第五話―⑫ 夢の終わり
三時間目の授業がようやく終わった。次の英語を
ここの所、
そのお礼、というわけじゃないけど、今日の弁当も自信作だ。ご飯を幸せそうに
「なんか最近、えらくご機嫌じゃない?」
私が妄想を楽しんでいると、
「何よ、ニヤニヤニヤニヤ、気持ち悪いわね。そういえばアンタ、キスの件はどうなったのよ。用事がどうのこうので
「キ、キスだなんて、そんな! 私達には、まだ早いです! あ、でもでも、彼がもう少し積極的になってくれたら、その時は……きゃっ」
想像しただけで、胸が高鳴った。
そう、そうなの。どうも彼は私に遠慮しているんだよね。
人を気遣うのは彼の美徳だけど、もう少し強引になってくれてもいいのに。
「え、ちょっと
「つ、ついに頭がおかしくなったの? あんたの言ってること、わけ分からないんだけど」
いつもはクールな
三人とも、どうしちゃったんだろうか。
「本当に、何を言ってんのよ、アンタ! ふざけてるの!?」
何をって、そっちこそ何を言ってるんだろう。おかしな人達。
私は、自分の彼氏の事を話しているだけなのに。
「今日もね、朝一番に起きてお弁当を作ったんですよ? 彼、喜んでくれるかなあ。ねえ、どう思います?」
そう言って、感想を聞いただけなのに。
どうしたんだろ、貧血でも起こしちゃったのかな。保健室いく?
「き、気持ちの悪い事を聞かないでよ! わ、わたし達への当て付けのつもり!?」
「な、七瀬さん! 落ち着いてください!」
「そ、そうよ。
こんなに慌てふためく七瀬さん達は初めて見る。やっぱり調子が悪いんだろうか。
「そ、そうね……。アンタ、そんな風に開き直っても無駄だからね! 最後まで付き合ってもらうんだから!」
「……はあ?」
言っている意味がわからない。最後まで? 何を付き合うっていうの?
「──っ! 行くわよ、皆!」
いきなり怒鳴りつけてきたかと思うと、サッサとドアを開けて出て行ってしまう。もうすぐ、休憩時間も終わるというのに、せっかちな人達だなあ。
「あ、朝比奈さん? どうしちゃったの?」
「
おそるおそる、というふうに。矢島さんが声を掛けてきた。
彼女まで、一体どうしたというのだろう。
「何でもありませんよ。ちょっとね、七瀬さん達が変な事を言ってきただけです。ふふ、あの人ったら、まるでね、私と
「──え? あさひな、さん?」
あれ、固まっちゃった。本当に、今日は皆、変だなあ。
急に顔色を悪くした矢島さんを心配し、声をかけるが……彼女は
どうしたものかと思っていると、彼女を呼ぶクラスメイトの声が聞こえてきた。
「ねえ、
「え──う、うん……」
けれど、矢島さんは級友に声を返したものの、まだ気にかかることがあるのか、なにか言いたげな様子でこちらを見ている。うーん、どうしたんだろう?
安心させるように
そのまま後ずさりをしはじめたかと思うと、私から目を背けるようにして身をひるがえし、自分の席に帰ってしまう。……なんだったんだろうか?
まあ、いいや。それよりも、
スマホを取り出し、LINEを起動。彼とのやり取りを一つ一つ、上から下までじっくりと眺める。
……胸の奥からじんわりと、
文面を見ているだけで、心が安らいでいくのがわかった。
こんなにも素敵な恋ができるなんて、思わなかった。少し前まで、学校に来るのが嫌でしょうがなかった、だなんて
……あれ? でも、それはどうしてだっけ。たとえ、付き合う前だったとしても、学校に行けば、好きな人に会えるのに。なのに、それを嫌がるなんて──あり得ない。
私は、どうして、あんなにも、毎朝、嫌な思いを、隠して──
「──つうっ!」
また、頭が痛んだ。
そうだ、余計なことは考えない方がいい。
晴斗のことだけ
はやく、会いたい。彼に、晴斗に
じれったい気持ちを押し隠しながら、授業を受け続け──やがて、待望のチャイムが鳴り響く。それは、私にとってはまさに福音だ。慣れ親しんだ電子音を聞きながら、内心で喝采をあげる。待ちに待った時間が、ついに訪れたのだ!
私は、先生が退出するのと同時に、席を立った。
早く、晴斗に会いたい。一緒に過ごしたい。その想いが
「ちょっと、待った」
足取りも軽やかに歩き出そうとしたところで、その声に出鼻をくじかれた。
つんのめりそうになるのをこらえつつ、すべるようにターン。声の聞こえた方向へと体を転換させる。
すると、そこに立っていたのは……
「……
周りを見渡すが、彼以外に見覚えのある生徒は居ない。
珍しい、備前くんが一人でここに来るなんて。
「ああ、安心してくれや。晴斗の
「え!? ちょ、それってどういう事ですか?」
「いやいや、大した事じゃないんだがな。あんたに、ちょっと話があってな?」
話? いや、それよりも! そんな
「まあ、ここじゃあなんだし。どっか別の……そうだな、屋上にでも行こうか。聞かれちゃまずい奴
一方的にそうまくしたてると、
付いて来い、と。そう言う事らしい。
「待って下さい! 訳が分かりません! 一体、話って何を──」
「なに、本当にすぐ済むさ。ちょっと確認したいだけだからよ」
「か、確認?」
「ああ、そうだ。そうだとも。俺はよ、ただ、お前らのやってる──」
こちらを振り向きもせず、夕食のメニューを尋ねるような、何気ない調子で。
「──『ゲーム』について、知りたいだけだ」
彼は、そう言った。
朝比奈若葉と〇〇な彼氏 間孝史/MF文庫J編集部 @mfbunkoj
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