第6話 邂逅

「メアリー様、お怪我は?」

「私は無事です、それよりもあなたが……」


 傷だらけの巨体で転ぶようにメアリーの元へ駆け寄ったヒョードルは、メアリーの無事を確認すると安心したのか片膝を付いた。


 レオニスは、目を疑うような業火ごうかの衝撃も覚めやらぬまま、二人の様子を思案気しあんげに眺めている。


「レオ、こいつらどうする?」


 チャベスの呼びかけに振り向いてみると、炎に焼かれた兵士たちが焦げた体を雪に埋めて苦悶くもんうめきをあげていた。


「このままにはできないな、砦に狼煙のろしの準備があるはずだから警備部隊に来てもらおう。

 サビエフの連中がアメザスで何をやってたのか吐かせないとな……、それよりもあっちだ」


 再び振り向くと、メアリーはヒョードルを労わる様にしゃがみ込んで声をかけている。


「なに怖い顔してるのよ、レオ! あの子たちも無事……ではないみたいだけど、とにかく助かったんだし、あの子のお蔭で私たちも助かったのよ! 行きましょう!」

「あ! 待てよジュリエット!」


 明るく言い放つジュリエットに毒気どくけを抜かれたレオニスとチャベスも、おずおずと後に付いて行く。

 それに気づいたヒョードルが立ち上がって警戒の威圧をするのをメアリーがたしなめた。


「おやめなさい、ヒョードル」

「はっ! しかし……」

「よいのです」


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 ヒョードルの方はどう見ても大丈夫ではなさそうだが、ジュリエットとしても他に聞きようもない。


「大丈夫だ、それより助けてくれた礼を言わせて貰おう」

「いえ、とんでもない! 助けて貰ったのはこちらの方で、さっきの炎は魔法か何かですか? 私あんな強力な魔法見た事なくて……」

「すまぬな、先を急ぐので」


 詮索せんさくを避けるように話を打ち切ろうとするヒョードルにレオニスが声を掛けた。


「急ぐとは、どこへだ?  お前たち、見た所アメザスの者ではないようだが?」


 詰問するような言い方に、ヒョードルも視線に殺気を込めてレオニスを見返す。


「ちょっと、やめなさいよレオ」

「おやめなさい、ヒョードル」


 二人の女性に叱られる男たちを見て、口元に笑みを浮かべたメアリーが口を開いた。


「そちらの方、先ほどヤメス城主のご子息だと仰ってましたが?」

「あぁ、そうだ、ヤメス城主アンドリュー・ラフリスの次男、レオニス・ラフリスだ」

「そうでありましたか、やはりこれも天啓てんけいなのでしょう」

「メ、メアリー様!?」


 メアリーはとがめる様なヒョードルの視線を受け流して話を続ける。


「レオニス・ラフリス、わたしは第七十九代サビエフ王ダミアン・シルバートンの娘、メアリー・シルバートンです、折り入ってお願いしたい事がございます」

「サビエフの王女!?」


 気品きひんあるたたずまいや身のこなし、雰囲気などからある程度の家柄の娘であろうとは予想していたが、王女とまでは想定外だ。


「お、王女さま!?」

「王女さまがどうしてアメザスに? それにさっき襲ってきてたのはサビエフの騎兵隊きへいたいでしょ?」


 ジュリエットとチャベスも驚きを隠せない。


「彼らはサビエフの正規兵ではありません……、そのお話をする前にあの者たちをとむらいたいのですが、よろしいか?」


 自分を守るために命を落とした三人の部下を沈痛に見つめるメアリーと、ジュリエットの無言の圧力に敗けて、レオニスが白旗を上げる。


「まぁ、こちらが命を救われたのも事実だし、そのお礼はしなきゃならないからな! チャベス、手伝ってくれ!」


 レオニスとチャベスは杖を振って地面に穴を掘ると、一人ずつ抱きかかえて手を組んで寝かせた。

 上からかける雪まで魔法でやってしまうのは躊躇ためらわれたので、かじかむ手で丁寧にかけていると、メアリーとヒョードルもそばにやってきて、死者に声を掛けながら雪をかけ始める。

 五人掛かりで雪のひつぎに埋め終わると、メアリーがサビエフ式の簡易な葬送そうそうを執り行う。


「白い精霊の御名において、安らかな眠りを」

「眠りを」


 葬送を終え、ようやくメアリーも心の整理が付いたようだ。

 その澄んだ大きな碧眼でレオニスたち三人を見据え、雪の様に白い肌を更に青白くさせて身震いする様に話し始めた。


「実は、五日ほど前、我がサビエフ王国でクーデターが発生したのです」

「え!? クーデター?」


 レオニスたちは初耳だ、そのような報せは未だ遣い鳩でも届いていない。


「まだご存じないのですね……、でも、本当の事なのです。 首謀者の名前はイゴール・セルゲイ・ニコラフ。 猛々しいだけの野心家です」

「イゴール・セルゲイ・ニコラフ?」


 チャベスがその名前を聞いて首をかしげる。

「なんだよ、チャベス、知ってるのか?」

「いや、なんか聞き覚えがあるような……」

「もぉ、話の腰を折らないでよっ! さ、王女さま続きを話して」


「はい、事前にその動きを察知した父上が、このヒョードルを護衛に付けて少数の手勢で城を脱出させたのです」

「ヒョードル!? あんたが【サビエフの荒鷲】ヒョードル・アレンスキーか?」

「その名は返上せねばならんな、あんな殺し屋風情にこのザマだ」


 放っておくと剣談義に花を咲かせそうな二人をジュリエットが叱りつける。


「ちょっと! いちいち話の腰を折らないでくれる? さ、王女さま続けて」


「は、はい、それでチャロス帝国のロバート・モーリス王は私の叔父にあたりますので、そこへ逃げ込めと……、ですが、それにはアメザスの領内を通らねばなりませんので」

「それで、こんな所に居たのね……、その、お父上の国王陛下はご無事なの?」

「分かりません、別々に逃げたので……、うまく逃げてくれていればいいのですが」


 気丈に振る舞うメアリーだが、大きな碧眼の瞳は涙に潤んでいる。


「きっと大丈夫ですよ! サビエフ王と言えば素手で熊を倒すと言われる屈強な戦士でしょ! ニコラフの手下なんて一握りですよ!」


 チャベスの気休めを間に受けた訳ではないだろうが、メアリーは口角を上げて強がってみせる。


「そうですね、私もそう思います、この様な者たちに父上が負けるはずはありません」


 そう言うと、雪の上で呻いている兵士たちを睨みつける。


「そいつらからも幾らか情報は引き出せるだろう、俺は狼煙で警備兵を呼んでくるよ、手伝ってくれチャベス」

「うん、ジュリエットはここでその人の手当てしておいて」

「分かったわ! さぁ、ヒョードルさんその傷だらけの腕を出して下さい」

「腕を?」


 訳もわからずに腕を出したヒョードルに、杖を向けて呪文を唱える。


傷よ、癒えよディカールメント!」

「なんと! 君は回復魔法も使えるのか!」

「良かったですね、ヒョードル!」

「まだ未熟なので傷を塞ぐだけですけど、幸い腱は切れてないみたいだから、もうしばらく我慢してください」

「君たちは、魔法学院の卒業生か?」

「はい、私たち三人はこの春に卒業して【ウォール・ナイツ】に入隊予定なんです」

「そうか、やはりアメザスの学生は優秀な様だな。 あのレオニスとかいう青年も良い筋をしている、さっきのは流石に相手が悪かったが……、それにしてもその優秀な三人がわざわざ【壁】に行くとは」


そこに狼煙を焚いて警備部隊に連絡を付けたレオニスとチャベスが戻って来た。


「ヒョードルさん、今、相手が悪かったと言ってたが、さっきのあの男を知ってるのか?」

「あぁ、知っている……というか、お前たちは知らんのか?」


 ヒョードルは逆に驚いた様な表情を浮かべた。


「あぁ、知らないな、教えてくれないか?」

「お前たちもアメザスの双刀・ショーン・アマンドは知っているだろう?」

「もちろんだ」


 知らぬわけがない、これからレオニスたちが入隊する【ウォール・ナイツ】の戦闘指揮官であり、三年前のあの日レオニスたちの人生の転機ともなった人物だ。


「あの男の名は、ジェームズ・アマンド。 ショーンの落とし子だ、剣の腕だけを父親から引き継いだ不肖の殺し屋だ」 

「落とし子だと!? しかも殺し屋?」

「あぁ、しかも凄腕だ! 俺も剣の腕には多少の自信があったがこのザマだ」


 ヒョードルは自嘲気味に傷だらけの自分の体を眺めると、肩をすくめて話を続ける。


「手合わせした感じだが、ヤツの相手を出来るのは親父のショーンか、世界一の剣豪と名高いデフチェク帝国の【フォン・ウルフ・ベッケルス】くらいのものだろう」


 ショーン・アマンドに子供がいるとは初耳だ、そもそも妻を持っているとも聞いた事がない。

 だからこその落とし子なのだろうが、豪放磊落ごうほうらいらくながらも実直な性格だと思っていたショーンにそういう過去があったとは驚きだ。


(しかも、その子どもが殺し屋に落ちぶれているとは何かの間違いじゃないのか?)


 レオニスはそう思いながらも、先ほどのナイフを構えた姿やその剣気の強大さから、それが真実である事を実感していた。


「まぁ、英雄色を好むと言うし彼も若い頃の話だ、アメザスでは有名な話かと思っていたが……、それよりもういいかな? ジュリエットさん」


 呼びかけられたジュリエットは慌てて杖を下ろす。

 見たところヒョードルの腕の傷はえていた。


「あ、じゃあ、体の方の傷を治しますから、服を脱いで下さい」

「いや、その前にレオニスよ、狼煙をあげて警備兵がここに来るまでどの位だ?」

「この時間ならちょうど巡回に出てる時間だから、そう時間は掛からないはずだ」

「君を信用しない訳ではないが、我々サビエフとアメザスは同盟を結んでいる訳ではない。

 ましてや我々は無断で侵入した身だ、情報は欲しいがあまり目立っては君に迷惑を掛ける事にもなるかもしれない、我々はこの砦に身を隠して……」


 ヒョードルの申し出を、ジュリエットが血相を変えて却下する。


「それはダメよ! またさっきのジェームズ・アマンドみたいなのが来たらどうるんですか! こんな砦に二人で隠れるなんて!」

「そうだな、それに急いで逃げて来たならチャロス帝国の叔父上とも連絡は取れていないんだろう?」

「それはそうだが」

「目立たない様な格好で城に入れば後は俺が悪いようにはしない、そこは俺を信じてもらうより他ないが……」


 レオニスは黙ってやりとりを聞いていたメアリーに問いかける様な視線を送る。

 それを受けたメアリーは、澄んだ碧眼でレオニスを見返すと、一拍おいて笑顔を浮かべた。


「信じましょう、レオニス・ラフリス」

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