パート3:自分の事、家族の事

「………………」

 三歳児がその歳に似合わぬ、少し疲れたような雰囲気で物思いにふけっていた。

 異世界転生した男こと、ロム・アドルフスである。

 ここはイローネと呼ばれる国の西部にあるルプスの森。

 その森の中で、隣接する都市に程近い位置にある屋敷の庭。そこにある丁度いい大きさの岩の上に彼はいた。

 この世界で初めて歩いた日、それから約二年が経っていた。

 あれから暫くして視力が上がり、身の回りが見えるようになって、漸く自分がどんな家に生まれたかに気付いた。

 一言で言えば、貴族だった。

 目が十全に機能していない時期でも家具や食器、両親が着ている服など、身の回りのものが高そうだと気づいてはいた。

 しかし言葉を覚え、見聞を広げていく中でそれを知った。

 鹿の頭部の剥製が壁に飾られているのを発見した時からもしやと思っていたが、屋敷を案内されその大きさに驚き、更に外に出て、

「この屋敷がある森とそれに隣接する都市が、うちが管理・守護する土地だ」

 と父親であるアース・アドルフス=サルデーニャ辺境伯に館の外の風景を見せられては、認めざるを得なかった。

 少々厳つい顔のアースではあるが、そう言った彼の顔は確かに誇らしげであったのをロムは見た。

 風景美術として優れた景観を誇る館周辺。

 そこから西に広がる、神霊存在と言われる神様のようなものがいる森と、その恩恵を受ける立派な活気溢れる都市を代々治めているのだ。

 その義務をしっかりと背負っているアースは成程、立派な人物であった。

 しかしこの世界に生まれたばかりのロムには、まだまだ荷の重い事柄である。

 長男で男児が自分しかいないこの家では、必然的にいつかは自分がそれを受け継ぐことになる。それが少し憂鬱であった。

 転生前に金持ちに生まれるのは断った筈だが、『彼』の気前が無駄に良かったのか、はたまたただの偶然か、判断に困るところである。

 空を仰ぐ。

 青く広がる空と白の雲のコントラストが、とても美しく目に映る。

 地球世界の空と異世界の空、そこには何の違いもないのが、ロムをほっとさせた。

 知らない世界で、知っている物がいつでも見えるというのはとても心強い。

 見上げる事で心を落ち着かせ、なんとかやっていけそうだと少しでも思えるのだから。

 そんなことをつらつら考えていると、

「あ、ロム! またそんなとこでぼうっとしてっ!」

 後ろから声がかかった。

 振り向くとそこには、六歳ほどの少女がいた。

 太陽の光に反射して煌めく金の長髪。可愛らしい容姿に強い意志の宿る瞳。

 貴族の娘として上等な服に身を包んだ、ロムの三歳年上の姉。ルース・アドルフスである。

 そして、異世界転生なんてした者には、看過できない要素があった。

 獣耳と尻尾である。

 狼の耳と尻尾が彼女には生えていた。

 ロムが今までに一番驚愕したこと、それは家族に所謂獣人の要素があり、そしてそれは自分にもしっかり付随していた事である。

 初めて気づいた時にあまりの衝撃に大声を出して、家族に変な顔をされたのはいい思い出である。

 どうやら獣人種は狼型だけではなく、他にも猫型等、様々な種が世界中にいるらしい。

 獣人だけではなく、有翼種やリザードマンに人魚のような人類種、はたまたドラゴンや超巨大な蛸、生まれる前に見た浮遊大陸まで色々と。この世界は本当にファンタジーで溢れているらしい。

 そしてそのファンタジーな世界を現実として、前世の記憶を持ったまま生きる事になるとは、

「……数奇というかなんというか」

「ん? 何か言った? ロム」

「ううん、何でもないよルースお姉ちゃん」

「ふぅん? まあいいわ。それよりもママがお昼にしましょうって」

 そう言ってルースに強く手を引かれ、ロムは駆けだした。

 遠目からでも目を引く、美麗な銀の長髪の女性の元へ。

 

 

 アイネ・アドルフスは芝生の上にレジャーシートを広げ、その上に昼食のお弁当を広げていた。

 バケットから取り出したのは、固めで円柱形のパンに切れ込みを入れ、そこにいくつかの香辛料で味付けした、サラダやハムなどを挟み、それを手ごろなサイズに切って分けたものだ。

 飲み物はよく冷えたミルクを。デザートは昨日から仕込みをしていたプリンだ。

 どれも手作りである。デザートのプリンは子供達と一緒に作ったものなので、上手に作れていると良いのだけれど、とアイネは思う。

 ピクニックという程でもないが、時々こうして天気のいい日は屋敷の庭園で食事を楽しむことにしている。

 勿論、貴族としてやるべきことは多いが、夫程ではなく、時間も取りやすい。その為、子供達に割ける時間も比較的多めであった。

 勿論、普段の食事は屋敷内でとるが、客人がいる場合は言わずもがな。身内のみだとしてもマナーなどにも気を使わなければならない。

 自分は兎も角、子供達にはそう言ったマナーを教え込まねばならないので負担も大きい。なので気兼ねなく羽を伸ばす機会も与えたい。

 貴族の子供として生まれたからにはしがらみや責任はあるが、伸び伸びと育ってほしいという想いもある故だった。

「ママ! 連れてきたよっ!」

 丁度支度が済んだ時に、娘が息子を連れて戻ってきた。

「偉いわね。さ、ルース、ロム。いただきましょう」

「はーい」

「うん」

 どちらもアイネが腹を痛めて生んだ可愛い子達だ。

 しかし、僅かばかりではあるが懸念もある。

 ルースは本来狼型の獣人には現れない、金色の髪が。

 そしてロムには、見た目は普通だが、生来の加護持ちである。

 どちらもそれだけで考えるならば、そう悪い事ではない。

 姉のルースについて言えば。

 色、というのは特定の種族や物事に関しては、割と重要な要素である。

 狼に金色という組み合わせは通常ならあり得ないと断言できる程の事だった。

 普通、狼の最上位色といえば、アイネも有する銀色である。

 これは狼型獣人種全体の数パーセントしかいない希少性であると共に、存在位階そのものが高い。それだけ大きな力を秘めている事になり、尊ばれる存在だ。

 例えばアイネであれば、生まれてこの方あまり鍛えた事はなく、ともすればその外見からは儚げな印象すらあるが、それでもひとたび本気を出せば木をへし折る、並の獣よりも速く走る、くらいの事はやってのける。

 翻って金の色を持つ娘だ。恐らく史上初のケースであり、文字通り唯一無二の才能を持っているということになる。

 今の年齢でも既にその力の片鱗は見せており、日々、力の使い方と責任を教え込んでいるところだ。

 そしてロムにも性質は違うが、力が宿っている。

 加護。それは神霊存在から与えられた力の事である。

 通常は後天的、一時的に得られるものだ。それも術式を通して嘆願するという形で。

 しかしロムは先天的に加護を有している。

 ロムが生まれてまだ日が浅い頃、ルースと同様に森に棲む神霊存在に面通しを行った時に言われたのだ。

「……その赤子、既に加護を与えられておるな。しかもわしより上位の者からな」

 それは魂に付与されたものであるという事だ。

 あとから付け足すのではなく、最初から一個人の構成要素として組み込まれているという意味。

 先天的な加護持ちが他にいないとは言わない。しかしそこまで多くないのも事実。

 そしてその殆どは、その加護の強さに応じた試練が与えられるとも。

 ……それが、少し怖い。

 それは普通に生きる人々にとって、祝福にも呪いにもなるものだ。

 出来れば子供達には、平穏な人生を送ってほしい。

 元気に、健やかに、幸せに。

 子を想う親の、当り前の願いだ。

「お母さん、どうかした?」

「うんうん、何でもないわよ」

 ロムがこちらを心配するように窺いながら訪ねてきた。

 聡い子だ。まだたったの三歳にも拘らず、随分と落ち着いた印象を受ける。

 時々、大人のような態度をとるのだが、これも加護が関わっているのだろうか。

 ルプスの神霊存在はロムの加護の内容までは教えてくれなかった。

 ……悪い意味で教えなかったのでなければ良いのだけれど。

 どうにも自分は心配性が過ぎる、とアイネは思う。

 だから、余計にこう想ってしまうのだ。

 ああ、我が子達に幸多からん事を、と。

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