジュリエットだよ!」

「はぁ!?」


 メアリーがやったとも言えないので、その場にいたジュリエットに責任をなすりつける。


「ほう、これはご学友のジュリエットさん、いやぁ、これほどの逸材を【ウォール・ナイツ】に奪われるとは、王都の方でもさぞ悔しがってる事でしょうなぁ」

「ま、まぁ、とにかく、後は頼んだよ、あ、尋問は俺は直接行うから!」

「承知しました……が、この火傷の様子では、まともに口が利けるようになるまではしばらくかかるかもしれませんなぁ」


 途方に暮れたように賊を眺める警備隊長に事後の処理を押し付けて、そそくさとその場を後にする。

 ジェームズたちが乗っていた馬たちは炎に驚いて皆逃げ出したというのに、メアリーが乗っていた白馬は忠誠心を示して残っていたが、その馬に乗っていては目立つので、ジュリエットの馬に同乗してもらう事にした。

 チャベスが乗っていた馬にヒョードルが一人で乗り、レオニスの馬にチャベスを乗せる。

 メアリーの白馬は賊の馬という事にして、後で接収する予定だ。


「ちょっと、レオ! さっきの何なのよ! 私のせいにしないでよ!」

「ごめん、ジュリエット、その子がやったって言ったらややこしくなるだろ?」

「それはそうだけどさ! じゃあ、自分がやったって言いなさいよ……」


 ジュリエットは不満そうに頬を膨らませたが、思い出した様にメアリーに質問する。


「そうだ、王女さま!」

「ジュリエットさん、名前で呼んでいただいて構いませんよ」

「本当? じゃあ、メアリーさん!」

 

 ヒョードルの刺す様な視線も意に介せず、ジュリエットは質問を続ける。


「さっきの炎ってメアリーさんの魔法なの?」

「いえ、私は魔法は使えません」

「じゃあ、武器か何か?」


「僕、チラッと見たんだけど……」


 すかさずチャベスが口を挟む。


「メアリーさんの指輪みたいなのから炎が出た様に見えたよ、あれはサビエフの新兵器なの?」


 チャベスはサビエフが開発した新兵器だと思っている様だ。

 レオニスも確かに指輪が光るのを見てはいたが、あんな小さな指輪から出る炎とはとても思えない、そんな事ができるならそれこそ魔法族を超越した魔法の使い手だろう。


「おい、お前たち……」


 主人を質問攻めから守るようにヒョードルが口を開きかけるのを制して、メアリーが三人に質問を返した。


「そのお話をする前に……、先ほど皆さんは【ウォール・ナイツ】に入隊するとおっしゃってましたね?」

「はい、俺たち三人とも志願しました」

「先ほどの皆さんの様子を見るに学校でも優秀な方だったのでしょう、我がサビエフでも【壁】は前途有望な若者が自ら進んで志願して行く様な場所ではありません。

 一体なぜ志願なさったのか、その理由を教えて下さい」


 炎の話と志願理由がどう結びつくのかは分からなかったが、スカーデッドや予言の話はなにもアメザスに限った話ではない、七大陸全体の危機だ。

 クーデターの成否は分からないが、王族のメアリーと危機感を共有できれば後々何かの役に立つかもしれない。

 レオニスはそう思って、志願理由を話し始めた。


「メアリーさんは【アルス・ノトリアの予言】を知ってるか?」

「ごめんなさい、知らないわ」

「そうか……その予言の中に【空に黄金の金輪が浮かぶ時、死者の王が蘇り生者は息絶えまた蘇る】という一節があるんだけど」

「それなら知ってます、サビエフでは有名なおとぎ話の一節よ、死者を操る者が墓場から死者を蘇らせて人類を殲滅する……」

「おとぎ話と思うか?」

「違うと言うの? まさか!」

「俺たちは見たんだ、蘇った死者【スカーデッド】を」

「お前たち、いい加減に……」


 大人しく話を聞いていたヒョードルは嗜めようとしたが、三人の真剣な眼差しに気圧された様に口をつぐんだ。


「お前たち、本当に見たのか?」

「あぁ、三年前に死の森で」

「死の森……」


 黙り込んだヒョードルと目を見合わせたメアリーが告げる。


「サビエフのおとぎ話では、死者を操る者は死の森に降り立つの」

「アメザスも同じだよ」

「それで皆さんは予言の未来から人類を救う為に【壁】の護り人になろうと言うのですね」

「そんなに大げさなモノじゃない、大切な人たちを救いたいだけだ」


 照れた様なレオニスに、メアリーは柔らかな笑顔を向けた。


「皆さんのお気持ちは分かりました、そういう事であれば私もお力になれるかもしれません」 

「メアリーさんが?」

「私が……というよりこの指輪がです」

「どういう事?」

「皆さんはこの世界の七つの大陸がどうして【七龍大陸】と呼ばれるのか、その理由はご存知ですか?」

「そ、それは確か、龍の怪物が昔、世界を火の海にしたとかなんとか」

「その龍の力を封印した指輪の話も聞いた事あるでしょう?」

「そんな、まさか!? それこそおとぎ話じゃないのか?」

「私もつい先ほどまではそう思っていました、でもさっき確信しました、世界に七つあると言われる【ドラゴン・リング】その一つがこれです」


 差し出された指輪には鮮やかな紺青色のサファイアが、雪の様に白いメアリー・シルバートンの肌に映えた。


「これが、ドラゴン・リング……」


 息を飲んでその指輪に見とれる三人にメアリーが声をかける。


「ニコラフの真の狙いはこの指輪なのです」

「まさか、これを侵略の道具に使う気なの? あんな炎、魔法族レベルの魔法使いでも居ないと防ぎ切れないわよ」

「それが、この力は使いたい時に使えると言うものではなさそうなのです、ましてや誰にでも使えるというものではありません」


 最後尾で周囲に目を光らせていたヒョードルが後ろから声をかける。


「ドラゴンの力は、シルバートンの血を引く銀髪の女性にしか扱えんと代々伝わっているのだ、もちろん古い言い伝えで誰も信じてはいなかったがな。

 この俺でさえさっきの炎を見るまでは信じちゃいなかった、もちろんニコラフも知らぬことだ」

「じゃあ、もしニコラフって人に捕まっても、それを教えれば少なくともメアリーさんの命は大丈夫って事ね」

「でも、逆にメアリーさんに力を使わせる為にどんな酷い事でもしそうじゃないか? 人質取ったりとか……」


 恐ろしい想像をしたのか、悲し気に目を伏せるメアリーを見て、ジュリエットがレオニスを叱りつけた。


「ちょっと! 何言ってるのよ、レオ!」

「いいんです、ジュリエット、レオニスの言う通り例えどんな卑劣な手を使われても、この力を侵略の道具にしてはならないのです、それが私の責任なのだから」


 悲壮な決意を美しい碧眼に輝かせるメアリーの耳に聞きなれない音が響く。


『グゥウ~』


「な、なんかお腹空いちゃったね」

「そう言えばお昼ごはん食べるつもりだったのすっかり忘れてたわね」

「メアリーさんも食べますか? 俺の母上が焼いたレーズンパン、美味しいですよ!」


 目を丸くしてチャベスを見ていたメアリーの顔に笑顔が弾けた。


「はい、いただきます!」

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七龍大陸物語 ~レオニス・ラフリスと死者の森~ J・P・シュライン @J_P_Shrine

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