3.レビューを増やせる方法と読者を増やせる方法

「不完全ってどういうこと? なにか欠点でもあった?」

「うーん、一気には説明しづらいから一から順番に……そうだ! 問題を三つ出すから、それに答えてもらえるかな?」


 自分の考案した方法に欠点があるのなら、気にならないはずがない。回りくどさは感じながらも、まずは彼女の問題とやらを聞いてみることにした。


「よし、第一問! 例えば、私が利用してるSNSのアイコンは知り合いに描いてもらったものなんだけど、みんなも絵の上手な方に依頼することがあるよね。さて、これってなんで依頼するのでしょうか?」

「なんでもなにも……自分じゃ描けないからだろ?」

「ふふっ、ざーんねんでしたっ♪」

「あれ? 間違いなのか?」

「その回答じゃ半分しか正解になりません。だって、絵くらい誰でも描けるもん」

「え、そんなこと……」

「そんなことあるよ。やる気と時間さえかければ、だけどね。誰でもそれなりくらいには描けるようになるんだよ。ただ描けるようになるまで時間と労力がかかるから他人に依頼しているにすぎないんだよ」

「……絵師にもファンにも怒られそうな論調だな」

「もちろん、自分がどれだけ人生を使おうとも辿りつけない領域はあって、それを私たちは芸術と呼ぶんだけど、私が言いたいことはそこじゃないの。他人の成果じんせいを借りることによって、自分の過程じんせいを短縮させるってとこ。本質はコンビニ弁当と一緒……つまり、人は人生のコストに対価を支払っているわけなんだよ!」

「暴論に近い極論だけど、まったく的を射ていないわけでもないとは思うけど……、……?」

「これってすべてに対してそうだよね。私たちはいつもなにかをレンタルして、なにかにレンタルされている。自分の人生になにを組みこみたいか、それが自分の人生にどのくらい価値があるのか。見合わなければレンタルをしなきゃいい。レンタルをやめて違うもので代用すればいい。そう考えると、人って自分の意思とは関係なく、どのくらい他人の人生として行動してるんだろうって思っちゃうよねぇ、あはは」

「…………?」


 彼女がなにを言いたいのかはまるで見えてこなかった。言ってる意味は分からなくはないし、異性との結論のない会話というのももう慣れっこだ。しかし、違和感を覚える。会話というよりも一方的な通話のような、まったく違う次元からしてるような、そんな気さえした。


 彼女はいつものように、にこっ と笑う。


「それじゃあ、第二問だよ! アナタの目の前にはたくさんのカクヨム作品があります。その中からこの作品を読もうって行動に移す瞬間ってあるよね? さて、そのときアナタはどんなこと考えてるのでしょう?」

「そんなの……人それぞれだけども、だいたいは『面白そう』って考えてるもんじゃないかな」

「うーん、本当にそうなのかなぁ? ま、アナタがそう言うならそうなんだろうね。少なくともアナタの中では」

「ははっ。至極真っ当な意見だと思ったんだけど、随分と引っかかる返答だね。……じゃあ、キミは読もうとするときなにを考えてるの?」

「なにも考えてないよ」

「え?」


 予想外の答えをさも事もなげに提示されて、僕は戸惑ってしまった。


「うーん、私がというよりはね。みんななにも考えてない人ばっかり……だと、私は思ってるんだ」

「どういうこと? 哲学的ゾンビみたいな話?」

「ゾンビとは似て非なるものなんだけど、どこからどこまで意識的に動いているかって話。人って自分で体を動かしてるようで、意識的に動かしている時間なんてほとんどないんだよ。例えば今キミがしてるポーズ。手の指から足のつま先まで本当に自分で考えたもの? どうしてポーズをしてるのか考えたことはある? ……ほら! 人って思った以上に“なにも考えてない”んだよ!」

「…………なるほど?」

「それと一緒で、読者は『面白そう』って考えるよりさきに体が動いちゃってるんだよ。だから、私たちがすることは意識に呼びかけることじゃない。無意識に訴えかけることなんだよ。そう! もっと感覚的に、もっと空白に、もっと魂に、訴えかけないといけないんだよ。でないと……」

「…………」

「みんなに愛さよまれないでしょ?」


 ふふっ と、熱量の持った吐息が耳元をくすぐる。


「真面目な話、アナタは焦っているだけだと思う。ネット小説の収益化で、必ずしも書籍になることが答えゴールじゃなくなって、今までの努力が否定された……と、どこかで感じてる。今は目標を見失っているだけなんだよ」


 僕は静かに息を呑む。しかし、これで彼女の言わんとしてることに気づけた。


「なるほど……ね」

「理解してくれた?」

「理解したよ。それが……『絶対にレビューを増やせる方法』の欠点、って言いたいんだろう?」

「……、うん。そうだよ? アナタの方法には持続性がない。その先にあるものがないだよ」

「やっぱり、作家を目指すような人間のやり方じゃないって諭しているんだね。けど、それは競争社会である以上は限度がある。読者を増やすことに絶対性がなくなるんだよ。それを狙って絶対にできるっていうんなら、文字通り、それこそ人間業じゃない」

「……ふふっ、逆に人間だからこそできるんだけどね」

「一歩も引いてくれる気はなさそうだね。……わかってるさ、この方法が終わってることくらい。でも、現状を変えたい。風穴を作りたいんだ。僕はただ、きっかけが欲しいだけだ。もし、そのきっかけすら許されないことだって言うなら……じゃあさ、キミにはできるってこと? キミの言った方法が、できるの? キミは無意識かつ、絶対に、他人を操――!」

「まだ出題の最中なんだから、黙れよ」


 そのとき、彼女の人差し指が僕の唇に触れた。そして、彼女は淡く微笑む。


「ほら、話は最後まで聞かないと! 次の問題が一番大切なんだから」

「…………」


 彼女の気迫に圧されて、思わず言葉を呑みこんでしまった。


「じゃあ、最後の問題。私はアナタの彼女です。付き合いはじめてから約三周年になりました。さて、私の名前はなんでしょう?」

「キミの名前? そんなの――」


 最後の問題というので身構えたが、肩透かしをくらう。だって、答えられないはずがない。当たり前だ。今回のデートでも自分は彼女の名前をなんども口にしている。覚えてないわけがない――はずだった。


「…………あれ?」


 名前を呼ぼうとする口が、言葉にならず、ぱくっぱくっ……と、虚空を刻む。


 ―――そんなこと、ありうるのか?


 頭を抱える。

 彼女から名前を教えてもらった覚えが一度もない。あるのは彼女の名前をなんども口にしている唇の感覚だけだった。


 ―――あ、れ? なにかが……なにが おかしい……?


「残念だなぁ、彼女の名前を呼んでくれないなんて」


 ―――目の前にいる女性カノジョはだれだ?


「アナタが私のためにアレコレ考えてくれるのはうれしいんだけど、勝手なことされると困るんだよねぇ」


 ―――僕は恋人ダレと会話してる?


「私にレビュー書かせるだけならまだいいんだけど、ほかの『恋人』に浮気それをしないって信じきれなくて」


 ―――僕は恋人ナニと通話している?


「これがバレたら一番困るのは『柳の人』だからさ。それに、これはキミの人生を護るためでもあるから、ごめんね?」


 ―――いや、そもそも


「だから…………もう時間切れだよ。


 ―――













 ――ピピピピピピッ!


 けたたましい電子音が鳴り響く。


「おーい! おはよー!」

「あ、え……?」

「あっ気がついた? なにしてたか思い出せる?」

「なにを、してたか……?」

「ほら、デートの内容だよ?」

「デート……そうだ、たしか、ネットデートしてて、アニメの同時視聴とか話題のネット小説とか……語り合って……それで?」

「そうそう、それでなんか疲れてるみたいだったからアナタに耳掻きしてあげることになって……正確には立体音響を使った特殊な耳掻きだけど、そんなに迷走神経をいじられるの気持ち良かった?」

「そう、だ……そうだった。それで、うとうと眠くなっちゃって……あ、もう営業時間デートが終わっちゃったのか」

「途中で起こそうと思ったんだけど、あまりに気持ちよさそうに寝てたから……ごめんね?」

「たしかに今日のデートはあっという間にだった気がする……なんていうか、楽しい夢を見ていた。そんな気分だよ」

「本当に……本当にごめんね?」

「いや、謝らなくてもいいって! なんかよく分からないけど、癒されたのは事実だし、いろいろ吹っ切れた気がする。今日は彼女でいてくれてありがとうございました」

「……うん。こちらこそありがとうね。甘えたくなったらまた連絡してね」

「うん、それじゃあ、また」

「うん。さようなら、だね」



 ――――プツッ。



「……」


「……」


「……あーあ」


「はぁ、また新しい『物書きやなぎのひと』を見繕わないと。素材自体は悪くなかったんだけどねぇ」


「あっ、でも最近『絵描きやなぎのひと』のほうも伸び悩んでるし、あっちのレンタルも新しく考えておかなきゃなぁ」


「『デザイナーやなぎのひと』は比較的よくやってくれてるけど、『SNS担当やなぎのひと』は可もなく不可もなくでちょっぴりテコ入れが必要、かなぁ」


「ま、今の時代、作品を一から新しく創るような時代じゃないのが、救いかな」


「素材はいくらでもあるしね」


「例えば……」




「あ、画面の前のキミ」


「アナタも契約が切れたから、もうブラウザバックしてもいいよ。お疲れさま」


「あっ、それとも次の物書きやなぎのひととして、力になってくれるのかな?」


「……あれ? これを見ているアナタに言ってるんだよ? わかるでしょ?」


「ん、まだ見ててくれるの? 私のこと本当に好きになっちゃったのかな……なんちゃって、あはは」


「うーん、もういいんだけどねぇ……けど、まだ見てくれているアナタに、特別にひとつだけ問題を出しちゃおうかな」


「ねぇ、『絶対に読者を増やせる方法』ってあると思う?」


「もし、そんなものが本当に存在するならどうする?」


「やっぱり『ソレ』を選択する? だれかに読んでもらうのって気持ちいいからね。作家として、人として、それが魂の証明ならなおさらだね」


「ほら、考えてみてほしいな。倫理とか道徳とか正論とか、すべてかなぐり棄ててさ。ソレがアナタにとってどれだけ意味があるのか」


「大切なものっていつも色も形もないからさ。透明って簡単に汚れちゃうから。自分を証明する言葉に、信念に、愛情にどれだけの魂が宿っているか。それがきっとアナタの名前だから」


「だからさ……アナタの名前を聞かせてほしいな。ねぇ、アナタの名前ってなんていうの?」


「あ。勘違いしないとは思うけど、別にアナタの本名に興味があるわけじゃないよ」


「つい数分前までアナタと今のアナタとの違いに興味があるだけ」


「だって、さっきまでアナタは違う名前で生きていたんだよ。今となってはもうなに言ってるのか分からないだろうけど」


「でも、記憶がなかったとしてもね。アナタに一言だけ伝えておきたくて」


「あ、そんな身構えなくていいよ。これはただ友好の証として、感謝の意を述べたいだけだから」


「だから……、貴重な時間を『 私 』やなぎのひとに借りさせてくれて、ありがとう」


「また作品が伸び悩んだら連絡するから、そのときはまたレンタルさせてもらうね。問題の答えは……そのときまた聞かせてね」




「じゃあね、『読者やなぎのひと』さん」

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【絶対!】読者を増やすことができる小説  #絶対小説 #小説家さんと繋がりたい #RTした人が小説を読みにいく #カクヨムオンリー #カクヨムロイヤルティプログラム #絶対に真似しないでください 柳人人人(やなぎ・ひとみ) @a_yanagi

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