第4話 阿久良王
手を握りしめ力を込めたり、その場で飛び跳ねたりして、体の感覚を確かめる。
すると、鬼の血を取り込む前に比べて、明らかに力の入り方が違うのに気付いた。
力が溢れてくる。
体中をほとばしる全能感。
何でもできる気がする。
酒吞童子? そんなの敵じゃない。
さっさとかかってこい。
くくっ。はっはっははははははははははは。
だが、高揚間に酔いしれている僕に水を差す人がいた。
いや、人ではないか。
「ご主人。ご機嫌のところ悪いがの。今のご主人はそこまで強くないぞ。中位の鬼にギリギリ勝てるかといったところかのう。別に調子に乗るのは構わんが、それを行動に移すなよ? 格上の鬼に挑むなんて自殺行為じゃ。現実では、奇跡なぞ起こらぬ。ただ、惨たらしく殺されるだけじゃ。奇跡なんてのは、お伽話のなかでしか起こらぬよ」
アイリスは、僕に言った。深呼吸してから僕は答える。
「ごめん。取り乱した。気を付けるよ」
そう言って、狩りを終えたので家に帰ろうと踵を返した瞬間、
すさまじい重圧が、僕を襲った。
空気が重い。体中を掴まれているような感覚がする。
「ご主人。まずいことになったぞ…」
続けてアイリスは言う。
「阿久良王じゃ」
重圧の発生源の方を向くと、先の餓鬼より鮮やかな赤い髪を伸ばし、二本の金色の角を額から生やした男が立っていた。
背中には一振りの大剣があり、その刃には金色の文様が彫られている。
男はこちらを警戒しているのか、右手を剣の持ち手に添え、いつでも抜刀できる状態を保ち、こちらを見ていた。
「阿久良王? 強そうな名前だな。さっきの餓鬼よりも威圧感があるし、人型に近いな。というか、人間と見分けがつかない」
俺は、震える体を押さえ、敵に隙を見せないように平静を装いながら、アイリスに言う。
「名前の通りの強さじゃよ。四天王には及ばないが、鬼の中で上位に位置する。儂の本来の力ならば苦戦せぬ相手じゃが、ご主人には無理じゃ。手も足も出まい」
「じゃあ、どうすれば! 」
僕は焦り、そう答える。
幸いにも、奴、阿久良王は、こちらを見ているだけで、まだ近づいてこない。
「逃げろ」
アイリスは言った。
「鬼の活動時間は夜のみじゃ。日の出まで逃げ続けろ。それしかご主人の生きる道は無い。」
それを聞いた瞬間、僕は走り出す。
足に力を籠め、飛ぶように走る。
一歩踏み込めば、五十メートルは一気に進める。
肺が破裂しそうだ。
足がちぎれそうだ。
頭が割れそうなほど痛い。
だが、足を止めるわけにはいかない。
僕は走り続ける。
***
四時間ほど走り続けた。
体がとうとう限界を迎えたので、立ち止まる。
夢中で走り続けたから、今自分がどこにいるのかはわからない。
辺りは、木が生い茂っていて、大地は斜面になっていた。
ということは、ここは山の中か。
ここまで逃げれば大丈夫だろうと、ほっと息をつくと、
「もう限界か? 」
僕の横に、奴がいた。
とっさに、跳躍しようとするが、右腕を掴まれた。
すさまじい握力で、吸血鬼の力をもってしてもふりほどけない。
「酒吞童子様に偵察に行けと言われたから来てみたが、雑魚が一匹か。くっくっく。だが、お前からは変なにおいがするなあ。あの、憎き始祖の吸血鬼の匂いだ! なぜお前からあいつの匂いがする? 答えろ、虫けら」
腕を掴んだまま、阿久良王は言った。
それを聞き、僕は理解した。
僕が今まで逃げ続けられたのは、こいつが遊んでいたからだ。
最初にこちらを見たまま何もしてこなかったのも、獲物の反応を楽しむためだ。
このままでは、まずい。殺される。
日の出までは、まだ一時間近くあるだろう。
それまで耐えるのは、無理だ。
血技<けつぎ>を使うしかない。
左腕はつかまれていない。
自由だ。それに、こちらを舐めきっている。
いける。
疲労で倒れるふりをして、前かがみになる。
そして、左手を握りしめ、人差し指の爪で、親指を搔っ切る。
親指を首に押し当て、血で線を描く。
「血槍<ブラッド・スピア>」
呟くように僕は言った。
頭上に五本の槍が出現した。
餓鬼を喰らい、能力が向上したせいか、本数が増えている。
この至近距離で当てればいける!
念じると、槍は一斉に、阿久良王に向かっていった。
だが、
「ふんっ」
奴は大剣で軽々と、すべての槍を弾き飛ばした。
僕には剣閃がかろうじて見えた程度で、剣の軌道を目で追うことはできなかった。
キンッ、という音が五連で鳴り、そのことが、槍が弾かれたことを教えてくれた。
右腕は掴まれたままだ。
「質問に答える気は無いか。血技を使えるのが気になるが、もういい。飽きた。死ね」
大剣が振るわれる。
死ぬ直前はスローモーションになると聞くが、それは本当らしい。
さっきまで、とらえることのできなかった剣の軌道を視認できている。
剣はゆっくりと、首に迫る。僕は生を諦め、目を閉じ、死を待った。
すると、
キーンッ、という金属同士がぶつかる音がし、
そして、懐かしい声が僕の耳に届いた。
「夜に出歩くなって言ったよね、鷹神君。」
思わず目を開ける。
すると僕の眼前には、黒装束に身を包んだ、烏野麗奈が立っていた。
血鬼伝~吸血鬼になったので鬼狩りを始めました~ つらら @yusuke06
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