『エスリマ』の日常

俺たち『エスリマ』は今、あるポロアパートの一室にいる。

このボロアパートは『エスリマ』のしっかりとした事務所的な場所である場所だ。

年季の入って所々縫い目が荒くなっている六畳半ほどの畳床、その上に足が壊れかけているちゃぶ台、家賃が安い代わりに電気が通っていないため電球一つもつけられていない天井。

この部屋のどの方向を見ても高級なものが一つもない。

だが、これが落ち着く。

そんなことを思っていると、目の前にいる座っているメールさんが


「ポロアパートで悪かったな」


と、突然言った。


何を隠そうこの部屋は『エスリマ』の事務所的な場所でありながら、メールさんの家だ。

メールさんは記憶喪失であるため、簡単な上に力仕事のアルバイトしかできないため、安月給で暮らしている。

一応、『エスリマ』としての活動資金をもらえるあてはあるのだが、メールさんは頑なにそのお金を生活費に使おうとしない。

俺は一部使わせてもらっているが、それを教えても絶対に使おうとしない。

メールさんはメールさんなりのプライドと言うものがあるのだろう。


そんなメールさんは今、無表情だが目だけはまるで獲物を狙う虎のような威圧感を俺に放っていた。

俺は、メールさんエスパーかよ、と思いつつも、


「え?俺、口に出してました?」


と、メールさんに聞き返した。

もしかしたらメールさんはこのボロボロのアパートに住んでいることを気にしているのかもしれない。

そんな確証も持てない考えが脳裏に浮かんだため、俺は気を使ってみた。


「ボロアパートを気にしてて悪かったな」


「!?」


メールさんの言葉に思わず俺は言葉に詰まる。

いや、これなんか絶対おかしい。

そう思った俺はふとあることが頭を過ぎった。

そして、俺はメールさんのすぐ隣に座るめい姉に目を移す。

俺が真顔でめい姉をじっと見つめると、ふいっと目を逸らす。

ああ、そういうことね、と俺は確信を持った。


「ちょっとめい姉、お話よろしいですか?」


「いいや、よろしくない」


俺が問いかけると、めい姉は子供が親の言葉を真似するように気ごちなく言った。

どんなに目線を合わせようとしても、めい姉は絶対にこちらを向かない。

そればかりか絶対に目を合わせないように目を瞑り出す始末だ。

そんな様子のめい姉に俺の中の確信はさらに強まったが、俺はあえてまだわからない風を装うことにした。


「そうですか、今後の『エスリマ』についての話し合いをしようと思っていたのですが。そうですか。めい姉は会話に関わらないと」


「え!?」


「ということはめい姉は『エスリマ』として活動するのを辞める、ということですか?」


「いや、そういうわけじゃ………」


俺は知っている。

めい姉は勝手に話を進められるのが苦手だ。

たとえよくわからない内容であってもだ。

めい姉は馬鹿だから、沢山の情報が一気に押し寄せてくるとめい姉の頭では処理しきれないからだ。


そして、やっと事態を理解したのか、めい姉は急に泣きそうな顔になりながら、


「で、でも。私がいなくなったら、内緒で活動するの難しくなるよ!それでもいいの?」


確かにそうだ。

この『エスリマ』の活動を今のままでやっていくには、心を読むというのは必要不可欠だ。

もちろんめい姉に『エスリマ』やめてもらう気はないが、今は彼女を困らせるのが先だ。

…………いや、もう一人困らせるべき人物がいた。


「そうしたら、メールさんにその役割をやってもらいます」


「え?」


ずっと傍観していたメールさんが俺の突然の言葉に頭で考えるより先に体が動いたかのように驚いた。


「さっきまで俺の心の中読めてましたよね?」


「いや、それは西沢の………」


「問答無用です。どんなにメールさんが言い訳を重ねても俺の心が読めていたのは事実です。だから、安心して今後も活動していきましょうね」


「え………」


メールさんはめい姉と違って馬鹿ではないが、メールさんは記憶喪失だからたまに言葉がわからない時がある。

だから、めい姉と同じで一方的に喋り続けていれば、簡単に黙り込んでしまう。


「ごめんー!!私、まだ『エスリマ』の活動辞めたくないー!!私がリーダーの心を読んだから。めーるさんに伝えたから〜」


簡単に痺れを切らしためい姉が俺のところに泣きながらすがりついた。

やっぱりか、と俺は思う反面、一つ疑問に思っていたことがあった。


「はいはい。わかりましたから。俺もやりすぎましたから」


俺は腰あたりを掴むめい姉を慰めながら、疑問に思ったことを再確認する。

絶対に間違えがないはずということを確認するためだ。

ここでリーダーらしからぬ行為をしてしまっていたら、リーダーとしての威厳がぶっ壊れると思ったからだ。

本当はメンバーに簡単に心を読まれることも言語道断なのだから。


「ところで、めい姉。どうやって俺の心を読んだんですか?前は俺の心読むことできなかったはずですよね?」


俺はめい姉が落ち着いたあとにようやく聞くことができた。

俺とめい姉が出会った半年前から一度も俺の心を読むことができなかったはずだ。

まぁ、俺が一度も読ませないように心を強く持っていたのも理由の一つだからだろうが。


「えーっとね。その時のリーダーの心が読みやすかったからかな?、たぶん。力も使ってないから、顔から簡単に読めたよ!」


めい姉はそう言った。

さっきまで泣いていたから目元は赤くなっており、かすかにまだ涙も見えていた。

俺には心を読む力とかはない。

が、嘘は言っていないだろう。


それではそれでは、俺はさっきなんて思っていたっけ?

『メンバーに心を読まれるのは言語道断』?


「言語道断!!」


俺はそう叫びながら全力でめい姉とメールさんに頭を下げる。

もちろん土下座で。

何度も何度も。


後はー、『俺が一度も読ませないように心を強く持っていたから』


「そんなことはございませんでした!!!」


俺は恥ずかしくなって何度も何度も頭を下げる。

顔を上げたままにしておくのも、下げたままにしておくのも恥ずかしいと思ったからだ。

俺はそのついでと言ってはなんだが、それ以外の思いつく謝罪もしておくことにした。


「馬鹿って思っててすみませんでしたー!ボロアパートとと思ってすみませんでしたー!」


本当に思ってたのかよ、というメールさんの声が聞こえた気がしたが、俺は休むことなく地面に頭を叩きつける。

恥ずかしさゆえに俺は痛みなど忘れていた。

だから俺はそのまま気を失った。


*********


リーダーがおかしな行動を取り始めて、ちょっとしたら気を失っちゃった。

リーダーってそういうところあるからかわいいって思う。

あの時もそうだったかな。

あの時もリーダーがおかしな行動を取り始めたと思ったら、私を救ってくれた。

もちろん、今とは違う意味でのおかしな行動だったけど。

あの時のリーダーはカッコよかったな〜。

そうあの時はまだ高校生になったばかりだったなぁ……………。

後書き

次回からリーダーとめい姉の過去回想編に入ります。

めい姉はリーダーより一つ学年の上で高校一年生です。

そんな二人はどのようにして出会い、どのようにして『エスリマ』のメンバーとリーダーという関係になったか。

その二人の関係が明らかになります。


ところで気絶したリーダーは過去回想編が終わるまで気絶したままです。


リーダー「俺、このままなんですか!?」

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